題名:サマーナイトタウン

サマーナイトタウン

「う~ん。日差しが気持ちいい。
こんなにいい天気だと、こっちの気分まで良くなっちゃう。」
ある夏の晴れた日曜日、流璃子は1人、洗濯や部屋の掃除に勤しんでいた。
最近デビルサイダーの活動も随分大人しくなったので、
みんなの、特に霊気の強い勧めで、流璃子は戦線を離れ、
マンションを借り、普通の同年代がするような生活をしていたのだ。
流璃子にとっては、その平凡な生活が新鮮であり、
何時また戦いの日々に戻るか分からないからこそ、みんなの優しさに甘え、
その平和な生活に幸せを感じ愉しんでいた。
また、自分自身がこういう生活をすることで、
自分や皆が命を掛けて守ろうとしているモノが何なのかを、実感していく。
ベランダで洗濯物を干していると、下の道に手を繋いで歩く1組のカップルが目に入る。
『あら、可愛らしいカップル、中学生かな?
いいな~、私も霊気とあんな風にデートしたいな~。』
流璃子はそう思いながら、少しの間、羨ましそうにそのカップル眺めていた。
「でも、なかなかそういう訳にはいかないんだよね~。
デビルサイダーはまだ世界の影で暗躍してるし、
霊気達は今も世界の至る所で戦ってるんだもの。
そんなワガママ言えないよ。」
そして、流璃子は自分に言い聞かせるようにそう呟いた後、溜息を1つつき、
今度は寝室を掃除し始めた。

ベッドを直しながら、傍にある時計に目をやると、それは12時15分を指していた。
「あら、もうこんな時間。
お腹も少し空いてきたし、ご飯にしようかしら、冷蔵庫に何が残ってたかな~?」
流璃子は、何んとなく、そう呟きながら、掃除機を部屋の隅に置き、
キッチンに向かおうとする、その時、
トゥルルル。トゥルルル。
と電話が鳴った。
「はい! もしもし、鬼哭ですけれど?」
「流璃子?」
流璃子が取った受話器からはよく聞き慣れた声が聞こえてくる。
「あっ! 霊気。どうしたの?」
「今、ちょっと日本に戻ってきたんだ。」
「えっ! そうなの? 
  ちゃんと前もって言ってくれたら、空港まで迎えに行ったのに。」
その電話の相手が愛しい霊気であり、今日が晴れた日曜であることも相まって、流璃
子の声が僅かだが自然に高くなる。世に潜む「魔」を滅するゴッドサイダーと言えど、
1人の恋する乙女。デートお誘いでは?と、期待に胸を躍らせていたのだ。
「ゴメン、ゴメン、こっちも急のことだったから。
あのさ、最近忙しくてなかなか会えなかっただろ、
それであと、流璃子が見たいって言ってた映画がもう公開されてるらしくってさ、
だから、一緒に映画でも見に行かないかな~と思って電話したんだけど。
もし流璃子が暇だったら、今から行ってみないか?」
「うん! 行きたい。」
流璃子は更に声を高くして、間髪入れず返答した。
霊気はこのあまりにも早い返事に一瞬、声を詰まらす。
「そうかじゃあ4、50分後位に、迎えに行こうかと思ってるけど大丈夫か?」
「うん。わかった。今からすぐ急いで準備するね。」
「あっ! あと、流璃子に似合いそうな服を見つけて買ったんだけど、
  今日着てくれないかな?」
「エッ! 霊気が買ってくれたの? ありがとう! 嬉しい!
  もちろん、着るよ。ううん。着たい! なんか今日の霊気優しいね。」
電話越しにも流璃子の喜びが手に取る様に分かる。
「そうか? じゃあこっちも急いで向かうから。待っててくれ!」
「うん。それじゃあ、また後で。」
「ああ。後で。」
受話器を置くと、流璃子は一瞬ポーッとした後、
空腹感も忘れ、鼻歌交じりに急いで洗濯物を取り込み、
掃除機もそのままに、汗を流すためシャワーをしに風呂場に向かう。

午後1時5分前
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴り、流璃子は急いでドアを開ける。
「早かったね。霊気。」
「ちょっと早過ぎたか?」
「ううん。大丈夫だよ。」
流璃子はすでに髪もセットし、化粧も施し、服以外は準備を済ませていた。
本当は服を見て、それに合わせてするべきなのだが、
霊気も待たせたら悪いし、何より、早く霊気とデートに行きたかったから、
流璃子は、髪やメイクを、いつも着ているような服に合わせた
ナチュラルな感じのものにしておいて待っていたのだ。
「少しお茶でも飲んで、休んでく?」
「いや、大丈夫。それより、映画の時間調べたら、3時からで、
  あと、俺、また8時の飛行機で戻らなきゃいけなくなったんだ。
  悪いんだけど、急いで準備してくれないか?」
霊気は、そう言いながら、リボンが施された綺麗な箱を流璃子に渡す。
「ゴメン! 今すぐ準備するね。
  これが霊気の買ってくれた服? いくらだった、払うよ。」
「何言ってんだよ。どこにプレゼントされて、そのお金払う奴がいるんだよ。
本当に律儀な奴だな。
素直に貰ってくれよ。いつも飯とか作ってくれる お礼なんだから。」
「ありがとう。本当に嬉しい。」
流璃子を、その箱を愛しむように優しく抱きしめた。
「あっ、ゴメン。時間があまり無いんだったね。
ちょっとそこに座って待ってて。すぐ着替えるから。」
流璃子は霊気に、リビングで待つように促し、足早に寝室へ向かう。

寝室のドアを閉め、流璃子は、まるで子供の様な笑顔を浮かべながら、
霊気からプレゼントを丁寧に開け始める。
『霊気が、私の事を思いながら、買ってくれた服はどんなのだろう?
きっと私にピッタリの素敵な服に違いないよね。
サマードレスかな? 白か水色だったら嬉しいな。』
すべての包装紙を開け、中に入っている服を見た瞬間、
『何! エッ?!』
流璃子の顔から、喜色は消え、凍りついた様に動きが止まる。
中から出てきたのは、真っ赤なサテン生地で出来たボディコンだった。
また、その服のスカート部分の裾は短く、
流璃子の目には、サイズ自体が小さく見えた。
戸惑いながらも、一応、服の上からその赤いボディコンを合わせてみるが、
やはり、裾が短く、下着を隠すか隠さない程度の長さしか無かった。
『きっと店員さんが、他のお客さんの服と間違えて、霊気に渡したのね。』
流璃子はそう自分の中で結論付け、ドア1枚向こうにいる霊気に確認しようとする。
「ねえ? 霊気。買ってくれた服なんだけど...」
「見た? その赤、なかなかいい色だろ。
  夏は、いつも淡い色の服ばかり着てるけど、そういう色の服も似合うと思うんだ。」
「...うん、そうかな?」
「気に入らなかった?」
「そういう訳じゃ、ないんだけど...。」
「まあ、とりあえず着てみてよ。早く流璃子がその服を着たとこみたいし。」
霊気とのやり取りで、
流璃子は霊気がプレゼントしてくれた服に赤い色が入っていることと、
自分がその服を着ることを霊気が期待していることは分かったが、
流璃子の頭の中では、まだいくつもの疑問詞が駆け巡っていた。
『エッ! この服で合ってるの?
エッ! エッ! もしそうならサイズ間違えてない?』
頭はパニック状態だったが、
流璃子は、ここでこの服を着ないと霊気の好意を無にしたことになるので、
意を決し、服を着ることにした。
『着てるとこ見せてから、この服で合っているか霊気に確認を取ってみよう!』

流璃子はその服を着てみたが、
やはり裾が短く、申し訳ない程度に下着を隠してるだけであり、
また、光沢のある赤い生地が流璃子の体を締め付け、
豊満な流璃子の姿態を凶悪な程強調していた。
『やっぱり、この服おかしい。
私、こんな超ミニの服見たこと無いし。自分で見てても恥ずかしいよぉ。』
「ねえ? 霊気」
流璃子は恥ずかしかったが、とりあえず霊気に見せることにする。
「着替え終わった? 流璃子、入るぞ!」
そう言いながら、寝室に入ってきた霊気の目に、両手で前の裾を抑えながら、
うつむき加減の顔を真っ赤にさせ、上目遣いに自分の様子を伺う流璃子の姿が映った。
「あのね...。霊気...。この服...。」
流璃子が、おずおずと喋り始めると、
「うん! イイじゃん。思ったとおり、似合ってるよ。
すごくイイ! サイズもピッタリだし。」
流璃子の言葉を遮る様に、霊気は満足そうに笑みを浮かべ、
流璃子の体を頭からつま先まで眺めながら言ってきた。
「エッ?!」
霊気の予想外の台詞に、流璃子は激しく動揺し、目を丸くして霊気の顔を凝視する。
「どうした?」
「...う、うん...。」
流璃子には、もう何が何だか分からなくなり、
その場に立ちつくし、何とかして頭の中を整理しようとする。
だが、霊気は、そんな流璃子の様子を気にも掛けず、
「それじゃあ行こうか? 今日持ってくの、このショルダーバックでいいのか?」
ベットの上に置かれた、大人し目のデザインの小さな白いポシェットを取り、
出掛けようとした。
「エッ、うん。アッ! 霊気、ちょっと待って!」
流璃子は慌てて、取りあえず、何か羽織るものを着ようと、
洋服掛けの扉に手を掛ける。
「何? 流璃子。ん? 何してんの?」
「いや、あのね、何か羽織るものを着ようと思って...」
「こんな暑い日にか? 
いいから、早く行こうぜ。急がないと映画の時間に間に合わなくなるぞ。」
霊気は、流璃子の手首を掴み、強引に連れて行こうとする。
「あっ! ちょっと。お願い待って。
  分かったから、そんなに強く引っぱらないで、お願い、痛い! あん!」
流璃子は、捲くり上がりそうになる裾を必死に抑えながら、
霊気に引きずられる様に玄関へ連れていかれる。

玄関に来ると、流璃子は見慣れない靴があるのに気付く。
「霊気、これ?」
「ああ、これは、流璃子が今着てるその服に似合いそうだったから、
来る途中で買ったんだ。これも履いてみてよ。なかなかこれも良いだろ?」
「えっ、ぅ...うん」
その靴は、踵が10センチ以上もあり やらしいほど光沢を放つ赤いパンプスだった。
「先に行って、エレベーターを止めておくから、早く来いよ。」
霊気はそう言い、靴と睨めっこしたままの流璃子を置いて、
先に外に出て行ってしまう。
「あっ、待っ」
ここまできたらもう観念するしかなかった。
流璃子は、1回大きく深呼吸してから、その赤いハイヒールを履き、外に出ていく。

映画館は2つ先の駅にあり、電車で行くのが便利で一番早い。
また流璃子のマンションから最寄りの駅までは歩いて10分くらいの距離にある。
始め流璃子は、霊気の隣を歩いていたのだが、履き慣れた靴で無く、
裾が捲くり上がらないよう歩幅を狭く気をつけて歩いているため、
徐々に霊気と距離が離れていった。
「ぁあん! ねぇ? 霊気ちょっと待って、そんなに速く歩かないで。
もう少しゆっくり、」
霊気は、立ち止まり首だけを流璃子に向ける。
「何言ってんだよ。そんなに速く歩いてないぞ。
  それに、チンタラ歩いてたら映画に間に合わなくなるじゃないか。」
霊気の言うように、霊気の歩くスピードは決して速くなく、
むしろいつもより遅かった。ただ流璃子が異様なほど遅いのだ。
流璃子は、霊気の機嫌が少し悪くなっているのを感じ、
出来る限り急いで霊気に歩み寄った。
「霊気、あのね...」
霊気がプレゼントしてくれた服と靴が歩きづらいとは言えず、
流璃子が、もじもじとしてると、
霊気は腕を流璃子の腕に絡ませ引っ張るように歩き始める。
「エッ! あっ!」
流璃子は、歩幅を広くすることが出来ない分、
足を運ぶスピードを上げることで、何とか霊気の歩く速さに合わせた。

駅に近付くに連れて、人気が増え、流璃子は周りの視線が気になるようになってきた。
元々、その美貌のため流璃子は人目を引く方なのだが、
今日はいつもの何倍も視線を集めていた。
それもそのはずである、今日の流璃子は服装のため溢れる程妖艶さを醸し出しており、
また、その服が化粧と合っておらず、着せられていることが明らかに見て分かり、
そのアンバランスさが更に、周りの人の興味を引く。
流璃子もそういう目で見られていることに気付き、恥ずかしさで体が熱くなっていき、
また、歩きづらい服と靴で霊気のスピードに合わせて歩くことは
走るより体力を消耗し、息も荒くなり、流璃子の肌は、どんどん赤く上気していった。
頭もポーッと熱くなり、足取りも少しずつフラついてきた。
『ダメだわ。体力と一緒に、集中力もどんどん無くなっていく。
  このままじゃ何かの拍子に裾が捲くり上がっちゃうかも...。』
「ねぇ?...霊気...電車で行くの止めて...タクシーで行かない?」
流璃子は熱っぽい瞳でせがむ様な視線を霊気送る。
「何馬鹿な事言ってんだよ。
  日曜のこの時間だぞ、渋滞に巻き込まれて、間に合わなくなるよ。
  それにもう駅も見えてるじゃないか。」
流璃子も、駅まであと200メートル位しかないのは分かっているが、
流璃子にはその距離が何倍にも感じられ、
また駅が途方も無く遠くにあるように見えるのだ。
「うん。そうなんだけど...。
  それじゃあ、もう少しゆっくり歩いてくれない?...お願い、霊気。」
流璃子が少し瞳を潤ませて上目遣いに霊気の顔を覗き込むと、
「さっきから、変だぞ。お前。
  それに、お前がダラダラ歩くから、もう時間ギリギリなんだよ。」
霊気は、流璃子と組んでいた腕を解いて流璃子の前に立ち、
少し怒りを含んだ厳しい視線で流璃子の顔を睨むように見つめ返した。
「うん。分かってる。分かってるんだけど。...ねえ、映画、また今度にしない?」
流璃子がそう言うと、霊気は目からだけ無く、全身から怒りをあらわにしていく。
「ああ、もう分かったよ。流璃子は、俺と映画見たくないのね。
  折角、時間割いて日本に着たのに。いいよ! もう! 俺1人で見に行くから! 
  じゃあ、またな。」
霊気は流璃子の背中を向け、すたすたと足早に駅へ向かって歩き始めた。
「ぁあん! 待って、待ってよ。霊気、ゴメン!
  私そんなつもりで言ったんじゃないの。ゴメンね。だから待って?
  お願い霊気。ゴメンなさい。許して? お願い。霊気?」
流璃子は、不自然にならないよう控え目に裾を抑え、必死になって、霊気の後を追い、
機嫌を直してもらおうと、霊気の顔を覗き込むようにして歩きながら謝り続けた。

暫く、霊気は流璃子と目も合わさず、黙ったまま歩いていたが、突然立ち止り、
「流璃子、スマン! 俺も、あんな事言うなんて、どうかしてた。」
流璃子に深々と頭を下げて謝ってきた。
「ううん。いいの。私の方こそ悪かったし。
  ねえ、頭上げて。ほら、行こ! 映画始まっちゃうよ。」
流璃子は、なかなか頭を上げない霊気の腕に流璃子は手を回して引っ張り、
駅の方に向かうように促す。
そして、今度は、霊気の方が流璃子のスピードに合わせ、
ゆっくり、2人寄り添って駅へ向い歩き始めた。

霊気と仲直りでき、また2人で仲良く街を歩けるだけで、
流璃子は天にも昇る気持ちだったが、駅に近付くにつれて、
ある一つの不安が、流璃子の中で膨らんでいった。
それは、駅が高架にあり、駅に行くには階段を上らなければならない事だ。
駅の階段に着くと、流璃子はその前で立ち止まり、これから登る階段を見上げると、
いつも上っている階段が、今日はすごく急に感じられた。
『当たり前だけど、この階段登らなきゃいけないだよね。
  この服じゃ。下から...パンツ見えちゃうかな。』
流璃子が階段の手前で固まっている間に、霊気はすでに数段上っており、
付いて上がって来ない流璃子の方に体を向けて心配そうに見つめる。
「どうした。流璃子?」
「ううん。何でもない。」
流璃子は、霊気にこれ以上余計な気を使わせないよう平然さを装い、
ポシェットで後ろを隠しパンツが見えない様気を付けて階段を上がり始めた。
霊気はその場から動かず、その様子をずっと眺め、流璃子が自分と同じ段に来ると、
「流璃子!」
と少し大きい声で呼んだ
「エッ! なぁに?」
急に呼び止められ、流璃子は少し驚いた顔をして、霊気の顔を見つめた。
「霊気。ぇ!?」
そして、その霊気の顔に他の人では決して分からない程度だが
流璃子には怒りの感情が感じられ、流璃子は訳も分からず、
ただ黙って霊気の様子を伺った。
「......」
「流璃子、お前、何でバックを後ろに回してんだ? 不自然だぞ。」
「エッ!...だって、それは...」
流璃子は、周りを気にし、
霊気にも聞こえるか、聞こえない程度の声でモジモジと喋り始めた。
「だから、何で!?」
霊気は、そんな流璃子にお構い無しに大きな声で聞いてきた。
「...だって、隠さないと...パ、パンツが見えちゃうかな?って...」
流璃子はさっきより小さい声で答えるが、
「だから、それで? パンツが見えると、どうして隠さなきゃいけないんだ?」
霊気は、声を小さくするどころか、更に大きく厳しい声で問いただす。
「エッ! ...だってそうしないと、
  ...パンツが見られちゃうよ。そんなの恥ずかしいし、ヤダよぉ。」
流璃子は、体を小さくし、泣き出してしまいそうなほど瞳を潤ませて呟く。
「そう、それだよ!」
「え!? 何!?」
「流璃子、お前、それってさあ、後ろの人が覗くって決めつけてない?
  それってすごく失礼じゃない?」
「そんな、つもりは...」
「じゃあ、何で隠すんだよ。おかしくないか?」
「うん、...そうだけど...でも...だって、だって私......」
霊気の言っていることにも一理あるため、
流璃子は何も言い返せず、口に手を当て、顔や目を赤くして俯き、固まってしまう。
流璃子の瞳に涙がどんどん溜まり、涙が零れそうになると、
霊気はバツが悪そうに頭を掻く。
「分かったよ。ゴメン。じゃあ俺が流璃子の後ろに立ってやるからそれで良いだろ。」
「...う、うん。」
流璃子は零れそうな涙を必死に抑え、小さく頷く。

後ろから霊気が数段離れて登って来てくれているのだが、
流璃子は、まだ他の人にパンツを覗かれている気がしてならなかった。
何せ、霊気が隠してくれないと、
下から登ってくる人は見ようとしなくても見えてしまうほどスカートの裾は短く、
また、流璃子は階段を普通の人の半分くらいのペースで登っているのに、
流璃子を抜かしていく人が殆どいないのだ。
気のせいかどんどん下に人気が増えているようにすら感じる。
『あぁん。なんでどうして? 霊気ちゃんと隠してくれるのかしら?
  聞きたいけど、そんなことしたら、また霊気怒っちゃうかもしれなし、
  振り返ると、下にいる人達を睨み付けてるみたいで悪いし。
  あと、もう少しで上に着くから、頑張って急いで登ってしまおう。
  でも、家からここまで歩いてきただけなのに、本当に疲れたわ、体が凄く重い。』
流璃子は手摺を使い、
様々な感情で小刻みに震える重い体を少しずつ動かして登っていく。
そして、やっとのことで頂上に辿り着くことが出来た。
「はぁ、はぁ、ふぅー...」
流璃子の肌は、恥ずかしさと疲労で赤らみ、汗で僅かにしっとりとしてさえいた。
霊気は、息を整えている流璃子の前に回り、そして耳元に顔を近付け、
「流璃子の今日のパンティーの色 白だね。」
と悪戯っぽく囁く。
「えっ!」
驚き見上げた流璃子の瞳に、
いやらしい笑みを浮かべて自分の顔を見ながら前を通り過ぎていく男の人達が映る。
その人達はただ様子のおかしい流璃子を何気無く見ていただけなのかもしれないが、
流璃子には、
自分がパンティーを見た女性の顔がどんなだが見定めているようにしか見えなかった。
『うそ? そんなぁ...やっぱり見られてたの? ぁぁぁ...ぅぅ』
終に流璃子は我慢できなくなり、ポロポロと涙を流し泣き出してしまった。
霊気は慌ててポケットからハンカチを出し、流璃子の頬を拭こうとするが、
流璃子はその手を払い、ポシェットから自分のハンカチを出し、それで涙を拭いた。
「ウッウッ、グスッ、ヒック...霊気のバカぁ...いじわるぅ...
  グスッ、霊気なんて、グスッ、霊気なんて、もう知らないんだからぁ...ヒック」
流璃子は、そう言うと、階段を降り始めようとする。
霊気もそれに気付き、
「待ってくれ!」
「いや! グスッ、離して!」
止めようと腕を掴むが、すぐに振り払われる。
流璃子は、本当はその場からすぐさま走って逃げ出したかったが、
短い裾がそれを許さず、ゆっくり一段ずつ降りていく。
霊気も食い下がらす、何としてでも流璃子に機嫌を直してもらおうと
流璃子の進路を塞ぐように歩きながら謝り続けた。
「流璃子、本当にゴメン。悪かった。ちょっと悪ふざけしすぎた。すまない。」
流璃子は、前に立とうとする霊気を腕で押しのけ、
階段を降りるのを止めようとしなかった。
「いや! どいて! グスッ、私のこと苛めて、ウッウッ、何がそんなに楽しいのよ。
  グスッ! 何でこんなことするのよぉ! 
  ヒック、ヒック、...私のこともう嫌いなんでしょ!? 私も霊気なんかもういい!」
「違う! 誤解だ! 俺はそんな気持ち、これっぽちも無い!」
霊気は、ちょうど階段の中ほどにある踊り場で、
両手を広げ流璃子の進路を完全に塞ぐ。
「じゃあなんで、こんなことするのよッ!」
流璃子はそう言うと、悲しみと怒りで真っ赤に張らした顔を横に背ける。
「いや...だから...それは...その...」
流璃子は、はっきり答えない霊気に溜息をつき、
「もういいよ。」
霊気の広げた腕をどかし、また階段を降りようとする。
「待ってくれ。」
霊気は慌てて流璃子の両方の二の腕を掴み、自分の方に無理矢理向かせ、
更に動けないようにした。
「いや、痛いッ! 離して!」
「あっ! ゴメン!」
霊気は手を離しはしなかったが、流璃子が痛くないように力を弱めた。
そして、重い口を動かしていく。
「...あのさ...流璃子っていつも大人し目の服着てるじゃん?
  ...だから...流璃子が...俺の彼女が...どんなにいい女だか、
  皆に見せ付けて、自慢したいな~って...本当にゴメン!悪かった。許してくれ。」
霊気は、周りの目も気にせず、この場で土下座をした。
流璃子は、霊気のあまりの言動にキョトンとし、
怒りの感情がすべてどっかに飛んでいってしまった。
「バカ。」
流璃子の台詞には、先程の厳しさは無く、
やさしく囁きかけているようにすら感じられる。
「私は霊気だけを見て、霊気も私だけを見て、
  そして、お互い、お互いのことだけをずっと想い、考え続ける。
  それで、いいじゃない。周りなんて気にしなくたって。ね?」
「流璃子?」
流璃子のあまり優しく、そして心に響く言葉に霊気は思わず顔を上げて、
流璃子の顔を見上げる。
その霊気の瞳に、
いつもより顔を柔和にさせ、自分に優しく微笑みかけてくれる女神の顔が映る。
「ほら! 早く立って。こんなとこで土下座するのなんて、もう信じられない。
  ...でも、嬉しかったよ。」
流璃子は霊気の上半身を引っ張り上げて起こし、頬に口づけする様に、
霊気の耳元に顔を寄せ囁く。
そして、霊気を立たせると、腕時計を見た。
「もう映画間に合わないね。私、お昼ご飯食べてないの思い出しちゃった。
  今日のお詫びに奢ってね。」
流璃子は、今度は小悪魔のように意地悪く可愛い微笑みを霊気に向け、
ウインクすると、霊気の脇に立ち、霊気の腕に自分から腕を絡め、
甘えるように霊気の肩に頭を乗せる。
そして、2人、寄り添いながらゆっくり階段を降りていった。

流璃子と霊気は、ファーストフード店の前に立っていた。
「本当に、こんなとこでいいのか? もっと高い店をねだってもいいんだぞ。」
「ううん、大丈夫。ここでいいの! この時間だと準備中の店多いし。
  それに霊気と一緒にご飯食べれるなら、どんな物でも、私には豪華な高級料理だよ。」
流石に恥ずかしかったらしく、流璃子はそう言うと、顔を赤らめ俯く。

霊気が会計を済ませると、
流璃子は、真っ先に奥の2人掛けのお見合い席に向かおうとするが、
「流璃子ー! こっち、こっち」
2人分の食事が乗ったトレイを運んでいる霊気に呼び止められる。
そして、霊気に促されるまま、霊気の後を付いて歩き、入り口の方に向かう。
「ここ、この席にしようぜ!」
霊気がトレイを置いた席は、
大きなガラスの壁を挟み、人通りの多い道路と向かい合うように座る席で、
椅子の高さも腰辺りまである。
こんな席に座ったら、
外の歩道を歩く人にスカートの中の下着が丸見えになってしまうだろう。
なのに、霊気は何食わぬ顔で、固まったままの流璃子の顔を見つめる。
「どうした。早く座れよ。」
パシーーン!
その時、鋭く激しく、そして高い音が店内に響き、
霊気の左頬に、流璃子の細く綺麗な手の形が赤い跡になって刻まれた。
険しい眼差しで霊気を睨みつける流璃子の瞳から、一気に涙が溢れ出てくる。
「霊気のバカァーッ! もう絶交よぉ!」
そして、霊気に様々な感情をぶつける様に大きな声で叫ぶと、
流璃子は、霊気を残し、そのまま店を飛び出し、
捲くれ上がらないよう片手で前の裾を抑えながら、家に向かって走り去っていく。

抑えていない後ろの裾が捲くり上がり、
その下から覗けた白いパンティーが遠くなっていくのを、
霊気は、叩かれた頬に手を当て、ただ呆然と立ち尽くして見ていた。
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