題名:「ADVENT」

第4話「蒼き沼の悪夢」 補遺「Monologue"Deep Blue"」

  ......私がいつからこの世界に存在しているのか...遙か時の彼方の記憶はもはや
おぼろですが...かつて...そう、あの堕天使達がやって来る以前から、ここには「王」
ともいうべき四つの有力な存在がおりました。私もその一角ということになってい
ますが...今の私は最弱といって良いでしょうね。
 
  「四王」は、全く性格が異なりました。ひたすら力を追求する北の王...統合こそ
を至上とする西の王...知識と官能を求めて止まない南の王...。私達に共通していた
のは、創造者から見捨てられたという認識と、自分の能力を際限なく拡大したいと
いう欲望だけでした。ですが...私の欲望は他の王達とはやや異なっておりました。
私は、作品を生み出すことと、その作品がより素晴らしいものになることに大いな
る歓びを感じていたのです。私の作品...それは、生命に他なりません。
  私は、神に見捨てられた生命が集うこの地において、ありとあらゆる種類の生命
の情報を手に入れ、それらを混ぜ合わせて新たな生命を生み出すという行為を果て
しなく繰り返してきました。それはもともと...神に見捨てられた私の、気づいて欲
しい、振り向いて欲しいという足掻きだったかも知れません。ですが...いつかそれ
は私の生きる目的全てとなっていました。
 
  ......大半の試みは、失敗に終わりました。神の造化を真似るという、身に過ぎた
行為なのですから、当然といえば当然のことです。そして、果てしない実験の繰り
返しに飽いてきた頃です。南の王...全知を求める官能の王が私に教えてくれたので
す。この世界の「上」には神に選ばれし生命の住まう世界があり、そこに行く術が
あるということを。...そう...堕天使達が「地獄通り」と呼ぶ、あの通路です。あの
通路は......思うに、神が見捨てた生命をこの地に投げ捨てるためのものだったので
はないでしょうか。私達は「上」の世界を訪れるという試みに熱中することになり
ました。
 
  通路を遡るようにして、神に選ばれた生命の世界─そう、あなた方がいう地上で
す─に行くことは困難を極めました。南の王と私は協力して探査を重ね、長年に亘
る苦労の末、遂に彼はその感覚器官を、私は当時の傑作だった作品─私は素体と呼
びますが─を送り込むことに成功したのです。私たちは、新たな世界の情報を貪欲
に吸収していきました。そうした試みが佳境に入っていた頃です。彼ら堕天使達が
この地に舞い降りてきたのは......。
 
  通路から突如やってきた彼らは、この世界で最強を誇っていた北の王を封じると、
通路を中心とした一帯を征服して「帝国」を建設しました。通路を使用できなくな
った私達は遠方に退くことを余儀なくされました。私は、それまでに得た地上の生
命情報を元に、再び作品創造を再開しましたが、南の王から、耳寄りの情報が届き
ました。通路の支脈ともいうべきごく細い通路を発見したというのです。その一つ
は、南の王がいた紅い森の場所に、そしてもう一つはこの沼にありました。私たち
はそれぞれ通路を一本ずつ分け合い、今後も情報交換を行っていくことを約束しま
した。私達が所有することのできた通路は極めて細く、また不安定なものでした。
そのため私はせいぜい年に数体程度の素体を送ることしかできませんでしたが、そ
れでも継続的に地上の生命の情報を得ることができることは、何にも代え難いこと
でした......。
 
  ある日私は思い立ちました。彼ら、「地上」より遙か高い、神の御座近くに居た
という、堕天使達の情報は得られないもかと。私は南の王と連絡を取り、情報を交
換して協議を重ねました。その結果、私は彼らの嗜好に適合しそうな形状の素体を
作り出し、彼らの「帝国」周辺に放ってみることにしたのです。最初はなかなか相
手にしてもらえませんでした。しかし、試行錯誤の末、様々なタイプの素体を放っ
たところ、そのうちの一体が、ついに下級の堕天使と接触し、遺伝情報を入手する
ことに成功したのです。その後、より彼らの嗜好に適合した我が素体達は、次々と
堕天使達との接触に成功し、より高度な堕天使の情報を入手するようになっていき
ました。そのうち、私が素体を作り出していることに気付いた堕天使達は、私によ
り高度な素体を要求し、見返りに特別な地位を与えるようになったのです。
 
  私の素体─私が生命情報を入手するための器─は、いかなる形状であろうとも、
この体内にはれまでこの世界に捨てられた生命の情報、そして地上から入手した生
命の情報を全て保有しています。他の生物と交わる際は、そこから無作為に配偶子
情報を組み立てるので、素体から生まれ出る作品がどのようなものになるかは、全
くの偶然によって決まります。ですから、母体である素体に似た作品が生まれるこ
とはまずありませんし、そもそもどのような作品ができるかは、私にも予想がつか
ないのです。
 
  堕天使と交わった我が素体は、これまでにない興味深い作品を生み出すことにな
りました。それら新たな作品は、明確に知性を持っていたのです。それまでこの世
界において、曲がりなりにも知性を持つと呼ぶに恥じない存在は、私達四王だけで
した。また、私がどれほど実験を重ねても、高度な知性を生み出すことはできない
でいたのです。堕天使達が持つ優れた形質は認めざるを得ません。そして私は、堕
天使達の情報をより多く得ることに傾注していきました。新たに作る私の素体は、
一層堕天使達の嗜好に合う形になっていき、その結果素体達は堕天使の気に召して、
次々と交わることに成功し、様々な作品を産み続けるようになりました。やがてそ
の作品達は、様々な能力や形質を持って互いに交わり出し、加速度的に増えていく
ことになりました。そしてこの魔界に広がり、堕天使達の僕として仕えるようにな
っていったのです。......そう、あなたがたがデビルサイダーと呼ぶ者達。彼らは、
堕天使と我が素体達の間に生まれた作品の末裔なのです。
 
  「地上」で堕天使達に似た知性を持つ生物が繁栄しつつある─そういう知らせが
南の王からもたらされた時、私は迷わず堕天使の生命情報も取り込んだ素体を送り
込み始めました。以前地上に送った素体とは異なり、堕天使との接触後の素体は、
知性を持ち、自分自身で状況を判断して高度なコミュニケーションが可能となって
いました。素体達は-雄型も雌型も-地上で歓迎されたようです。もうお気づきで
しょうが...その堕天使に似た生物とは...人間のことです。知性を与えた結果、素体
の中にはこちらに戻ってこないものも出てくるようになりましたが、私は頓着せず
に素体を送り続けました。南の王によれば、人間達は、素体について伝承で様々に語
り継いだそうです。山男・山女...鶴女房...雪女...天女...。そして素体達が地上で産
み落としたり、人間達に生ませたりした異形の群についても、人間達は妖怪とか妖
精などと呼び、畏怖とともに語り伝えていったようです。......そう、そしてそれら
素体の産んだ作品達こそ、現在「地上」に隠れ棲むデビルサイダー達の先祖に他な
りません。
 
  ここに仕える侍女達......そう、彼女たちこそ、私がこれまで作り出した素体の中
のプライム・クラッセ。最高位の堕天使すらも魅了するに至った、究極の素体達で
す。彼女らは定期的に献納され、彼らの享楽の生け贄となる一方で、より強力な力
を持つデビルサイダーを生み出す母体となっているのです。
 
  堕天使達はデビルサイダーをどう思っているでしょうね。この世界の先住者にし
て、被征服者。彼らに仕える忠実にして卑しい奴隷......そして地上制圧の尖兵。そ
んなところでしょうか。デビルサイダー達も自分自身をそう思っているでしょう。
彼らは誰も知らないでしょう。便利な女衒のような存在に過ぎないと思われている
私が、実は全てのデビルサイダー達を祖であり、彼らを覚醒させる鍵を握っている
ということを......。無論、堕天使-すなわちデビルと、我が子孫ともいうべきデビル
サイダーの力の差はなお歴然としています。現状では反乱を起こしたところで鎮圧
されてしまうことでしょう。......ですが......時を待てばいつか必ず機会が訪れる...
...私はそう信じてこれまで待っていたのです......。
 
 (了)

小説リスト