ゴッドサイダー アナザーストーリー『神の血』

題名:神の血

『神の血』上

 この世界は、唯一無二のものではなく、いくつもの次元が同時に成立している並行世界であるという。
 未来というものは、ふとしたきっかけでたやすく変化する危うげなものなのだ。
 これは、そんなふとしたきっかけで誕生した、別世界の物語である......。



 突如、東京上空に出現した「バビロンの空中庭園」
 霊気が登り消えていった螺旋階段を、流璃子は心配そうに見つめていた。
 その中は霧で満たされ、中をうかがうこともできない。
「霊気は、大丈夫かしら......」
 流璃子は振り返ることもなく、背後の阿太羅に問いかける。
「あ......、あぁ、ヤツなら心配いらないさ......」
 阿太羅は答えた。だが、流璃子は気づいていなかった。
 その声が多少上ずっていたことに、そして、その視線が先ほどから自分の身体に注がれていたことに......。

 

「ん......?」
 その視線に気がついたのは、最深部で様子を見ていた空中庭園の主-パズス-であった。
 そこには、螺旋階段で霊気と相対している彊良以外のパズス教団の最高幹部たちが勢ぞろいしていた。
「よォ、鶚。おまえが流璃子をブッ殺そうとした時、阿太羅が助けに来たって言ってたな」
 主-パズス-の問いに鶚が答える。
「え、ええ、そうです。しかしあの時、阿太羅の邪魔さえなければ......」
「あーあー、それさえ聞ければそれでいいんだよ。そうか、単身パズス教団に乗り込んだ戦友の援護じゃなく、その恋人の救助にねぇ......」
 ニヤニヤと笑みを浮かべるパズスの真意を測りかね、山揮が声を上げる。
「どういうことです、パズス様。阿太羅が流璃子を助けたからってなんだってんです」
「相変わらず貴様はにぶい男だな、山揮。パズス様はこう仰りたいのだ、阿太羅は流璃子に気があるんじゃないか......とな」
「な、なんだと!?」
 鳴蛇の言葉に一同が騒然とする、当のパズスを除いて。
「ゲッゲッゲ、いい勘してるぜぇ、鳴蛇」
 うれしそうにパズスが声を上げる。
「し、しかし、阿太羅は禁欲を旨とする僧侶の身、さらに奴はゴッドサイダーの中でも特に義理に厚い男......」
 思わず声を上げる烏慶、それを遮るようにパズスが言葉を発する。
「ゲッゲッゲ、この世にゃエロ坊主って言葉もあるぜぇ。それによ、阿太羅の守護神が誰だか知らねぇわけでもあるめぇ?」
「は......? ええ、たしか帝釈天。世に比類なき武神、帝釈天だったかと」
 烏慶が記憶をめぐる様に言葉を続ける。
「そうよ、その帝釈天、戦場じゃたしかに勇猛果敢な武神だったらしいがよ、それ以外だとどうしようもないヤツだったんだぜ」
「と、言われますと......?」
 その場にいる皆が、身を乗り出すようにパズスの言葉の続きを待った。
「当時、天界にゃ舎脂っていうそりゃあ美しい娘がいたんだ。こいつは阿修羅の娘だったんだがよ、その美しさに目を付けた帝釈天は、
 自分の宮殿に連れ去り、無理やり犯しちまったんだよ。力づくでな。ゲッゲッゲー! まるでデビルサイダーだぜ!」
「な......、なんと......」
 唖然とする一同、さらにパズスは言葉を続ける。
「しかもよ、怒りのあまり軍を上げた阿修羅一族を、その持ち前の武力で返り討ちにしちまったってんだ。正義も何もあったもんじゃねぇな! 
 ゲーッゲッゲッゲ!」
 パズスの狂喜の声が響き渡る。
「もう分ったろうが、あの阿太羅にゃ、その帝釈天の血が流れてんだ。目の前に極上の女が半裸でいて、放っとけるわけねぇんだ!」
 そう言いながら、パズスは鳴蛇に目配せを送る。
「だが......、今のままじゃ人間の良心とかっていうクソみてぇなもんが、邪魔してやがる。そこでだ......」
「シュシュシュ......、お任せ下さい、パズス様。そのゴミクズ同然の良心とやら、オレの毒で腐り溶かしてくれましょう......。
 それよりも、先ほどの話が事実であるのならば......」
 そう言って、鳴蛇がパズスに耳打ちをする。
「なに? そうか、そうか。ゲッゲッゲー! 流石だな、鳴蛇。オレはおまえのそういう所がお気に入りなんだよ、ゲッゲッゲ!」
 パズスの顔に、この上なく邪悪な笑みが浮かんでいた......。

 

 空中庭園へと続く螺旋階段の入口で、流璃子と阿太羅は佇んでいた。
 彼らは気づいていなかった。螺旋階段から漂う霧が、自分たちの身に及んでいることを。そして、その霧に怪しげな臭気が混じっていたことを。
 阿太羅は、自らの鼓動が早くなり、手に汗がにじむのを感じていた。
 しかし、それを霧に混じる毒のせいだとは気づかず、流璃子とともにいるせいだと思っていたのだ。
 パズスの推察は、まさに正鵠を射ていた。阿太羅の流璃子に対する感情は、好意以上ものであった。
 それはもはや恋慕と呼ぶべきものだったかもしれない。

 阿太羅が流璃子を初めて目にしたのは、マリガンとジェミニーの結婚式の際だった。
 それ以前にも、グランドキャニオンの入口でベルゼバブに抱かれた流璃子の姿を見たことはあった。
 だが、それはあくまでもベルゼバブの蝿たちが集まって形作った幻影であり、実物の流璃子ではなかった。
 それでもなお、阿太羅はその時の流璃子の肢体に、目を奪われていたのだが。
 また、迷路帝都(ラビリントス)の地下で、霊気が流璃子を救った際にもそばにいたのだが、
その時はベルゼバブにより両目をえぐり抜かれていたため、流璃子の姿を見ることはかなわなかった。
 初めて目にする本物の流璃子は、清楚可憐な乙女という言葉がよく似合う絶世の美少女であった。
 生気に満ち溢れ、みずみずしい輝きを放っているように阿太羅には感じられた。
 阿太羅が見惚れたのも無理からぬことといえるだろう。
 だが、その後に法粛と交わした会話が、より一層流璃子への想いを強めることとなる。
「法粛、流璃子さんは、実に美しいひとだな」
「ああ、同感だ。それにしても、元気になったよかったよなぁ。迷路帝都の地下で会った頃は、半死半生だったからな」
「そ......、そうらしいな......」
 阿太羅は、自分は見てないともいえず、適当に相槌を返す。
「でも......、元気になった今だから言えることだが、あの時の流璃子は、艶めかしくも美しかったなぁ......。
 アイアンヘラーに捕われ苦痛に喘ぐ表情といい、 そのアイアンヘラーがはじけ飛んだときに、
 露わになった乳房の形といい......。ある意味、美の完成形だったよな、あれは」
 思いだすかのように、締りのない笑みを浮かべる法粛。
(オ、オレは見ていない......)
 人は、未知なるものに対して、恐れを抱き、憧れを抱くもの。
 そして他人が知り、自らは知り得ないものに対して、大いなる渇望を抱くものなのだ。
 阿太羅の流璃子への想いは日増しに積っていく。普段は、修行の中で忘れようとしていても、それは彼の心を捉えて離しはしなかった。
 だからこそ、パズスが指摘するように、霊気ではなく流璃子のもとへと駆けつけることとなったのだ。

 そして今、その想い続けていた相手が目の前にいた。
 それも腰や足に申し訳程度に薄絹をまとっただけの、半裸と呼ぶにはあまりにも露出の多い恰好でである。
(ほ......欲しい......。流璃子が......)
 普段の阿太羅であれば考えもつかないような邪まな思いが胸をよぎる。そう、少しずつ、霧に紛れた鳴蛇の毒が、阿太羅の心を蝕みつつあった。
 あと、ほんのひと押しで、あえなく決壊しかねないほどに......。

 その阿太羅の眼の前の流璃子も、自らの身体の変調を感じ取っていた。しだいに呼吸が早くなり、身体が熱くなっていく。
 人の良心を腐り溶かすという鳴蛇の毒、それは同時に人の心に邪心を芽生えさせ、淫らな感情を抱かせる催淫効果を持っていた。
(こんなときに、わたしは、何を考えているの......)
 流璃子は自らを戒め、自分の内に沸き起こる身体の火照りを、淫らな思いを抑えようとした。
 だが、それは余りに空しい抵抗であった、次第に濃度を増していく鳴蛇の毒は、それに比例して効果も強くなっていく。
 さらに流璃子は、長らく肉体的に満たされることのない生活を送っていた。
 たしかに霊気とは、恋人として一緒に暮らしていたものの、彼は流璃子の身体を求めることはしなかった。
 それは霊気なりの優しさだったのかもしれない。かつてデビルサイダー達に凌辱された流璃子に対して、
その身体を求めることは、彼女の忌まわしい記憶を呼び起こすことになるかもしれない、と。
 だが同じように身体を求める行為であったとしても、欲望のままに女を犯すことと、
愛情を持って女性を抱くこととは決定的に違う。霊気にはそれが理解できていない。
 結果、流璃子は愛しい恋人と共にいても、その身が満たされることはなく、持て余す日々が続いていたのだ。
(わたしから、霊気を誘えばよかったの......? そうすれば霊気も......。でも、そんなこと......)
 思えば思うほど、霧に溶けた毒は身体を蝕み、流璃子の身体を熱くさせる。
「ア......」
 流璃子は、思わず声を漏らす。
 乳首は固くなり始め、ピンと屹立していた。そして、股間がじわりと熱くなっていくのを感じる。
(ダメよ......、あぁ......。我慢しなきゃ、ダメ......)
 今の流璃子は、感情の波に押し流されそうになるのを、かろうじて踏みとどまっているような状態だった。
 自分のすぐ背後には阿太羅がいるのだ。それに気づいた途端、流璃子はドキリとした。
(ま、まさか......、わたしが身悶えているのを、阿太羅さんに気づかれているんじゃ......)
 そういえば阿太羅は先ほどから一言も発していない。自分の状態に気づいて、声をかけるにかけれなくなっているとしたら......。
 そう思うと、流璃子の頬はみるみる紅潮していく。
「阿太羅さ......」
 流璃子は様子を確かめるために、顔だけ後ろに向けて阿太羅に視線を送った。
 そして、その行為こそが、阿太羅の行動を押しとどめていた最後の砦を、あえなく決壊させるひと押しとなったのだった。
 振り向いた流璃子は、瞳を潤ませ、頬を赤らめ、そして切なげな声で自分の名を呼んだ。
 その瞬間、阿太羅は自らの血が逆流した様な感覚を味わった、そして身体が反射的に動いていた。

 気づけば、阿太羅は流璃子を背後から抱き締めていた!
(えッ......!?)
 流璃子は、何が起きたか理解できずに、抱き締められるがままになっている。
 そして、阿太羅もまた自分の行動が理解できていなかった。
(オ、オレは、一体なにをやっているんだ......? 流璃子は霊気の恋人なんだぞ、それに、今はこんなことしている場合では......)
 阿太羅は、心の中で困惑しつつ、また自分の行動を否定しつつも、流璃子を抱き締めたまま離そうとしない。
 それは、一度離してしまえば、二度とその腕の中に抱くことはできないであろうことを直感していたからかもしれない。
 間違ったことだと頭の中で理解できてはいても、体はその行為をやめることはできなかったのである。
 そして阿太羅は気づいていない、先ほど感じた血の逆流にも似た感覚、それこそ自らの守護神である帝釈天の血の目覚めであったことを......。
「イ......、イヤ......」
 流璃子はかろうじて声をしぼり出した。しかし、身体はまったく抵抗していない、抵抗しようとすらしていなかった。
 いつもの流璃子であれば、たとえその身を持て余していようと、自らに沸き上がる性欲に流されそうになったとしても、頑として抵抗しただろう。
 それはひとえに愛する霊気への想いの強さからである。
 しかし、流璃子は自分を抱き締める阿太羅の表情を見たときに、抵抗する力を失ってしまった。
 阿太羅の顔に浮かんでいたものは、後悔、焦燥、苦悩......。
 自らの行動が間違っていると知りつつも、なおその行動を止めることのできないことへの弱さ、そして苦しみが浮かんでいたのである。
 悩める者、苦しむ者に、無制限の救いを差し伸べるという弥勒菩薩。
 流璃子の中に流れる、その弥勒菩薩の血が、今の阿太羅を拒絶することを許さなかった。
 なんと皮肉なことであろうか、彼らをゴッドサイダーたらしめ、常に彼らを守り、彼らを助けてきた神々の血。
 その血のせいで、最も信頼する戦友を裏切り、最も愛する恋人を裏切ることになるのだから。
 しかも、それがすべて大神魔王パズスの計略、かの魔神の手のひらの上で踊らされてのことだというのだから......。

 

 阿太羅は流璃子を背後から抱き締めたまま動かなかった、流璃子もまた同様であった。
 深い霧に包まれ、他人からは今の自分たちの姿は見えていないと彼らは考えていたかもしれない。
 だが、その様子は空中庭園最深部のパズスたちには筒抜けだった。
 パズス教団の幹部たちは、その様子がいまだ信じられないといった表情で、食い入るように眺めていた。
 パズスの説明を聞いたうえであっても、なお、阿太羅や流璃子が霊気を裏切るような行為に及ぶとは、考えもつかなかったのである。
 しかし、当のパズスは面白くもなさそうにその様子を眺めている。
「おいおい、こいつらいつまでカメみてぇに固まったままになってんだよ。とっととおっ始めねぇか。
 ぐっちょんぐっちょんの、ドぎついおまんこショーをよぉ」
 そのパズスの下品な言葉に答えるかのように、鳴蛇の声が響く。いま鳴蛇は毒を撒くために、霧に紛れ螺旋階段の入口付近にいたのだ。
『ご心配無用です、パズス様。すでにオレの毒はやつらの心の枷を腐り溶かしております。その証拠に、固まったままに見える奴らですが、
 その体温、特に......、股間のあたりの体温は上昇しっぱなしです。もはや爆発寸前でしょう。シュシュシュ~......』
「ん? あぁ、そうか、蛇は鼻で温度を感じるんだったな。そいつぁ、上出来だ。
 お前もボチボチこっちに戻ってこいや。次の楽しみの準備もあるからよ。ゲッゲッゲッ!」
 再び、パズスに邪悪な笑みが浮かぶ、血も凍るような情のかけらもない笑みが......。

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