Dr.夢宇さん

題名:「続・欲望の部屋」

-後編-

アメリカ合衆国における悪魔側の人間の本拠地「迷路帝都(ラビリントス)」の地下三千メートルにある牢獄。
その牢獄の最深部にこの部屋は存在した、狂気が支配するという「欲望の部屋」...。
私はその部屋の主であり、欲望を解放する術を知らぬ悪魔側の人間に対して、教育を施す役目を負う者である。
昨日教育の対象として運ばれてきた女性、流璃子...。
彼女は私が出会ってきた女性達の中でも最高の女性であった。そう、私にその役目を忘れさせるほどに...。

悪魔病院(デビルホスピタル)からの帰途、私はどうしても早足にならざるを得なかった。
流璃子は昨晩から欲望の間の奥の部屋に取り残されている、欲望を増大させる瘴気が充満する部屋に。
そしてその部屋の外には、私の部下である多数のデビルサイダー達がいるのだ。
女の身体を求めて止まない欲望の権化たるデビルサイダー達が。
部下達は私の許しなく奥の部屋に入ることはしない。...だが、部屋の中から誘われた場合には、入ることを許可している。
そして部屋の中で欲望のままにお互いの身体を貪り尽くすのだ。それはつまり、欲望の解放を教えるという私の役目に合致する。
本来であれば、その結末こそ私の望むべきものであったはずだ。
しかし...、今回に限って私はその結末を望んでいなかった。
正直に言って、流璃子が他の男に抱かれている光景というのは想像すらしたくない。
まして流璃子の方から望んでそのような状況になったなど...、耐えられそうにない。
自分の本来為すべき役目、そして自分の正直な意志、その二つの葛藤が私を苛んでいた。

欲望の部屋の大広間にはいつものように部下達がたむろしており、特別変わった様子はなかった。同時にほっとした安堵感が私の胸中に広がる。
「主、いかがなされました?お疲れの御様子ですが。」
私の帰りに気付いた副官が声を掛けてくる。
『いや...、特にどうということは、ない。』
返答ともつかぬ答えを返し、私は奥の部屋へと足を進めた。
「伝達事項があるのですが、...後ほどにした方が良いようですね。」
『あ、あぁ、そうしてもらえるか。』
私は一刻でも早く流璃子に逢いたかった、その焦りが副官にも伝わったとみえる。彼は身を引き道を開けた。
だが、奥の部屋に流璃子の姿はなかった。
私は軽い戸惑いと不信を感じつつ、次に浴室を見渡したがそこにも流璃子の姿は見えない。
さらに食堂にも流璃子は居なかった、私の中で次第に焦りが増大して行く。残る部屋は寝室だけだ...。

「...ん、...はぁ...、はぁぁ...ん」
寝室のドアに手を伸ばした私の耳に、小さいが、しかし艶かしい声が聴こえてきた。
この声は...、流璃子!?
私の鼓動が早くなる、中で流璃子が喘ぎ声を上げている?
「はやく...、...ッ...きて......あぁぁ...ん...」
衝撃が走った!
流璃子が妖艶な声を上げて相手を求めているの!?私の体は小刻みに震え、全身から汗が吹き出していた。
想像すらしたくなかった光景が現実になっている、この扉の向こうで流璃子は誰かにその身体を弄ばれている。
出来ることならこの場から逃げ出してしまいたかった、無論そんなことは許されるはずもない。
そもそもこのような事態を招いた原因は私にあるのだから...、私には結果を見届ける責任があるのだ。
必死に覚悟を決め、ドアノブに手を掛ける...。
「あぁ...はやく...、早く...帰って...来てくださぁ...い......」
その瞬間、再び流璃子の声が私の耳に届いた。
帰って来て...?ま、まさか...、流璃子は私の帰りを...?
私はそっとドアを開き、中の様子を伺う。
部屋の中、ベッドの上で流璃子はうつぶせになっていた。
その左手は自らの乳房を揉み、右手はその麗しき秘所にあてがわれている。
...ッ!?自慰行為?流璃子はその欲情を満たすために、自慰行為を行っているというのか?
「はぁ、はぁ...、くぅッ...ンン...」
流璃子の激しい息遣いが部屋の中に満ちていた。
「ううぅ...あぁぁ...、もぅ、もぅ......」
その流璃子の様子を見て、私は居ても立ってもいられず部屋の中へ足を進めていた。
そして背後からゆっくり流璃子を抱え...
「あッ...、ん、んん...」
彼女と熱い口付けを交わす。
『待たせたね、流璃子...。』
「あ...あぁ...、お帰りなさぁい...」
流璃子は顔を真っ赤にして私を迎えた。

「ハァッ、ハァッ!あぁぁ...、っくぅぅーーーッ!!」
流璃子が絶頂に達した。
私と彼女はお互いを貪るように抱き合い、満ち足りた果てを迎えていた。
「うふふ...、お帰りなさい...」
流璃子は嬉しそうに微笑み、私に抱きついてくる。その彼女の頭を優しく撫で彼女に応えた。
『ゴメンよ、流璃子。』
「ううん、いいんです。こうやって帰ってきてくれたんだから。」
『いや...、そうじゃない。私はキミが他の男を求めるんじゃないかと疑っていた。』
「え...?」
私は先ほどまでの狂うかと思うほどの嫉妬の様を、包み隠さず彼女に白状した。
「それを言うなら、私だって耐え切れずに...その...、マ...マスター...ベーション...しちゃったんだし...、その...おあいこですよ。」
何がどうおあいこなのか今一つ理解できなかったが、自慰行為に対して真っ赤になって恥ずかしがる流璃子は愛しかった。
『不思議だな...、キミを知れば知るほど、キミが悪魔側の人間だとは信じられなくなる...』
私は常々感じていた疑問を口にした。
「あッ...それは......」
流璃子は私から眼をそらし、何やら考え込んでいる様であった。
しばらくの間、私は彼女の次の言葉を待つ。
「...私は、生来の悪魔側の人間じゃないんです...、私は鬼哭一族...天使長であったころのルシファーの血を受け継ぐ存在なんです...」
流璃子の衝撃的な告白だったが、不思議と私は強い違和感を覚えなかった。逆に妙な納得感すらある。
鬼哭一族といえば、神と悪魔の間の子などと呼ばれていはいるが、本質的には神側の人間に近い。
流璃子に対して度々感じていた、美の女神とも思える美しさの説明がついた様な気がする。
「......今まで言えなくて御免なさい。」
流璃子は伏目がちに謝罪した、その儚げな美しさにしばし私は眼を奪われた。
「...怒りました?...その...私のこと...、キライになりました...?」
私が声を出せずにいると、不安そうな声で流璃子が尋ねてきた。
『あ、あぁ、いや。まさか、キミを嫌ったりしないよ。』
そう言って私は彼女の頬を撫でる。
『なんとなく納得できたような気がしたよ、やはりキミは悪魔側の人間らしくなかったからね。』
「で、でも...、それを言うなら貴方も悪魔側の人間らしくないです。」
『私が?』
そう答えつつ、私自身にも身に覚えがない訳でもなかった。
『ふふ...、そうかもしれないね...』

「ベルゼバブ様より例の水魔ブロケルを、明日の昼までに引き渡すよう通達がありました。」
『そうか...』
副官からの報告を受け、私はそう答えるしかなかった。
元々分かりきったことである、私は永遠に流璃子と共にいれるわけではないのだ。
それも帝王ベルゼバブ直々の通達とあれば否応なしだ。
「...お辛そうですね、主。」
『そう思うか?』
「ええ、主は随分とあの女性が気に入ってらした様子でしたから。」
『...そうだな。あれ程の女性には滅多に会えるものではないだろう、もしかすると最初で最後かもしれん。』
私は想いを口に出した、そして残り僅かな時間を彼女と過ごすことに決めた。
『明日の昼だったな、それまでに最後の儀式の準備をしておいてくれ。』
「......わかりました。」
副官はそれだけを答え、部屋へと戻る私を見送った。

部屋に戻った私の様子が、今までと違うことを流璃子は敏感に感じ取っていた。
「どうかしたんですか?」
『...あ、いや...』
どう切り出したものか、私が頭を悩ませていると...。
「私が、この部屋を出て行く時が来たのですね...」
彼女の言葉は静かだったが、私に強い衝撃を与えた。
『どうして...、そう思うんだい...?』
震える声で私は尋ねた。
「なんとなく...ですけど、いずれは、その時が来ると覚悟はしていました...」
私は今更ながらに彼女の聡明さには驚かされた。だが、心なしかその声も震えている。
「あと...どのくらい...一緒にいれるんですか...?」
『明日の昼...、そこでキミを帝王ベルゼバブに引き渡すことになった。』
「...明日」
彼女は静かに眼を伏せ、肩を振るわせた。
そして何かを吹っ切るように顔を上げ...。
「じゃあ、明日の昼までの間、いっぱいいっぱい可愛がってくださいね!」
精一杯の明るい声で私に抱きついてきた。
『あぁ、あぁ、思い残すことのないくらい、思いっきりね!』
私は彼女を抱きしめ、熱い口付けを交わす。

浴場にはいつもと変わらず多量の湯がたゆたっている。
そして湯船の中では、いつものように流璃子は私に身体を預けてきた。
「ふふ、私、おフロ大好きなんですけど、ここはその中でも別格です。」
『私だってそうだよ、特に流璃子、キミと一緒に入っている時はね。』
「...嬉しいです。」
このようなありきたりの褒め言葉にも、顔を赤らめて照れる流璃子。本当に彼女は愛くるしい。
彼女の美しい髪を撫でながら、この時が永遠に続くことを願って止まない。叶わない望みとは分かってはいても...。
「さぁ、湯船からあがりましょう、体を洗わせて下さい。」
『ん...、お願いするよ。』
流璃子の招きに従い、私はその身を湯から引きあげた。

「んふふ...」
流璃子は、私の体を丹念に洗っていく。背中から肩へ、そして腹部から下腹部まで...。
「あ...」
『...はは。』
私のモノはすっかりその気になっていた。彼女に奉仕されているのだ、これは不可抗力というものではないだろうか。
「もう......、えっちなんだからぁ...」
流璃子は照れたような笑顔を向ける。
しかし彼女はゆっくりと私のモノを掴み、舌を這わせ始めた。
『んッ、流璃子...』
「気持ちよく...なってください...」
さらに流璃子はモノを口の中へと含み、ゆっくりと顔をスライドさせ始める。
ちゅぷ、くぷッ...
その度に彼女の口元から、淫靡ながらも愛らしい音がもれる。
「ハァ...ハァ...、んむ、んむぅ...」
彼女の懸命な奉仕が、心も体も幸福で満たしてくれる。
心地良い快楽がせりあがって来た...。
『う...』
その瞬間、不意に流璃子は私のモノから口を外す。
『...え?』
彼女の真意を計りかね、私は一瞬呆然とした。
「わ...私の...、私の胸で......」
聴き取れるかどうかという小声で彼女はそう言った。
『...え?胸...?』
「は...、ハイ...、胸で...その、して...差し上げます...」
流璃子は真っ赤になりつつも、そう答える。
私にとって彼女の心遣いがどれほど嬉しかったか、あえて言葉にするまでもない。
『ん...、じゃお願いするよ...』
「あ、それで...その、ローションを...」
なるほど、彼女は例のローションを使って奉仕してくれるらしい。
私は心得たとばかりに、ローションを手に取り、彼女の愛らしくも麗しい谷間に垂らした。
「あッ...、うふ...」
くすぐったそうに声を上げる流璃子。
「じゃ、は...始めます」
ヌプッ、ヌニュ、ヌリュ...
私のそそり立った陰茎を胸の谷間に挟み、ゆっくりとその身を上下させる流璃子。
その乳房は逸物のみならず、私の心までも優しく包み込んでいく。
「んッ、んんッ...、ハァハァ...」
『フゥフゥ...、る...流璃子...』
ジュプッ、ヌリュッ!ズッ、ズッ!!ヌププッ!
段々と流璃子の動きが激しくなる、先ほどの口の奉仕ですでに快楽の波に晒されていた私には、この快楽に長い時間耐えれそうにない。
流璃子もその様子を見て取ったのか、私に切なげな声をかけてくる。
「我慢...しないで下さい...イって...」
その声に導かれるままに、競り上がってきた快楽に私は身を委ねた。
『で、出るよ、流璃子ッ!』
「んッ...」
ビュクッ!びゅくびゅくッッ!!
先端から多量の体液が放出される、しかし流璃子はよけようともせず、それを受け止めた。その何よりも美しい顔で。
『る、流璃子ッ!?』
「熱い...です...、それにいっぱい...」
流璃子は指でその体液をすくい、うっとりとため息をつく。
「うふふ...、嬉しい...です。」

私たちは寝室にその身を横たえていた。すでに夜も更けている、私たちに残された時間は少ない。
「...まだ、起きてます?」
『あぁ、起きているよ、流璃子。』
流璃子は私の眼を見つめ、その柔らかな身体を寄せてきた。
「...私、幸せです...、あなたと...好きな人と、こうしていれるんですから......」
その言葉に私の声は詰まる。
「あなたのこと...好き...」
『私も...私もだよ。キミのことを...、キミのことを愛して...いる。』
流璃子は私の胸に突っ伏した、その瞳から溢れる涙に私は気付いた。
「私...私、あなたのこと決して忘れません...」
流璃子の言葉は嬉しかった、しかし私にはそれが無理なことが分かっていた。
『...それは、...それは無理なんだ。』
「......え?」
『ここを出て行くとき、キミのこの部屋に関する記憶を消さなくてはいけない。』
「えッ!?そ...そんな...」
この欲望の部屋は、あくまでも恐怖の対象でなくてはならない。
ここで教育を受けた女たちは、快楽を覚え欲望を露わにする術を学ぶ。
しかしその快楽を再びこの部屋に求めるようなことがあってはならない、この部屋は快楽を求めに来る場所ではないのだ。
その身は快楽を覚えていても、記憶には残ることがない、それがこの部屋を出て行く時の儀式の結果であった。
無論、完全に記憶を消し去ることは不可能だ。しかしそれは明け方の夢のように儚く、露と消えるような記憶でしかない。
いずれにせよ、この部屋での記憶など今後の彼女の未来にとっての障害にしかなりえないのだから...。
『だが、私はキミのことを忘れない、何があろうと忘れはしない。愛というものを教えてくれたキミのことを...。』
「...............」
話の内容にショックを受けたらしく、沈黙を続ける流璃子。
「......最後に抱いてくれますか?」
沈黙を破って出た流璃子の申し出には、拒否する要素は微塵も存在しなかった。

「ふあッ!ハァハァッ!!あぁぁぁッ...!!」
寝室には淫靡な音と艶やかな声が響き渡る。
「ハァハァッ!...もっと、もっと...くださぁ...い...」
『うッ...、流璃子...流璃子ッ!!』
彼女の求めに私が答えるように、私の求めに流璃子が答えるように、互いの身体を求め合う。
激しく、熱く、止まらない勢いのままに。
腰を打ち付ける度に、流璃子の愛らしい尻が揺れ、美しい乳房が振るえる。
そして全身から汗が拭き出し、さらに息遣いが荒くなる。
「あぁぁ...、も...もぅ、ダメ、ダメです...ッ!!」
流璃子の絶頂は近い、そして私も...。
『る、流璃子ッ!』
「きてッ...来てくださいッ!!」
競りあがってきた快楽を解放するために、流璃子から私自身を引き抜く。
その瞬間!
「ダメェッ!!」
『る...ッ...りこ...!?』
流璃子が両手で私の腰を抑え、もう一度その身に迎え入れる。
ビュルルッ!ドクドクドクッ...!!
「あ...あはぁ......」
『う...あぁ...』
何ということであろう、私は流璃子の胎内に精を放出していた。
『流璃子...』
「ゴメンなさい...、でも、こうして欲しかったんです...あなたに愛された記憶を身体に留めておきたかった...」
私は何も言わずに流璃子の唇に自分の唇を重ねる。
私の気のせいであろうか、流璃子のささやきが聞こえたような気がした...。
「私は...あなたのこと...忘れない...、きっと......忘れない...」

翌日、別れの儀式を全て整えた副官が私たちを迎えた。
この副官の能力、そのものが記憶の操作にある。私の副官に対する信用の所以でもあった。
昨晩、彼女の身に注がれた私の子種は実を結ぶことはないだろう、悪魔側の人間と神側の人間では血が混じることは滅多にない。
この儀式が済めば、彼女と私を結ぶものは何もなくなるも同然であった。
『準備はいいかい?』
私はできるだけ平静に彼女に尋ねる。
「最後に...最後に一つだけ...」
『ん?なんだい、何でもいってごらん。』
最愛の流璃子の最後の願いとあれば、どんなものでも聞いてやりたい。
「あなたの...あなたの名前を教えて下さい...」
たとえ教えても記憶はすぐに消されてしまう、だが、そんなことを今更言うつもりもなかった。
「記憶には残らなくても...、きっと、心には残るから...」
流璃子のその言葉に導かれるように、私は自らの名を彼女に伝えた。
『私の、私の名前は............』

こうして私と流璃子の刻は終わりを迎えた。
彼女と過ごした数日間は如何だったであろうか、御満足頂けたのであればそれに優る喜びはない。
何故なら、私はあなたの欲望が具現化した存在なのだから...。そう、私はあなた自身に他ならない、読者である"あなた"自身に、だ。
流璃子と愛し合ったのも、その身を求め合ったのも、全てあなたであったという訳だ。
あなたが欲望の部屋に訪れたその時点で、あなたはこの部屋の主となった。
気が向いたらまたこの部屋を訪れて欲しい、いつでもこの部屋はあなたを歓迎するであろう。
この部屋はあなたのために、あなたの欲望を満たすために存在している部屋なのだから...............

-了-

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