「ADVENT」

題名:#3 紅い森の死闘

第3話「紅い森の死闘」上

パラケルススは全身汗みずくとなってひたすら腰を突き動かしていた。両肩に
高々と抱え上げた白く伸びやかな双脚が、医師の動きに合わせて小刻みに揺れる。
荒い息づかいで最後のスパートに入るパラケルスス。しかし、無残に組み敷かれ
た美しい女は固く目を閉じたまま、死んだように動かない。
「う、うおおぉぉうッ......!!」
全身を打ち振るわせ、遂にパラケルススは絶頂にたどり着く。震える腰から快感
が全身を駆け上る。迸る粘液が美女の胎内を汚していく。肩で息をつくと、パラケ
ルススは美女に全身を預けて倒れ込む。女の肩を強く抱き締めながら、女の形の良
い唇を奪う。それでも女には何の変化も見られなかった。

「おいおい、まったく元気だなあ...先生は...」
「まっ昼間っから3人だぜ...本当に好きだよな。俺たちには後始末ばかりさせて
よお。」
フォラスが手術室に向かう廊下の角を曲がると、手術室の扉に張り付き、小さな
覗き窓から食い入るように中を覗き込む助手達のぼやき声が聞こえてきた。静かに
背後に近づいて声をかける。
「君たち......ちょっといいかね?」
威厳を含む声に慌てて振り向く助手達は、声の主を見て冷や汗をかく。
「こ、これはフォラス将軍。よ、ようこそお出でで...」
「せ、先生に何かご用でしょうか?」
「至急の用件があってね。パラケルスス先生はこちらかね?」
「は、はあ、こちらにいらっしゃいますが...た、ただいま取り込み中でして、そ
の...誰も通すなとのきついお達しで...」
「私事ではない。至急の用件なのだよ。急ぎ先生に取り次いでくれたまえ。」
フォラスの冷静な声が反論を封じる。
やむなく手術室の扉を開こうとする助手達。寸前、扉が内側から音もなく開き、
緑色の手術着姿のパラケルススが姿を現す。
「おやおや、これは。フォラス殿がわざわざこちらまでおいでとは、光栄の至り
ですな。」
「先生...あの御方の命により来ました。あの御方は...」
「まあまあ、立ち話もなんです。応接室にどうぞ。」
年の功でフォラスを制したパラケルススが、先に立って歩き始める。やむなく後
ろに従うフォラス。取り残された助手達は、しばらく顔を見合わせていたが、やが
てため息をついて手術室に入る。
さして広くもない手術室には、三台のストレッチャーは運び込まれ、ひどく手狭
に見えた。二台のストレッチャーには、それぞれよく似た美女が横たわっている。
助手達は、手術台に乗せられた、先ほどまでパラケルススに弄ばれていた美女を空
のストレッチャーに乗せる。この女も他の二人と瓜二つであったが、三人ともぴく
りとも動かなかった。
「さ、キレイキレイしてからお部屋に戻ろうね、お嬢ちゃん達。」
「俺もお相伴にあずかりたいなあ...。」
「よせよせ。ばれた瞬間あの世行きだぜ。」
「畜生、先生は妙に勘が鋭いからなあ...。」
ぼやき続けながらも、助手達は手慣れた動作で次々と女達の体に清拭を施し、
淡々と隣接するモルグに運び入れていった。

「で、本日はどのようなご用ですかな?フォラス殿。」
秘書を務めているらしい美貌の看護婦が運んできた飲み物を置いたテーブルを挟
み、視線を交える二人。
「お判りのはずですが...。あの御方はとても焦れていらっしゃいます。」
居心地の良い応接室のソファに座りながら、フォラスとパラケルススが向かい合
っている。
「...なかなか回復が進みませんからなあ。お苛立ちは理解しますが、こればかり
は時間が必要で...」
「おとぼけなさるな、パラケルスス先生。あの御方の具合のことではありません。
『女達』のことを言っているのです。」
思わす怒気を発するフォラスを、パラケルススは受け流す。
「判っておりますとも。しかし、あの御方のご機嫌が悪く、焦れていらっしゃる
全ての原因は、回復の遅れなのですよ、フォラス殿......。が、手ぶらではあなたも
お帰りにはなれませんな。よろしい。正直にお話しましょう。何でもお聞き下さい。」
「...『女達』のことですが...」
「あの御方にお伝え下さい。『女達』については、現状で意識は全くないまま、
肉体的には完全に蘇生しておりますよ。」
「意識がない?それではあの御方の意向とは違いますぞ!」
「まあお聞きなさい。意識が回復しないのでなく、させないのです。これは、『女
達』を武器に仕立てようと思っているからです。」
「武器?何をいっておられるのか!あの御方は底知れぬお怒りと憎しみをぶつ
けるために『女達』の蘇生をお望みなのですぞっ!」
「...あなたまでは冷静さを失っては困りますなあ、フォラス殿。まあ落ち着いて。
私の考えをお聞きになれば、きっとあなたも、あの御方もお気に召すはずです。よ
ろしいですか...」
二人の密談は厚い扉に閉ざされて、長時間続いた。
去り際、扉を開いたフォラスに、背後からパラケルススが囁く。
「...お願いしましたぞ、フォラス殿。」
微かにうなずき、扉を閉めるフォラスの顔は、蒼白だった。
(密談の詳細については、補遺1 パラケルススの計画 参照)

果てしなく広大な砂浜を抜け、南に向かう三人の影。いつしか周囲は草原から林
に変わり、やがて深い森になっていた。
先頭を進む眞耶子が、流璃子に語りかける。眞耶子の黒髪は戦闘に備え、かいが
いしく結われ、髪留めできりりとまとめられている。
「...『古王』、すなわち西の王は、この魔界でも最古の住人だったようです。が、
他の生物については、いずれ飲み込むべき存在としか考えていなかったようです。」
「西の王」に一時的に吸収、同化された眞耶子は、その記憶を引き継いでいた。
「ですが、同化が困難な厄介な存在として、三体の巨大な存在についてはある程
度の認識はあったようです。そのうち最も近くにいるのが、今こうして向かってい
る『南の王』です。紅い森の王...ただ...」

「...どういう姿なのか、どういう性格なのか、はたまたどういう能力を持ってい
るのか、皆目判らない。そうだろう?マーヤ。」
一番後方で周囲を警戒している慎悟が口を挟む。
  数日前。西の王を葬り去った光球を目撃した慎悟は、流璃子と眞耶子が南を目指
して進み始めた直後に姿を見せ、眞耶子の決意を聞くと、あっさり合流を表明して
いた。
  「あなた、そんな簡単に...本当にいいの?」
  あきれ顔で確認する眞耶子に、慎悟はあっさりこう答えた。
  「ああ。だって俺、ずっと前から眞耶子を護るって決めてるから。眞耶子が望む
道ならどこへでも一緒に行くさ。」
 
「...残念ながら、そのとおりよ。ですが、流璃子姉さま...」
「ええ、わかっているわ。地獄帝国...いえ、この世界の支配者ともいうべきベル
ゼバブから狙われている以上、他に選ぶ道はありません。行きましょう。」
毅然と頭を上げる流璃子。風が紫の髪をなぶり、甘い香りが慎悟の鼻腔をくすぐ
る。羽衣のような薄物の衣装は、全身のプロポーションを明らかにしている。一瞬
見惚れた慎悟は、頬を染めて顔を背ける。やや狼狽気味に、流璃子に話しかける。
  「い、いやーそれにしても流璃子さん。お美しいのは結構なんですが、そ、その
衣装はちょっと俺なんかには刺激がつよ過ぎるかなーなんて...ははは。」
  流璃子は自分の姿を改めて点検する。
  「...あ。そ、そうね...無意識に身に付けていた衣装なんだけど...これならどうか
しら。」
一瞬、光が流璃子を包み、白いワンピース姿の流璃子が現れた。
  「あ、それいいです!可憐です。清楚です。うーん素敵だなー。」
  「何よ、慎悟のスケベ。嫌らしい目で姉さまを見ていたのね。」
  「ち、違うよ、マーヤ。それなら服を変えてくれなんて言う訳ないだろ。」
  「どうだか...じゃあ、どうして今まで黙ってたのよ。」
  「いや、心に余裕がなかったからさー。今まで気付かなくって......」
  「......嘘ね。」
  「あーっ、俺の言うことを信じないのかよー」
  二人のやりとりに流璃子が微笑む。
  「仲がいいのね...。いつもこうなの?」
  「あ、いやー...そういえば、久しぶりだなーこんなやりとり。ここんとこずっと
マーヤは取り付く島もなく冷たくって...なんだか、昔のマーヤに戻ったみたいだ。」
  眞耶子が遠い目になる。
  「そうね...不思議。」
  「西の王との融合や、流璃子さんの『浄化』が、影響しているのかな。何にして
も俺は嬉しいよ。やっぱりマーヤはこうじゃなきゃ。今日まで付いてきた甲斐があ
ったというもんだ。」
  上機嫌で何度もうなずき、いつになく饒舌な慎悟。そんな慎悟を振り返って優し
い微笑みを浮かべる眞耶子。二人を嬉しそうに見つめる流璃子。
 
  先頭に立つ眞耶子首が遥か行く手を見透かす。緑一色だった視界に赤い影が飛び
込んで来る。
  「あ...」
眞耶子が前方を指さす。
「あ、あれが...紅い森?」
ようやく森が途切れ、草原が広がるその先に、血煙のように紅い森が蹲っている。
「な、なんて不気味なんだ...。どうしてあんな色を?」
思わずたじろぐ慎悟。
「判らない...西の王も知らないわ。」
眞耶子が力なく首を振る。
「行ってみるしかないわね。あなた方はここに残って...」
「何を言います。私はお供します。慎悟、怖いならここで...」
「な、何言ってんだよ。女だけ行かせられっかよ。流璃子さん、俺、別にびびっ
た訳じゃないですから。」
慌てて弁解する慎悟に微笑む流璃子。
「じゃあ、皆で行きましょうか。」
突然、流璃子の笑顔が凍りつく。嵐のような殺気が吹き付けてくるのを感じる。
やや遅れて、眞耶子も察知する。
  「慎悟...来たわ。」
  「えっ...何の気配は感じないけど...」
  殺気が三人を取り囲み始める。
「!!マーヤ!鬼哭忍軍だっ」
「...隠形術を使っているのに...こんなに早いなんて...」
流璃子を庇い、身構える二人。やがて森の中から年かさの男が姿を現す。その表
情は驚くほど穏やかだった。
「お、お頭...っ!」
「しばらくだったな...慎悟、眞耶子。流璃子を捕らえたのなら、褒美をやらんと
いかんな。」
「ま、待ってくれ、お頭...」
「ベルゼバブ様もさぞお喜びであろう。さあ、一緒に帰ろう。」
「駄目っ!流璃子さんは渡さないわ!」
右手で忍刀を構える眞耶子。左手にはいつの間にか氷の手裏剣を忍んでいる。
「貴様らあっ!」
周囲から七つの影が殺到し、三人を囲む。八方を塞がれる。
「何とか罪に落とすまいとしている、お頭の情け深いお心が判らんのかっ」
「おまえ達、誰に救われたのかを忘れたか!」
  お頭と呼ばれた男が片手を挙げて一同を制する。
「おまえ達にも言い分はあるだろうさ。後でならいくらでも聞いてやる。だが、
受けた使命は全うするのが俺のやり方だ。俺が頭を務めている内は従って貰わねば
ならん。」
慈愛さえ感じる穏やかな微笑みで慎悟と眞耶子を見据える。
「流璃子を渡せ。そうすれば全てなかったことにしよう。」
優しく告げた後、表情が一変する。羅刹の形相。
「...さもなくば、死あるのみぞ!」
雷に打たれたように、棒立ちになる二人。その背後から流璃子がそっと近づき、
二人の前に立つ。
「あなた方が鬼哭忍軍ですか...この世界にこれほどの鬼哭一族がいたとは......
驚きましたが、嬉しい限りです。」
「流璃子...鬼哭一族の巫女か...。お初にお目にかかる。私は鬼哭忍軍を束ねてい
る剛蔵と申す。お会いできて光栄だが...命により魔都まで連行せねばならぬ。同道
願えぬかな。」
「......一族に迷惑をかけることは本意ではありませんが...ベルゼバブの邪悪さ
についてはあなた方もご承知のことでしょう。ここはどうか、見逃していただくわ
けにはいきませんか?」
「巫女殿...俺としても正直、同族同士で争うようなことはしたくない。しかし、
我々はいずれも事情あって一族からはぐれてしまった者達ばかり...。我々を快く受
け入れてくれた恩を思えば、ベルゼバブ...様の命に従わざるを得ぬ。」
「...その事情が、あの者によって仕組まれたことであったとしても...ですか?」
「!...な、何を言う!」
忍軍に声にならぬどよめきが起きた。動揺がさざ波のように広がる。
「鬼哭一族の戦闘力は一騎当千。その力を我がもの...と考えたなら、かの狡猾な
者はどのような手段も取りましょう...。私がこの地に来たのも...」
「それは...い、いやっ!証拠もない単なる推測に過ぎぬ。」
一党にできた一瞬の隙を見逃さなかった慎悟が、突然背後に居た一人の忍に忍刀
を一閃する。衝撃波に吹き飛ばされる忍。
「すまん、旬太郎...!未だ、流璃子さんっ!あの森へっ!後は俺が。」
走り出す流璃子を庇って慎悟と眞耶子が立ちふさがる。
「マーヤ、流璃子さんが心配だ。お前も行けっ!」
「は...はいっ!」
しかし振り向きざまに走ろうとする眞耶子の行く手を女忍が塞ぐ。
「そうはいかないよ、眞耶子...裏切り者には死あるのみ!」
尾を引く灼熱の火球がいくつも放たれる。
かろうじてかわした流璃子が氷の手裏剣を投げる。体に突き刺さる寸前、跡形も
なく消え去る。
「あんたのちゃちな氷術なんか、子供の遊びさ。あたしの火術の敵じゃないね。」
女忍の全身を炎が包み、熱気が周囲を焦がす。
「よせっ、冥火亜!俺が相手だっ!」
忍刀を手に、駆け寄ろうとする慎悟。しかし、剛蔵から放たれた殺気に当てられ
釘付けになる。
「慎悟...忍軍一の牙よ...逃れることは叶わぬ。貴様こそ我が後釜にと思っていた
が...やむを得ぬ...ここで死ね。」
「マーヤッ!」
炎の女忍が眞耶子に殺到する。その瞬間、眞耶子から稲妻が迸り、冥火亜と呼ば
れた女忍の全身を貫いた。
「......ッッ!!」
鬼哭忍軍の一統に驚愕が走る。声にならない悲鳴を発して倒れる冥火亜の横を、
眞耶子が走り抜けていく。
  「ごめんなさい、冥火亜っ......!」
「今のは...雷撃か?」
「ま、まさか...眞耶子は未熟な水属性のはず。なぜ五属性の頂点に立つ雷を...」
呆然とする忍軍に剛蔵の叱咤が飛ぶ。
「愚か者共!眞耶子を追えいっ!」
はっと驚きから目覚めて追撃しようとする忍軍を、再び止めたのは慎悟だった。
「待てっ!お頭...いや、剛蔵!...忍軍の頭の座を賭けて、一騎打ちを申し込む
っ!!」
「な、なんだと...!」
目を見開く剛蔵。対峙する二人を忍達が取り囲む。
「お頭っ、こんなのは無効だっ。裏切り者の世迷い言につきあうことはないっ。
一気に押し包んで倒そう!」
「そうだ、早く任務の遂行を...!」
瞑目し、しばらくあって剛蔵が口を開く。
「いや...その申し出、受けよう......。皆、下がれ。」
「ば、馬鹿な...お頭っ!」
どよめく忍達を止めたのは、美貌の女忍だった。
「待って...お頭がああ言ってるのよ。従いましょう。」
「し、しかし哀華...お頭は、あんたの...」
「......いいの。私は剛蔵を...お頭を信じてる。皆もお願い...」
慎悟が女忍に頭を下げる。
  「すまない、哀華さん...。」
「勘違いしないで。あなたがお頭に適う訳はないわ。あなたが死ねば、晴れて私
が一の牙よ。」
冷たく一瞥して退く哀華に再び頭を下げ、剛蔵を見つめる慎悟。
「ありがとう、お頭...。」
「ふん...礼などいい。身の程を判らせてやるぞ、小僧!!」
二メートル近い長刀を背中から引き抜く剛蔵。
二人の間を風が駆け抜ける。
(戦いの詳細については、補遺2 風と炎の決闘 参照)

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