「ADVENT」

題名:#4 蒼き沼の悪夢

第4話「蒼き沼の悪夢」上

 パラケスルルの研究室。扉が開かれると、満面の笑みを浮かべたパラケルススが
出迎える。
  「いやいやいやいや......お疲れ様でしたなあ、フォラス殿」
  肩で荒い息を吐くフォラスは、傍らの部下を顎で指図する指示する。大きなガラ
ス容器が台の上に置かれる。中には醜い色彩を纏った内蔵状の物体が詰め込まれ、
びくびくと怪しく蠢いている。
  満足そうに覗き込むパラケルスス。部屋の外遠くから騒ぎ声が伝わってくる。
  「いやはや、壮観ですなあ。三十個もの躯妄虫の心臓とは...」
  大きなため息をついて、フォラスは、精も根も尽きた様子でぐったりと傍らの椅
子に身を沈める。
  「流石に...これほどの数は...」
  「そうでしょう、そうでしょう。フォラス殿以外に一体誰ができましょうか。フ
ォラス殿の真摯な忠誠、必ずやベルゼバブ様のお心に届きますぞ...」
  外での騒ぎが一段と大きくなる。突如扉がノックされると、返事も待たずに乱暴
に開かれる。息せき切った医師が駆け込んでくる。
  「たた、大変ですパラケルスス先生!シズマ・ユニットがまた暴走を...!」
  「なんだと。いつものように鎮静剤を投与せぬか。」
  「そ、それが今回は...いつになく激しい暴れようでして...と、とにかく病院から
出ようとして言うことを聞きません!」
  「...ふむ。鬼哭の波動でも嗅ぎつけたか。...アンジョーンを呼べ。それまでは押
さえろ。」
  「...は、はいっ!」
  ばたばたと駆け去る医師。
  「何事ですか?」
  身を乗り出すフォラス。
  「お恥ずかしいところをお見せしまして...。いや、以前ゴッドサイダーの死体を
入手しましてな。雑魚でしたが、何しろゴッドサイダーは滅多に手に入らぬ貴重な
研究素材......様々な実験を施してきたのですが...どうも最近動作が不安定でして
ね。」
  「...ゴッドサイダーを!?あの『女達』よりも前にですか?そんな話は聞いてお
りませんが...」
  「いやいや、雑魚したから報告の必要もないかと...。」
  「......まあいいでしょう。で...?」
  「実験というのは、今回『女達』にも施した措置の基礎となるものでしてね。各
種固有能力の大幅な向上を図りながら、精神操作を施すという...しかし、どうも精
神操作がうまく行きませんで......そこで今回ホムンクルスを組み込んで操作させ
るという方法を開発した訳ですが......試作の瘴気増幅装置を組み込んでみたとこ
ろ...」
  「せ、精神操作ができない段階でですか!?先生は何をお考えか...!」
  「いやいやいやいや...そうお怒りあるな。奴には絶対の安全装置があるのです
よ。」
  扉がノックされる。
  「来たようですな...入り給え。」
  魔尉の階級章を付けた若いデビルサイダーが扉を開ける。
  「先生。お呼びですか。」
  「おお、良く来たアンジョーン。フォラス殿、彼はアンジョーン魔尉と申しまし
てな。アンジョーン、こちらはベルゼバブ様の側近であらせられるフォラス将軍
だ。」
  かちっと見事な敬礼を行うアンジョーンに答礼するフォラス。
  「アンジョーン。シズマ・ユニットがまた暴れてね。どうも仇の波動でも嗅ぎつ
けたのではないかと思うのだよ。」
  「ほう...そういえば、あの二人は鬼哭忍軍に加入しているとか......。シズマのセ
ンサー能力向上が仇となりましたか。」
  「うむ。ちょうどいい機会ではある。君、シズマ・ユニットを実践運用してくれ
んか。」
  「やっと奴の出番が来たと言うわけですね。了解しました。」
  おもむろに出て行くアンジョーン。呆然と見送ったフォラスは、再びパラケルス
スを責める。
  「どういうことです。説明願いましょう。」
  「もちろんですとも。アンジョーン魔尉は地上出身でしてね。たまたま私が地上
探索を行った時に幼少の彼と出会いまして、以後連絡を取り合うようになったので
すが...なんとそばに覚醒不十分なゴッドサイダーがいることがわかりましてな。」
  「さ、先ほど言っておられたゴッドサイダーの死体とはもしや......」
  「ははは。そのとおりなのですがね...。面白いのでアンジョーンに色々ちょっか
いをかけて貰っていたところ...ある日鬼哭一族と遭遇し、戦闘となったのです。」
  「ま、まさか、新加入の鬼哭一族とは...」
  「お察しのとおり、人間のふりをしていたアンジョーンと奴...シズマ・ユニット
の原型である青沼とかいうゴッドサイダーを殺害し、その後鬼哭忍軍に加わったと
いうわけです。アンジョーンは死んだふりをしただけでしたが。」
  「ぬう...」
  「そういう経緯もあって、アンジョーンはシズマ・ユニットを完全に操れます。
ところでフォラス殿......風の噂では、どうやら鬼哭忍軍は全員消息不明となったと
か...」
  「!!...ど、どうしてそれを...」
  「はっはっは。タネ明かしをしては手品もつまりませんがね...。再起動に先立っ
て『女達』の各種センサーのテストを行っているのですが、なかなか性能がよろし
くて...色々と面白い情報が取れるのですよ。」
  「そ、そうか...先生は、『女達』の記憶も手に入れていますな。だから色々と...」
  「はっははは。まあ、ささやかな役得とお考え下さい。それよりも...」
  パラケルススがフォラスに顔を近づけ、囁く。
  「ご覧になりますかな?『女達』の再起動実験...」
 
 
  鬼哭一族は東に向かっていた。
  「益々気高くおなりのようですな...巫女殿は。」
  剛蔵が感に堪えない様子で丁寧に流璃子に話しかける。
  「確かに慎悟の勘は外れていないようだ。この高貴さ......確かにあなたなら我々
の運命すら変えられる...今なら俺にも信じられます。」
  剛蔵の言うとおり、南の王を滅した後の流璃子の姿には、神韻縹渺たる気配が漂
っていた。
  「...今度は東の王を倒すことになるのかしら。ねえ、眞耶子?」
  哀華がそ知らぬ顔で剛蔵の横腹をつねると、傍らの眞耶子に尋ねる。
  「そ、それはわかりませんが...東の王の居場所は、もうさほど遠くはないはずで
す。西の王は、東の王を不可解だと考えていたようです。自分とは相反する存在だ
と...」
  「どういうところが相反するんですの?」
  最年少の忍である璃音が小首を傾げて尋ねる。
  「ごめんなさい。私にもよく判らないわ。西の王の思考はあまりにも私たちと異
質で...」
  「......まあ、いいってことよ。しかし、眞耶子もずいぶん変わったな。やけに巫
女殿そっくりになってないか?」
  剛蔵がしげしげと眞耶子を見つめる。
  「そ、そうかしら?」
  剛蔵の言葉によって周囲から集中する視線に眞耶子はどぎまぎして顔を赤らめ
る。
  「じ、自分ではよく判らないけど...」
  「いや、お頭の言うとおりだ。眞耶子はだんだん流璃子さんに似てきたよ。まる
で...」
  慎悟が眞耶子に笑いかける。
  「黒髪の流璃子さん、て感じかな。ちょっと幼いけど。」
  「姉さまに似てるっていうのは光栄だけど...幼いって言い方はないじゃない。若
いとか言ってよ。」
  「それじゃあ流璃子さんが若くないみたいじゃないか。」
  「そ、そんなことは言ってないでしょ...」
  剛蔵があきれ顔で二人を遮る。
  「何だなあ、お前達......ずいぶんさえずるようになったじゃないか。昔と随分違
うなあ。まあ、それはさておき...目的地が近いとなると、そろそろ配置をしておか
ないとな。」
  剛蔵の指示が飛ぶ。
  「慎悟と眞耶子は引き続き巫女殿の護衛を。哀華、璃音。先発して前方の様子を
探って来い。牙守人と寧那は俺と一緒に来い。地獄帝国に潜入するぞ。連中の情況
を知りたい。刃弦と冥火矢と旬太郎は枝を払いつつ、北の山へのルートを探索・確
保しろ。」
  「はっ」
  一同がうなずく中、慎悟だけが疑問を発する。
  「お頭...北の山って...?」
  「慎悟。頭ってのは先の先を考えておかなきゃいけねえ。西、南、東と来たら...
後は北しかないだろう?」
  「そ、そうか...まだ東の王にも会っていないから、つい...」
  「そいつは巫女殿の仕事さ。お膳立てを整えておくのが俺たちの仕事よ。哀華と
璃音は巫女殿と合流後は慎悟の下に付け。散っ!」
  忍達は瞬時に消え去った。
 
  沈むことのない黒い太陽。だが、一日の半分は青白いコロナが消え、周囲は暗闇
に覆われる。背の高い草叢の中で野営する一行。哀華と璃音が合流する。
  「巫女様。前方には確かに大きな湖沼があります。巨大な気配を感じますので、
おそらくそこに...」
  哀華が淡々と報告する。
  「ここからですと、ゆっくり進んでも半日もあれば到着すると思いますの。周辺
には特に危険なものはありませんでしたの。」
  やや舌足らずに璃音が続ける。
  「ご苦労さん。二人ともゆっくり休んでくれ。今眞耶子が周囲を哨戒している。
俺が途中で交代する。流璃子さんも、そろそろお休みください。」
  「わかりました。お疲れ様でした、二人とも。」
  慎悟が焚き火を小さくすると、皆横になる。
  「哀華さん、女忍ばかりになっちゃっいましたの。」
  「お頭の配慮よ、璃音。巫女様のお側近くにでお守りするには女の方がいいも
の。」
  「でもぉ、慎悟さんは男性ですの。」
  「それは前から巫女様のお側にいるんだもの...」
  囁く声もじきに絶え、辺りに静寂が訪れる。
 
 
  「どうしたい、青沼さん。......ふんふん。連中の気配を感じるのかい。あっちの
方かい?じゃあ、俺が連れて行ってやるよ。行こうぜ、青沼さん。」
  巨大な翼が開く。巨大な荷物を吊り下げた異形の影が、病院の中庭から飛び立つ。
力強いはばたきはやがてつんざくような音に代わり、高速飛行に移っていく。天空
で黒々と眠る太陽を横切っていく影。それを窓越しに見つめるパラケルスス。
  「...ふふふふ。アンジョーン、シズマ・ユニットの管理は任せた...」
  にやりと笑う顔に、眼鏡が冷たく光った。
 
 
  翌日。一行は無事、深い森に囲まれた大きな沼のほとりに到着した。蒼黒く澱ん
だ水は波一つ立たず、周囲は静まりかえっている。
  水面を見つめる流璃子。
  「確かに気配が...水の中かしら。」
  「油断するな、皆。」
  慎悟達が周囲を警戒する。
  突如、水面が泡立ち、浮き上がってくる影。身構える一行の前で、優美に水面に
立ち上がったその姿は明らかに人の姿をしていた。
  「お待ちしておりました、流璃子様。ご一行の皆様方。」
  鈴をころがすような声の主は、絶世の美少女だった。空色の髪。青い瞳。群青の
優雅なドレス。息を呑む慎悟。
  「...あ、あなたが、東の王なのですか?」
  ややあって、驚きから覚めた流璃子が尋ねる。
  「いいえ。私はただの使いです。お出迎えにあがるべきところ、使いを送る無礼
をお許し下さいとの、主の言付けでございました。」
  にっこりと笑って首を振り、優雅に答える美少女。
  「それは構いませんが...それでは、王のおられる場所にご案内いただけます
か?」
  「もちろんでございます......あら、何かしら......」
  美少女が小首を傾げて見上げる空を慎悟も見つめる。
  「......何だ!?早いっ!皆、警戒をっ。流璃子さんは早く東の王の許へ。マーヤ、
護衛は任せたぞ!」
  慎悟が身構えながら指示を出す。
  空の彼方に小さな黒点が生じると、みるみる巨大化していく。凄まじい速度で飛
来したそれが、一行めがけて何かを投下する。
  「危ないっ、散れっ!」
  一行の立っていた場所に落下した物体が轟音とともに落着し,地響きとともに凄
まじい土煙を巻き上げる。地面に穿たれた巨大な穴から飛び出す巨大な影。
  「...ス...ロス...コロス...コロース...ブッコロース!」
  先端の尖った巨大な杵のようにな武器で武装した巨人は、全身に輝く鎧を纏って
いた。
  「な、なんですのこいつ?ゴッドサイダーですの?!」
  「ま、間違いないわ。どうしてこんな処に...それに、この殺気...!」
  璃音と哀華が忍刀を抜き放つ。
  「こ、こいつは...!」
  「ま、まさか...!」
  愕然とする慎悟と眞耶子。以前とは大きく異なる姿だったが、間違いなくその気
配は、三年前に遭遇したゴッドサイダー青沼静磨のものだった。しかし...。
  「な、なんて闘気なの!」
  「波動が変ですの。」
  「二人とも下がってくれ。こいつは俺がやるっ!」
  叫びつつながら、戸惑う哀華と璃音の前に出る慎悟。右手に陽炎が揺らめくと、
みるみる炎の剣が現れる。
  そこへ、巨体が振り上げた拳から巨大な独鈷杵が放たれる。三方に散る忍達の中
央に突き刺さると、大地を抉りながら土中を前進し、十数メートル先で再び飛び上
がる。
  「な、何だあの武器は?」
  「きっとあいつがコントロールしてるんですの。あっ、もう一本持ってますの
っ!」
  璃音の言うとおり、巨人は左手に掲げたもう一本の独鈷杵を投げつける。二本の
独鈷杵が交互に飛来して三人を襲う。飛び来る独鈷杵に刀を合わせた哀華が吹き飛
ばされる。
  「哀華さんっ!」
  衝撃を予想していた哀華は、空中で体を回転させて体勢を整えると、優雅に着地
する。
  「大丈夫よ...やはりあの大質量を止めるのは難しいわね。」
  慎悟は、ちらと頭を回して、流璃子と眞耶子が使者の美少女に導かれて沼に入っ
ていくのを確認すると、二人の仲間に声をかける。
  「哀華さん、璃音。とりあえず奴を沼から引き離そう。森には入ったら二人で奴
を牽制してくれ。その間に俺が奴の間合いに入る。」
  「ええ、わかったわ。」
  「危険ですの。気をつけて慎悟さん。」
  二人の声を背後に聞きながら、慎悟が森に向かって疾走する。
 
 
  蒼い沼の水面には、いつの間にか蓮の葉が飛び石のように浮き、三人のための道
を作っていた。
  「どうぞこちらへ...」
  先に蓮に乗った美少女に促され、流璃子もそっと蓮に立つ。蓮の葉はびくともせ
ずに浮いている。
  「さあ、眞耶子も...」
  流璃子が背後の呼びかけたその瞬間、眞耶子の背筋を強烈な悪寒が走った。
  「あ、ああ...!」
  背後の気配。それは眞耶子のよく知っているものだった。
  「...眞耶子?」
  小首を傾げる流璃子に、青ざめた眞耶子は囁くような小声で告げる。
  「ごめんなさい...姉さま。私、行けない...。私は...運命と...戦わなきゃ...ならな
い...」
  思いつめた眞耶子の表情に眉をひそめる流璃子。同時に背後の気配に気づく。
  「まだ...敵がいるのね。あれが...眞耶子の運命なの?」
  流璃子に背中を向け、こくりと小さく頷く眞耶子。
  「わかったわ...。眞耶子、私は大丈夫。...勝つのよ、必ず...」
  「はい。すぐに...すぐに行きますから...姉さま......」
  「流璃子様。主がお待ちです。お急ぎ下さいませ。」
  涼しげな声を美少女に促され、流璃子は眞耶子に気遣わしげに一瞥した後、沼の
中央に歩みを進める。その水面には深い穴が穿たれ、水壁の中、螺旋の階段が奥底
まで続いていた。美少女に先導されて降りていく流璃子。その姿が完全に消えるの
を見守った眞耶子が、きっと眥を上げ、木立を睨む。
  「くっくくく...ようやく二人きりになれたな...三年ぶりだぜ眞耶子...恋焦がれ
てたか?」
  アンジョーンが姿を見せる。

小説リスト