「ADVENT」

題名:外伝「哀なる愛の華」

外伝「哀なる愛の華」1

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-...(判読不能)一族ノ数増エタレバ、長コレヲ分カチテ、分家トナスニ、ソノ数
十二ニ達ス...(以下欠落)-
(国連管理極秘最重要遺跡区域S-6、通称"Kikoku-01"出土粘土板「青の断
章」翻訳文より抜粋)

-かくて一族内に争い起こり、宗家、分家の長寄り集まりて談合せしに、議論尽き
せず。遂に宗家、近衛三分家を率いて東遷を決す。残る分家も時を経て相争いて四
散するに至り、その地の跡は絶え果てぬ。-
(「枸橘家伝「宗家伝来記」写本」より抜粋。なお、枸橘家は鬼哭の血を引くとさ
れる旧家であるが、その真偽は不明)

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東風の章(愛華八歳)

 柔らかに吹き渡る風が優しい香りを運んでいく。桃の林一面に花が咲き、芽吹き
始めた若草が野を緑に染め上げている。長い冬を越えてようやく訪れた春に、谷間
は生命の歓喜に満ち溢れていた。森に向かう曲がりくねった小径を少女が走る。細
く小柄な身体はしなやかに躍動し、風が撫でる栗色の髪が金色に煌めく。少女は後
ろを振り向いて叫ぶ。
  「お姉さまー。早く早くぅー。」
  「ふふふ...愛華ちゃん、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ。」
  後ろからゆっくりと歩を進めている若い女性は、透き通った美貌に春風のような
優しい微笑みを浮かべている。黒目がちの大きな瞳に穏やかな光が宿る。
  「だってー、だって愛華、外のお客さんなんて珍しいんだもん。」
  「そうね...。でも愛華ちゃん、お父様のお客様ですからね。きちんとご挨拶しな
くてはだめですよ。」
  「はーい。」
  大きな声で返事しながら、再び走り出す少女。時折小径から外れては緑萌える野
原を駆け回ったり、若い女性の周囲を旋回したり、子犬のように片時も止まること
なく躍動を続ける。やがて二人は森の入り口にたどり着く。谷の出入口でもあるそ
こは、道の左右に険しい断崖がそそり立ち、正面には大きな石の門が聳え立ってい
る。村を守るその門は、頑丈な扉をぴったりと閉ざし、巨大な錠のついた太い鉄鎖
を厳重に付かせている。若い女性は鍵を取り出し、鎖の錠を外す。少女が渾身の力
で押すと、扉はきしみながらゆっくりと開いていく。森にはまだ冬が残っていた。
雪をかぶった針葉樹が連なる森の中暗がり。その中から、一人の男が歩いてくる。
おもむろに片手を挙げて二人に挨拶する。
  「や。」
  第一声はそれだけだった。大柄な身体。衣服の上からもはっきりと伺える逞しい
筋肉。目には射るような強い意志の輝きがあるものの、意外なほど穏やかな顔立ち
は微笑を纏い、まだ若い年格好にそぐわぬ悠揚迫らぬ態度を備えていた。愛華は無
意識にそっと姉の手を取ると、しっかりと握りしめる。
  「ようこそいらっしゃいました、剛蔵様。アイダの統領様の御曹司をお迎えでき
て光栄ですわ。」
  幼い妹の手を優しく握り返しながら、若い女性が艶やかに微笑み、淑やかに頭を
下げて挨拶する。
  「......いやはや、スメラの谷はなんと美しい受付をお持ちなことですか。」
  女性の美しさにしばし見とれた後、豪快に笑う男。無視された愛華がむかっ腹を
立てて抗議する。
  「受付じゃないもん。愛華とお姉さまのお父様は、スメラの統領なんだからー。
無礼は承知しないわよ。」
  その声で、男は漸く美女の側に立つ余録の少女に気付く。
  「あっはははっ、これはこれはちっちゃなお嬢さん、お見それいたしました。で
は、あなたがたは...」
  ほんの束の間の一瞥の後、男の視線が再び姉に向けられたのを見て頬を膨らませ
る愛華。
  「愛華、お客様に失礼ですよ、お控えなさい。...はい、私達は族長の娘です。私
は姫香、こちらは妹の愛華ですの。」
  愛華の頭を押さえながら、一緒に頭を下げる姫香。
  「おお、これは失礼しました。私は、アイダの族長の次男坊...剛蔵です。」
  威儀を正して改めて挨拶する剛蔵に艶やかに微笑む姫香。
  「父の許へご案内しますわ。愛華ちゃん、先に行ってお父様にお客様の到着をお
知らせしてきて頂戴な。」
  「......はぁい。」
  不承不承返事をした愛華は、剛蔵を見上げて思い切りあっかんべえをすると、村
に向かって走り出す。
  「も、申し訳ありません......」
  「いやいや...はっはっはっ。元気な妹さんですな。」
  「はい、今年八つになりますの。普段はもっとお行儀がいいのに...」
  「気にせんで下さい。姫様方を受付なんていった私がいけないのですから...」
  切れ切れに聞こえる二人の会話。小径を走りながら振り向いた愛華の目にも、並
んで歩く二人の姿は楽しげで、調和が取れているように見えた。

 その日の夕食後、愛華は姫香とともに、族長である父・獅郎と剛蔵の語らいに耳
を傾けていた。既に夜は更け、入浴と食事の満足感に浸る愛華は強烈な睡魔に襲わ
れてしきりに目をこする。その度に姫香は寝るように促すのだが、今夜は子供扱い
されるのが妙に悔しく、常になく頑なに頷かず、必死に目をこらして座っている。
  「......なるほど。あれから里にはお帰りになっておられぬのか。」
  「は、勘当同然となってもう八年......若気の至りで、お恥ずかしい限りです。で
すが、おかげで色々な体験ができましたから、後悔はしておりません。」
  「そうでしょうな。世界に散った鬼哭一族を全て訪問するなど、聞いたことがあ
りませんぞ。さぞや大冒険でしたでしょう。」
  「はは。最初から全部回ろうなどとは思ってもいなかったのですが...そのうちに
意地になってしまいまして...」
  「剛蔵様、ずいぶんと珍しい体験もなさったことでしょうね。お差支えなければ
...お聞かせいただけますか?」
  控えめに尋ねる姫香に白い歯を見せる剛蔵。
  「いやいやいや......姉姫殿のお尋ね恐縮です。そもそも宗家の他に十二あると伝
えられる支族が、果たして実在するのかどうかということについては、我が一族内
でも議論があったのですが...」
  姫香の美貌に見つめられて、酒も入った剛蔵の饒舌は拍車がかかる。そんな剛蔵
の高揚ぶりをふくれっ面で冷たく見つめる愛華。
  (...なによ、デレデレして。里の男達と全然変わらないじゃないの。愛華のお姉
さまなんだからねっ。ちょっかい出したら許さないんだから...)
  愛華にとって剛蔵の話は難解過ぎた。瞼が下がり、うつらうつらと船を漕ぎ始め
た愛華の耳に、途切れ途切れに聞こえてくる剛蔵の話は子守歌のように響く。
  「......で、スイス山中からはるばるとヒマラヤに向けて旅立った訳ですが、道中
難儀しました。」
  「......そういう訳で南米から南太平洋に向かったのですが、どの島なのか判らな
かったもので、仕方なくしらみつぶしに......」
  「......さすがに悩みました。そもそも聞く相手すらいない土地ですから。で、と
にかくもっと詳しい話は判らないものかとオーストラリア中を聞き回って......」
  「......その覚悟、見上げたものと心底感服しましたが、正直、我が一族がその選
択をしなくて良かったというのが本音で...ははははは......」
  いつの間にか、愛華は姫香の膝に頭を乗せて身体を丸くしている。姫香の優しい
手が頭を優しく撫たでる。すべらかに髪を梳いていく細くしなやかな指先がもたら
す甘い触覚。たちまちにとろけだした幼い心が、眠りの底へと落ちていく。

 しばらく愛華の家に逗留することになった剛蔵。数日後、彼は庭にそびえる大き
な樫の枝で微睡んでいた。昼下がりの穏やかな春の日差し。そよ風がゆるやかに吹
きすぎる。ふと顔に差した影に片目を開くと、正面に固い表情の愛華が立っていた。
  「よ。」
  大きく両手を突きだして伸びをする。その無防備さをにこりともせずに見つめる
愛華。
  「どうしたい、末姫殿。一緒にお昼寝でもするかい?」
  「聞いてもいい......?」
  「ああ、何でも聞いてくれ。スリーサイズでも初恋の相手でも...」 
  「......おじさんも、お姉さまが目当てなの?」
  硬い表情で愛華が尋ねる。
  「おじさんか......ははははっ、まだ若いつもりなんだがな......末姫殿から見れば
そうなっちまうかな...」
  苦笑してぼりぼりと頭をかく剛蔵。ついでに大あくびを一つ。
  「ごまかさないでよ。」
  舌足らずながら真剣な愛華の表情に、態度を改める剛蔵。
  「末姫殿...いや、愛華殿。姫香殿ほど臈長けた御方なら、さぞや里の若者にとっ
ては憧れの的でありましょうな。」
  「...そうよ。里の男はみんな食い付くような目でお姉さまを見るわ。愛華は...」
  愛華が大きく胸を反らす。
  「そんな男達が大っ嫌い。お姉さまは私が守るの。」
(...あの時だって、危なかったんだから...!)
  愛華はわずか数か月前の出来事を思い返す。冬の夕暮れ。雪の中、必死に逃げま
どう姫香。細い腕を掴む太い腕。薪炭小屋に強引に連れ込み、易々と衣服を引き裂
き、押し倒そうとする巨漢。背後から音もなく忍び寄った愛華が、巨漢の臀部に思
い切り短刀を突き刺す。絶叫。姫香の手を取って戸外に逃れる愛華の後ろから大き
な罵声が投げつけられる。
  一方、剛蔵は獅郎の言葉を思い起こしていた。
(...愛華が生まれてすぐに家内はなくなりましてな。姫香が母代わりに育てたよう
なものです...)
  ふっと微笑む剛蔵に、愛華が戸惑った表情を見せる。
  「愛華殿は、姫香殿がお好きなんですな。」
  「...そ、そうよ。お姉さまはずっとずっと私を守ってくだすったんだもの。私も
もう八つよ。これからは、私がお姉さまを守るわ。」
  「なるほど。さすがは族長の娘さんだけある。ご立派な心構え、感心いたした。」
  真っ正面から褒められて頬を染める愛華。
  「ふ、ふん。私に取り入ろうとしたって駄目なんだからねっ。」
  照れ隠しにぷいっと横を向く愛華に暖かい視線を向けながら、剛蔵が優しく語り
かける。
  「同じ一族とはいえ、俺はよそ者の居候だからね。派手に目立ってスメラの若衆
連の怒りを買うつもりはないよ。心配しなくていい。」
  「そ、そう...。それなら、いいけど...」
  一悶着を予想していた愛華は、剛蔵のあっさりした答えに肩透かしに逢った気分
になりながら、族長の娘らしく精一杯の威厳を示してみせる。
  「い、いいわ。殊勝な心がけね。素直さこそ、一番の美徳ですよっ。」
  「ははあっ、姫様。」
  大げさに頭を下げる剛蔵に、気を良くして、愛華は続ける。
  「あなた、思ったよりいい人なのね。お姉さまに手を出さないなら、な、仲良く
してあげてもいいかな。」
  「はっ、光栄です姫様。」
  思いがけず剛蔵から生真面目な瞳で真っ直ぐに語りかけられ、真っ赤になった愛
華が木から飛び降りる。

 夜。愛華は姉と入浴していた。愛華は湯船で暖まりながら、髪を洗う姫香の背中
を見ていた。愛華は姉のすらりと伸びやかでいながら、それでいてとろけそうに優
しい曲線を湛えた身体を見つめるのが好きだった。髪をすすぎ終わった姫香が濡れ
た黒髪を掻き上げながら愛華に振り向き、柔らかく微笑む。
  「お待たせしました。さ、愛華ちゃんの番ですよ。」
  愛華は姫香の前に座り、姫香の洗髪を受ける。もうとうに一人でも洗髪できたが、
愛華は姉に洗って貰うのを好んだ。細い指先からつたわる優しい刺激にうっとりと
目を閉じながら、愛華が尋ねる。
  「......ねえ、お姉さま。お姉さま、結婚したい?」
  一瞬手を止めた姫香は、次の瞬間何事もなかったように洗髪を続けながら、穏や
かに聞き返す。
  「どうしたの?急に。」
  「だって、みんな『女の幸せは結婚だ』って言うんだもん。お姉さまは今、不幸
なのかな?」
  姫香は背中から愛華の細い身体を抱きしめる。
  「お父様がいて、愛華ちゃんがいて......不幸なんてこと、ある訳ないでしょう?」
  抱きしめる姫香の腕に手を当てながら、か細く愛華が呟く。
  「う、うん...愛華、幸せよ。」
  「でしょう?私だってそうですよ。」
  「でも......もうすぐお姉さまの『婿取り』の儀式があるって......。好きな人を選
べない結婚でも、幸せになれるのかな?」
  「......族長の娘に生まれたなら、お婿さんを貰うのは仕方がないわ。でも...」
  愛華の耳元で、言い聞かせるように姫香が囁く。
  「愛華ちゃんは大丈夫。好きな人と結婚していいのよ。」
  愛華の手が姫香の腕を強く掴む。
  「愛華のことはどうでもいいの!愛華は、お姉さまに幸せになって欲しいのっ!」
  愛華の瞳から涙がこぼれる。井戸にかかる梢の上で聞いてしまった噂話が胸をよ
ぎる。
  「お姉さまは、...お母様が死んだせいで、愛華のことでずいぶん苦労したって...
みんな...」
  「そんなことないのよ、愛華ちゃん。」
  姫香が愛華を強く抱きしめる。
  「愛華ちゃんが私の妹で、本当に良かったわ。愛華ちゃんがいてくれたおかげで、
私はずーっと幸せだったのよ。」
  「ほ、本当?」
  「もちろんよ。私は愛華ちゃんと一緒ならいつも幸せ。それに...例え私が結婚し
ても...子供が生まれても...私と愛華ちゃんが姉妹であることには何の変わりもな
いのよ。ずっと、ずーっと、ね?」
  「...愛華も...愛華も、お姉さまがいれば幸せっ!」
  泡だらけの愛華が姫香に抱きつく。二人は湯殿の湯気に包まれていつまでも抱き
合っていた。

 桜散る夕暮れ時。愛華は家路を辿っていた。
  「まったく男ってのどいつもこいつも駄目駄目ね。口ばっかで一度だって愛華に
追いつきもしないんだから。」
  遊び相手の男の子達への不満をぶつぶつ呟いていた愛華は、並木道の欅のそばに
立つ二人を見て、そっと木陰に隠れた。
  姫香と剛蔵が何事か語らっていた。逢い引きという訳ではなく、他愛ない世間話
をしているに過ぎなかったが、愛華には夕闇に咲く白い花のような姫香の微笑みが
まぶしく映った。
  その夜。寝所で布団を並べて眠る姉妹。
  「お姉さま...もう寝た?」
  天井を見つめてぽつりと独り言のように呟く愛華。
  「なあに、愛華ちゃん?」
  姫香がこちらに顔を向けたのが判る。愛華は目を合わせず、視線を天井に向けた
まま囁く。
  「お姉さまは...好きな人がいるの?」
  姫香の忍び笑いが聞こえる。
  「うふふ...おませな愛華ちゃん。」
  「ねえ...どうなの?」
  「さあ...どうかしらね......」
  はぐらかすような姫香の声に微かな哀愁が含まれているのを感じる愛華。
  「もうすぐ『婿取り』でしょ。誰であろうと結婚しなければならないなんて...も
しも"バケボノ"が勝っちゃったら...!」
  あの雪の日の巨漢の醜い顔が愛華の脳裡をよぎる。
  「...それは仕方ないのよ、愛華ちゃん。」
  思いがけず強い口調に、思わず顔を傾けて姫香を見つめる愛華。闇の中に、姫香
の白い顔がくっきりと浮かんでいる。
  「お姉さま...」
  「愛華ちゃん。人は誰もね...思いどおりにばかり生きることはできないの。それ
に、儀式に参加するのは、私をお嫁さんに欲しいって思ってくれてる人だけなんだ
から。私を好きって言ってくれる人と結婚できるなら......それ以上贅沢を言っては
いけないわ。」
  統領になりたいだけの人だっているかもと反論しようとした愛華だったが、姉の
ことが嫌いな人間など里には皆無であることに思い当たり、不承不承沈黙する愛華。
  「そ、それは......で、でもでもっ......好きな人がいるのに、一緒になれないのは
悲しいことだわ。」
  「...そうね、おませさん。」
  姫香の声がいつもの優しさに戻った。
  「でも...好きな人と添い遂げられないなんてことは、良くあることよ。自分が相
手を好きでも、相手が自分を好きとは限らないんだもの。......それを悲しいという
なら......世界は悲しみで一杯......」
  歌うような姫香の声。しかし愛華は、姫香が泣いているように感じた。

 『婿取り』の儀式の前夜。愛華は剛蔵の部屋に忍び入った。天井裏から愛華が音
もなく部屋に降り立つと、剛蔵は布団の上に起きあがっていた。
  「八歳にして男の部屋に夜這いをかけるとは、末恐ろしい姫様だなあ。」
  「ち、違うわよっ!...あわわっ」
  大声を出しかけて慌てて自分の口を塞ぐ愛華。声を潜めて抗議する。
  「べべ...別にあんたなんか好きな訳ないじゃないっ。勘違いも大概にしてよね
っ。」
  「それは残念だな。では...なにかご用ですかな。」
  剛蔵の目が笑っていた。
  「そ、それは...あの...その...」
  口ごもる愛華の脳裡に、姫香の悲しそうな顔が浮かぶ。
  「ね、ねえ...剛蔵...さんは、明日の儀式には出ないの?」
  「ああ...『婿取り』の儀式かい?里の者は全員集まるってんだから、俺だって見
に行くさ。」
  「そうじゃないわよっ...もうっ...」
  いらだたしげに早口になっていく愛華。
  「剛蔵さんは参加するつもりないの?」
  「へ?」
  「だからぁ、お姉様の婿になるつもりはないのって聞いているの!」
  「ああ...」
  合点がいった剛蔵の顔に笑顔が広がる。
  「やっぱりおませな姫だなあ。心配しなくても婿取りには出馬しないよ。」
  「どどどどっ...どうしてよっ」
  「だって、愛華殿だろう?『お姉さまに手を出したら許さない』って言ったのは。
おっかないから言いつけはちゃんと守るよ。」
  「うううう~っ...!」
  自分の声色を真似されて怒り心頭の愛華。だが確かにそう言った記憶があること
から、かろうじて自制する。
  「じゃ、じゃあ...剛蔵さんは、お姉さまが嫌いなの?」
  「そんな訳ないだろう。」
  即座に剛蔵が答える。
  「あんな素敵な人を...俺じゃなくても、嫌いな男なんかいるもんか...ま、愛華殿
の次に好きかな。」
  意外な言葉に耳まで赤くなる愛華。
  「ちょちょ...ちょっとやめてよ、お世辞なんか...」
  「本当なんだけどなあ。」
  「わわっ、私は駄目よっ。そんな、まだ早いし......年も全然ちがうし......」
  「おやおや...それは残念。」
  「そそそそっ、そんなことよりもよ!」
  愛華が身を乗り出し、指を剛蔵に突きつける。
  「愛華はね、お姉さまに、好きな人と結婚して貰いたいのっ。」
  「おお、何と優しい姫様。」
  「だから...愛華が前に言ったことは撤回するわ。あんた、『婿取り』に出なさい
っ。」
  「へ?どうして?」
  「もうっ、鈍いわねっ!これだから男はまったく......この前だってさ......」
  愚痴愚痴モードに入りかけた愛華だったが、それどころではないことに気付いて
己を取り戻す。
  「いい?よっく聞きなさいよ。お姉さまはねえ、あんたが好きなのよ!」
  「え...ええええっ!」
  驚愕する剛蔵の大声に、慌てて口を押さえる愛華。
  「ちょっ...馬鹿っ!声が大きいわよっ」
  「むぐぐぐぐっ......いや、もう大丈夫だ、すまんすまん...。しかし、嘘だろう?」
  「こんなことで嘘ついてどうするのよっ。」
  「じゃあ、冗談とか洒落とか受け狙いの与太話とか......」
  「あ、あんたねえ......お姉さまが好きじゃないなら、そう言ってよ。アイダの里
に許嫁がいるとか......世界を回っていた時に土地土地に女ができたとか...」
  ぶはっ。剛蔵が激しくむせる。 
  「そそ...そんなものいないさ。それに...ひ、姫香殿が嫌いな訳がないじゃないか。
あんな素敵な女性を...」
  「じゃああんた、『婿取り』に出て、優勝しなさい。いい?絶対優勝するのよ。
愛華の命令ですからね。」
  「し、しかしなあ...。俺はよそ者だし...。」
  「私はお姉さまに幸せになって欲しいの。本当はこんなこと言いたくないけど、
お姉さまがあんたの事を好きなんだから、仕方がないわ。」
  「し、しかし...本当か?あの人が俺なんぞを...」
  「私だって驚きだわよ。びっくりよ。あわわわよ。けど......本当よ。あんたと話
しているときのお姉さまの瞳...とっても輝いているもの。あれは恋する瞳ね。」
  「う、ううむ...しかしなあ...どうも信じられんが...」
  「なによ、さっきからしかししかしって......」
  煮え切らない剛蔵の態度にいらだつ愛華。聡明な愛華は戦法を変えてみる。わざ
と気落ちした表情で弱々しく呟く。
  「でも......ま、仕方ないかな。『自分が好きな人が自分を好きとは限らない』っ
て、お姉さまも言ってたし......あーあ...お姉さまは好きな人に見向きもされずに、
泣く泣く嫌いな男の嫁にされてしまうのね......汰狼みたいなバケモノに。」
  「!!...ちょ、ちょっ、ちょっと待て...!」
  剛蔵が愛華の両肩をがっちりと掴むと、ゆさゆさと揺さぶりながら顔を覗き込む。
  「汰狼ってのはあれだろ...バケボノって仇名の、『曙』の家のあいつだろ...さす
がにあれはやばいだろうが。」
  剛蔵も滞在する間に大まかに里の人間模様は掴んでいた。
  「...そうよ。だからお父様も、愛華がまだ幼いからとか理由をつけて儀式を延ば
してきたのよ。でももう無理なの。乙名達がやいのやいのと煩いし...儀式の勝者が
婿になるのはしきたりだし...あなたが出なければ、きっと汰狼が優勝しちゃうわね。
可哀想なお姉さま。」
  「本当か...本当なんだな...確かなんだな...!」
  「な、なによ、ちょっと離しなさいよっ!乱暴はやめてよっ!愛華を信用しない
んなら、もういいわよっ」
  ぷいっと横を向く愛華。つんと形良く尖った鼻が天を指す。
  「まさか...姫香殿が俺なんかを...いやだがでもしかし...もし本当なら...本当なら
...それに...あのバケボノにだけは...」
  きっと天井を睨みつける剛蔵。殺気にも似た闘気が膨れあがっていく。
  「わかったよ...愛華殿。信じる。俺は儀式に出る。優勝する。姫香殿の婿になる。
愛華殿の義兄になる。」
  「そ、それだけはちょっと困りものだけど...でもいい?結婚してもお姉さまはず
っと愛華のお姉さまなんだからねっ。忘れないでよねっ。」
  「あ、ああ...姫香殿も愛華殿も大事にするさ...約束だ...。」
  不意に剛蔵が立ち上がる。
  「ぬうっ...こうしてはいられん。しばらく身体を怠けさせてしまった。鍛え直さ
ねばっ!」
  愛華の開けた天井板の穴へ飛び上がる剛蔵。
  「愛華殿、儀式で逢おうっ。しばし御免っ」
  言い捨てるとあっという間に姿を消す剛蔵。愛華はぽかんと口を開けたまま見送
った。

 「儀式」は翌日の正午から開催された。里の中央にある広場の正面には祭壇が作
られ、その手前に据えられた椅子には統領である獅郎と『花嫁』である姫香が盛装
して腰掛けている。愛華はきらびやかに着飾って一層美しさを増した姫香の背後の
席に、日頃に似ずおとなしくちょこんと座っている。広場の周囲は大勢の人々が囲
み、中央には、花婿となることを望む男達が並んでいた。
  「おいおい、池端のとっつぁんが出てるぜ。もう五十過ぎだってのに...」
  「森脇の小僧、まだ十四じゃなかったか?ったく色気付きやがって...」
  「まあ、姫香様を嫁にできるチャンスとあればなあ...俺だって独り者なら絶対...」
  見物人はがやがやと囁き逢いながら、儀式の開催を待っている。やがて日が天頂
に達したのを見計らって獅郎が立ち上がる。
  「待たせたな、皆の者よ...これより我が娘、姫香の婿を選ぶための儀式を開催す
る。姫香を嫁にと望む者は、中央に進み出よ。」
  既に希望者は出尽くしていたのか、群衆の中からは、男達の列に加わろうとする
者はなかった。
  「...もうっ、どうしたのかしら。始まっちゃうじゃない...」
  背後の愛華の呟きを耳にして、姫香が訝しげに振り向く。
  「どうしたの、愛華ちゃん?」
  「う、ううん、べべ別に何でもないの...」
  慌てて首をぶんぶん振って否定する愛華。あれから剛蔵の行方は知れなかったが、
朝の井戸端会議で、山奥から大きな山鳴りが聞こえたという話題が出ていたのは聞
いていた。
  「......では、以上の者達で争われることとなる。よいかな?」
  獅郎が最後の確認をとったまさにその時。
  「...った、待った、待った、待ったあっ!」
  一陣の疾風が里を駆け抜け、広場の人垣をひらりと超える。大柄な身体を軽々と
捻って着地するその姿は、戦闘用の短衣に着替えた剛蔵だった。観衆がざわめく。
  「あれは...?」
  「統領の客人だ。アイダから来た。」
  「暴れん坊で有名なアイダの統領の次男坊かい...!」
  剛蔵はすたすたと獅郎の前に進み出て、跪く。
  「遅くなってあいすいませぬ。アイダの剛蔵、儀式に参加すべく参上つかまつり
ました。」
  「......!!」
  観衆の間に声にならない驚愕が走る。
  獅郎の一瞬驚きの表情を浮かべたが、統領らしく即座に威厳を取り戻して厳かに
尋ねる。
  「汝は鬼哭一族ゆえ、無論参加の資格はあるが...勝ち残ればアイダを出てスメラ
に婿入りせねばならぬぞ。それでも良いのか?」
  ははあっと大声を発して剛蔵が深々と頭を下げる。
  「もとよりその覚悟。スメラの里こそ終の棲家と心に決めましてございます。」
  「むむ...まあ、それも勝ち上がってのことぞ。里の男共も、アイダ出身の汝には、
ことさらに戦意を燃やして来ようが...構わぬのだな?」
  「もとより承知。里の名花をよそ者にかっさらわれぬよう、ご注意あれ、皆の衆。」
  剛蔵の挑発に、居並ぶ男達から殺気が迸る。
  「......それでは列に加わるが良い。乙名達、儀式の進行を頼む。」
  獅郎が席に引き下がると、長老達が儀式を進行していく。男達も控えの溜に引き
下がっていく。
  「...ふう。」
  愛華が安堵のため息をつく。その気配に、姫香がぐるりと首を回して愛華を顧み
る。
  「愛華ちゃん...剛蔵さんに、何か言ったの?」
  姫香が目で睨む。
  「べ、別にぃ......で、でも良かったね、お姉さま。剛蔵さんはすっかりその気み
たいじゃない。」
  冷やかすような愛華の声色に、姫香の頬が上気する。
  「い、嫌だ...何をいうのよ、愛華ちゃん。」
  「うふっ。でも、勝負は時の運だもんね。誰が勝つかなんてわかんないよ。」
  「そ、そうね...そうよね...。」
  すっかりどぎまぎして妹をたしなめることも忘れた姫香が、耳まで真っ赤にした
顔を広場に向ける。
  (......やっぱり愛華のお見立てどおりね。お姉さまは剛蔵さんが好きなんだわ。)
  それまでの姉の仕草や表情から確信があったとはいえ、愛華はほっとため息をつ
く。
  (...もし間違いだったら、色々面倒だもんね。)
  足をぶらぶらさせながら、ことさらにはしゃいでみせる愛華。
  「そろそろ始まるわよ、お姉さま。もうドッキドキね!?」

 儀式は始まった。二組が相戦い、勝ち抜いていくトーナメント戦だった。
  「武器の使用と殺害にいたる技以外の全てを認める。己の技量を駆使して全力を
尽くせ!」
  審判を務める乙名の宣言とともに、戦いの幕は切って落とされた。常人の計り知
れない戦闘力を有する鬼哭一族同士の戦いは、常識を遙かに凌駕するものだった。
凄まじいパワーとスピードによる肉体のぶつかり合いに加えて、互いが駆使する属
性技の激突は、観衆が闘技場の周囲に張り巡らせた強固な結界すらもしばしば揺る
がした。その中にあって、剛蔵の強さは群を抜いていた。
  「ぬうりゃあっ!!」
  相手の放った火箭をかいくぐった剛蔵の拳が腹にめりこむ。上空に吹き飛ばされ
た男は結界にぶつかり、落下する。受け身もとれずに地面に叩きつけられ、ぴくり
とも動かない様子に、審判が勝ちを宣する。
  「勝負ありっ!勝者剛蔵!」
  「すごーい!」
  愛華が一際大きな喝采を送る。
  「見た見た、お姉さま?。剛蔵さんはこれで準決勝進出よ。それに属性技も使わ
ないなんて。」
  「そ、そうね...。」
  姫香が言葉少なに答える。
  「...でも、うちの里の連中もだらしないなあ。」
  「あら、愛華ちゃんは剛蔵さんが勝つのが嫌なの?」
  「そうじゃないけど......私は強い人が好き。それに、戦には絶対勝たなきゃ。」
  「まあ。じゃあ、愛華ちゃんはどういう人と結婚したいのかしら?」
  「けけけっ...結婚なんて、まだ考えてないわよ。」
  大慌てで両手を振る愛華。
  「でで、でも...そうね...私より強い人なら...考えても...。」
  「じゃあ、剛蔵さんなんかいいんじゃなくて?」
  先の敵討ちとばかりにからかうような姫香の声。愛華はむきになって反論する。
  「ごごご、剛蔵さん?そ、そりゃちょっとはできるみたいだけど...あんな人、愛
華がもう少し大きくなったら、ちょちょいのちょいよ!」
  「まあ、そうなの?それじゃ愛華ちゃんの旦那さんになれる人は、なかなかいな
いわね。」
  いたずらっぽい表情で姫香が笑う。
  「そそ、そんなことないわよ。きっといつか素敵な人がペガサスに乗って...でも
でもっ、愛華は負けないんだから!」
  「まあまあ...」
  「.........二人とも。もうすぐ決勝戦だよ。」
  仲良くはしゃぎあう姉妹の様子を目を細めて眺めていた獅郎が、祭壇の向こうか
ら咳払いする。慌てて広場に注目する二人の前で、剛蔵が巨漢と相対していた。
  「...はあ。やっぱりバケボノだよ。」
  里の東端にあって最も暁に近い家ということから「曙」という美しい屋号を持つ
家の出身の男。だが、その名とうらはらに醜い容貌の巨漢は、以前から儀式優勝の
最有力候補と噂されていた。しかし、傲岸かつ陰湿、執拗かつ残忍な性格の彼は全
く人望がなく、またひどい好色漢でもあったので、周囲とは常に諍いが絶えず、鼻
つまみ者としてこれまで村八分に近い扱いを受けてきていた。このため、姫香を娶
って晴れて統領の座を獲得できるこの機会だけを望みに、周到に準備をしてきたの
だった。愛華は無論のこと、誰にでも優しい姫香さえも、汰狼の行状だけには眉を
顰めていた。
  「やっぱり勝ち残っちゃったね、あいつ。参ったなあ...バケボノなんかが義兄さ
んになるなんて、絶対嫌っ!」
  「......そんなことを言っては駄目よ、愛華ちゃん...」
  そう言う姫香の表情もみるみる曇っていく。誰にも言わなかったが、姫香はこれ
までに何度も汰狼に言い寄られたり身体を触られたりしたことがあった。先だって
などは、愛華に助けられなかったら本当に危ないところだった。さすがの姫香も汰
狼だけは嫌悪の情を隠せなかった。
  「大丈夫よっ、お姉さま。剛蔵さんが勝つわ。愛華にはわかるの。」
  強いて明るい声を出して姫香を励ましながら、愛華は胸の中で叫んでいた。
  (...頑張って、剛蔵さん...!。)

 「勝負、始めいっ!」
  両腕を空高く上げてことさらに巨体を誇示しながら、汰狼が剛蔵に迫っていく。
  「お、お前を倒せば...ひ、姫香は俺のものなんだな...ひっひひ...た、たまんねえ
...。」
  口の端から涎を流しながら聞き取りにくい声で呻く汰狼。先ほどまで姫香の身体
を舐めるように見つめていた三白眼が、ひたと剛蔵を睨みつける。一人よがりに何
を空想していたのか、勃起した股間が異様な盛り上がりを見せている。眉を顰める
剛蔵。
  「よ、よそ者は...死ねや...ぎひゃっ!」
  汰狼が予想外の早さでダッシュすると、左右の拳で連打を叩き込む。ひらりとか
わす剛蔵に膝蹴りが襲いかかる。両腕でブロックする剛蔵。両者の肉体が広場の中
央でがっきとぶつかり合う。圧倒的な巨体の一撃にも微動だにしない剛蔵。
  突然、間合いを一気に離した汰狼が、素早く拳で地面を撃つ。突如剛蔵の周囲の
地面から槍のような鋭い岩が無数に立ち上がり、剛蔵を貫く。
  「...!!」
  観衆から声にならない驚愕が発せられる。一瞬早く宙に飛んだ剛蔵が、竜巻を身
に纏って中空から汰狼を見下ろす。
  「おいおい...尖岩槍突破は地の必殺奥義だろう。ルール違反じゃないのか?」
  観衆がどよめく。
  「おお...風舞術だ!」
  「風の奥義だ...」
  審判が表情も変えずに宣告する。
  「汝も風の奥義を用いている以上...相殺とみなし、続行っ!」
  「技の性質が全然違うだろうがっ...ホームタウン・デシジョンってやつかよ...ま、
仕方ないかあ。」
  舌打ちをしつつトンボを切って軽やかに地上に降りる剛蔵。汰狼が下卑た薄ら笑
いを浮かべて、指を曲げてかかってこいとの仕草をする。
  「それじゃ、こっちも本気で行くぜ。お前さんが婿じゃあ、姫香殿があまりに不
憫だしな。」
  憤怒の表情に変わった剛蔵が奥義を繰り出すより早く、剛蔵が右の拳を身体に引
きつける。周囲の風が急速に右腕に集まっていく。
  「いくぜ...真空殲風衝!」
  汰狼に向けて正拳を突き出すと、横様の竜巻が迸る。あっという間に汰狼の全身
を包み込んだで巨大な竜巻となると、そのまま天高く巨体をすくい上げていく。激
しく結界にぶつかる汰狼の巨躯。大竜巻は結界すらも突き破って汰狼を遙か彼方に
放り投げる。
  静まりかえった広場。顔色を変えた審判が反則を宣しようとするのを制して剛蔵
が叫ぶ。
  「俺の勝利に異存が有る者は誰でもいい。かかってこい!全員まとめて相手にな
ってやるっ!!」
  全身が膨張するかのように、剛蔵の闘気がみるみる膨れあがっていく。返事をす
る者は誰もいなかった。なお何事かクレームをつけようとする審判の乙名を制して、
獅郎が宣言する。
  「勝負ありっ!優勝者剛蔵っ!!」
  わあっと大歓声が上がり、人々が広場に駆けていく。剛蔵の肩といわず腕といわ
ず、激しく全身を叩いて手荒に祝福する。
  「やった!やったよお姉さま!ねっ、愛華の言ったとおりでしょ?」
  はしゃぐ愛華と手をとりあって、姫香も飛び跳ねる。輝く瞳。薔薇色に上気する
頬。愛娘が本当に喜んでいることを確認して、獅郎が満足そうに頷いた。

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-キコクと名乗る一族の出自は現在のところ不明である。字として「鬼哭」を当て
ているが、漢字文化圏に入ってきたのは後世のことではないかと考えられる。異端
の古文書の一に言う、「キコクは古来和歌山に漂着したる民であり、もってこの地
をキコク-紀国と名付けたるものなり。」と。その真偽は不明であるが、外界から
訪れた一族であれば、世界各地に何らかの遺跡が残っていたり、或いは一族の末裔
が現存する可能性もあるといえよう。それらを発見することは、我が皇国にとって
戦略上......(以下破損により解読不能)-
(帝国陸軍参謀本部付属特殊技能開発研究所編・機密指定文書「鬼哭一族に関する
解明事項・第五回中間報告」より抜粋)

-我々が救出に成功した時、彼は極度の興奮状態に陥っていた。譫言のような言辞
を整理して要約すると、概ねこういう内容であった。
  「俺は確かに見た。軽装の男が氷原を歩いていくのを。驚いてこっそり後をつけ
たら、氷原の真ん中で跪いて氷の中を覗き込んでいたから、俺も見てみた。すると、
氷の下に何十体か数も知れぬ人間の身体が横たわっていた。」-
(某国南極越冬隊員の日記より抜粋。なお、同日記の後日の記載によれば、上気発
言を行った隊員は精神疾患と診断され帰国処分となったものの、直後に基地を脱走
して以後消息不明との由)

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