題名:「ADVENT」

第3話「紅い森の死闘」 補遺2「風と炎の決闘」

剛蔵の背中からゆっくりと抜かれる長刀。2メートル近い刀身が鈍く光る。
「斬象刀...流石にすごい迫力だ。」
  慎悟の頬を一筋の汗が流れる。
  「さあ...やり合うあうからには手加減はなしだ。全力で来い、慎悟。」
  言われるまでもなく、全力を尽くさずに勝てる相手ではなかった。
  「いくぞ、お頭。奥義を尽くしてあんたを討つ!」
  剛蔵が構える前に、間合いに飛び込む慎悟。右から袈裟懸けに放たれる一撃を下
がってかわす剛蔵。慎悟は、流した刀身を反転させ、左から逆袈裟切りを放つ。さ
らに下がる剛蔵。四方八方から繰り出す素早い慎悟の斬撃は、剛蔵は長刀を構える
隙を与えない。
  「やるな、慎悟...すごいスピードだ。」
  「しかし、お頭もよくかわす。紙一重だぜ。」
  周囲を囲む忍達が囁き交わす。
  剛蔵の背が大木にぶつかる。慎悟の真横からの薙。
  「何?決まったのか!」
  切断された木が大きく音をたてて倒れる。どよめく忍達。だが。慎悟は一瞬にし
て消えた剛蔵を探す。
  『上だ...上しかない!幹を蹴って飛び上がったんだ。』
  上空を見上げることもせず、慎悟は左手から何かを上空に放つ。尾を引く火球が
上昇し、上空の何物かとぶつかり、閃光を発する。
  「貰った!」
  慎悟は高々と飛びあがると、それを一刀両断する。
  「なっ...!」
  驚愕の声を発する慎悟に、上空から空気を切り裂いて衝撃波が殺到する。
  ガシッ...!
  忍刀をへし折られた慎悟が地面に落ちる。
  「がっ...ぐはっ...」
  咳き込む慎悟。鮮血が口からほとばしる。
  「お、囮...変わり身か?」
  驚く忍達。
  「そうよ。頭は木の枝に風を巻いて、更にその上に飛んでいたんだわ。」
  哀華が静かに呟く。
  必死に転がりながら着地点を離れる慎悟。そこに剛蔵の巨体がふわりと舞い降り
た。長刀を上段に高々と振りかぶる。
  「...全力で来いと言ったろう?俺を失望させるなよ...」
  一閃する長刀。衝撃波が慎悟に向けて疾走する。
  「っ...」
  必死に転がり避ける慎悟。立ち上がる猶予を与えず、次々と放たれる衝撃波。
  剛蔵は刀から右手を外す。
  「で、出るぞ...お頭の得意技...」
  ごくり。一人の忍が固唾を飲んだ。
  「けりゃあああっ!衝撃波連弾!」
  右腕からジャブのように繰り出される無数の拳が、風を切り裂く真空の刃となっ
て慎悟に押し寄せる。転がりながら二発、三発とかわした慎悟だが、圧倒的に繰り
出される拳に、遂に捉えられる。
  「ぐはッ!」
  横倒しのまま数メートル後方に吹き飛ぶ。そこへさらに次の拳が放たれる。一瞬
にして、数十メートル先まで飛ばされた慎悟は、ぴくりとも動かなくなった。
  「とどめだっ!」
  剛蔵の左腕が一閃する。凄まじい速度で振り下ろされた長刀から放たれた衝撃波
が、地面を深く抉り、土煙を巻きあげながら慎悟に迫る。
  グシャッ...!
  衝突音とともに爆発のように土煙が周囲に舞い散る。爆心点からは、砕け散った
紅い肉片がぼたぼたと降り注ぐ。
  「終わった...」
  「さすがお頭...」
  「哀華...また元通りあんたが一の牙だな...」
  お頭に駆け寄ろうとする忍達。だが哀華がこれを制する。
  「待って...まだ終わってはいないわ...」
  哀華が顎で示す先には、一分の隙もなく構え続ける剛蔵の姿があった。

 「出てこい...慎悟。あれしきで死ぬお前ではあるまい。」
  油断なく周囲の気配を探る剛蔵。その時。
  「!っ...」
  剛蔵が大きく跳躍する。地面から吹き上がる火柱。それは剛蔵の着地点を次々と
襲っていく。
  「ぬうっ...!」
  渾身の跳躍で木の枝に登る剛蔵。瞬間、大木が一気に火炎に包まれる。一瞬早く
竜巻状の気流に包み込まれた剛蔵は、そのまま空中に浮かび上がる。
  「流石だな。炎で大地を穿ち、地下から攻撃を加えるとは...。」
  ゆらり。大地に陽炎が立ち昇り、慎悟が姿を現す。
  「肉片に似せて炎を散らせたか...あやうく騙されるところだったよ。」
  ゆっくりと地面に降りる剛蔵。
  「お前の力、見せて貰った...やはり殺すのは惜しい...。どうだ、今からでも考え
直さぬか?」
  答える代わりに、慎悟は拳から炎の剣を作り出す。
  「...やはり、やるのか...」
  剛蔵は左手で長刀を持つと、右手で刃渡り一メートルはある長い脇差を腰から引
き抜いた。
  「剛蔵の二刀流...こっちに来てから見るのは初めてね。」
  哀華が低く呟く。
  「やる気だわ、剛蔵。これで決着が付く...」
  剛蔵の闘気が膨れあがっていく。
  「我が奥義を持って葬ろう...疾風時雨!!つぇええええぇっ!!」
  絶叫とともに一直線に突進する剛蔵。音速を超えたその突撃が衝撃波を生み出す。
歯を食いしばり、足を踏みしめて衝撃に備える慎悟。
  「いやあああぁぁぁっ!!」
  剛蔵の左手の長刀が空を薙いで迫る。
  「どこに逃げようとも、右からの刺突が来る...」
  哀華の呟きには、悼むような音色があった。

 「いやあああああぁっ!!」
  慎悟の炎の剣が輝くを増す。瞬く間に燈色から白へ、そして青へと色を変えてい
く。青い炎は、拳の下からも吹き出し始める。慎悟は剛蔵の薙ぎをかわそうとしな
かった。炎の剣で正面から受け止める。長刀が真っ二つに切り放される。同時に、
拳の下の短い炎が、突き出されてきた長脇差しの先端を捉える。長脇差の刃を溶か
し落としながら、炎の刃が剛蔵に迫る。
  「旋風掌!」
  左手の長刀を手放した剛蔵は、剛拳に渦巻く風を纏わせて、炎の剣を持つ慎悟の
拳を横から叩く。だが、剣同様青く光る慎悟の拳からは凄まじい熱波が生じ、剛蔵
の拳をはじく。
  「ぬうっ!」
  長脇差を落とし、体を投げ出してかろうじて炎の剣を避けた、剛蔵に顔に、慎悟
の赤い剣が突きつけられる。 
  「うぬう...」
  剛蔵の顔一面に流れる汗。それは、押し寄せる熱気だけが理由ではなかった。
  「俺の負けか...あそこまで炎の温度を上げて集束できるとは......信じられん...
...」
  どっかと胡座をかいて座り込む剛蔵。
  「...いや、完敗だな。あの青い炎のままなら、突きつけられただけで俺の顔は蒸
発していたよ。慎悟、お前が新しい頭だ。」
  剛蔵の顔に笑みが戻る。そこには悔しさや怒りは微塵もなかった。
  「さあ、俺を殺せ。新しい鬼哭忍軍を率いて、流璃子を...巫女殿を守るがいい...」
  慎悟の視界の隅で、短剣を喉元にあてがう哀華の姿が写った。
  「お頭...いや、剛蔵。もう、俺が頭か?」
  「ああ、そうだ。」
  「では、頭として命じる。剛蔵、お前が引き続き鬼哭忍軍を仕切れ。」
  「なんだと...情けをかけるつもりか、慎悟っ!」
  「俺の剣が赤くなったのは、力尽きたからに過ぎない。あんたの攻撃で負傷して
いた俺は、あんたが短期決戦に出ずに持久戦で来れば、負傷していた俺に分はなか
った。それに...」
  慎悟は哀華に目を向ける。
  「剛蔵を失い、哀華を失う。これは、鬼哭忍軍にとって致命的な戦力ダウンだ。
流璃子さんを守るためには、今の戦力を温存したい...」
  そして慎悟は大地に跪き、両手を突いて土下座する。
  「頼む、剛蔵...いや、お頭...。俺と眞耶子とともに、流璃子さんのために働いて
くれ。俺は、あの人こそが俺たちの運命を変えることができる人だと信じているん
だ。」
  「し、しかし...ベルゼバブを始めとする地獄帝国と正面切って戦うとなれば、
我々と...」
  「お、お頭、あれを!」
  一人の忍びの指さす方向に、巨大な白い光球が膨れあがっていた。
  「な、なんだあれは?」
  呆然と光球を見つめる一同。慎悟は立ち上がる。
  「あの光は前にも見た。あれこそ、西の王を消滅させた光...おそらく流璃子さん
が、南の王を倒したんだ。」
  「南の王を?地獄帝国でさえ一目も二目も置く、魔界の四王の一人だぞ!そ、そ
んな事ができるのか、あの巫女殿は?」
  「ああ、だから望みはあるんだ。頼む、味方についてくれ。」
  「お、お頭...どうする?」
  全員が剛蔵を見つめる。
  「頭は慎悟だ...間違えるな...」
  うっそりと立ち上がる剛蔵。
  「...だが、頭の命令なら仕方あるまい...俺は改めて頭を務める...」
  全員を見回し、声高く命じる。
  「よいか!これより鬼哭忍軍は、巫女殿につく!」
  「おおっ!!」
  小躍りする慎悟。
  「ありがとう、お頭...俺、流璃子さんとマーヤを迎えに行きます。」
  すっと側に寄る哀華。
  「ありがとう慎悟...」
  「な、何を言っているんです。一騎打ちができたのも哀華さんのお陰です。これ
からもよろしくお願いします。」
  「うふふ...任せて頂戴。」
  哀華の妖艶なウインクに頬を赤くし、慎悟は駆け出していく。光球は次第に大き
さを減じていた。
  「いようし!鬼哭忍軍、慎悟に続けっ。」
  剛蔵が、哀華が、皆が走り出す。

(了)

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