題名:「ADVENT」

第5話「玄い山の少年」

  フライパレスは久しぶりに華やかな賑わいをみせていた。今宵はベルゼバブの快
気祝いの宴。大広間には豪華な料理を満載したテーブルがいくつもおかれ、それら
を囲んだあまたの貴族や高級官僚、将軍達が笑いさざめいている。その奥に据えら
れた華美な意匠の玉座は、久々に主を迎えて一層絢爛な輝きを放っている。列をな
して祝意を述べる面々。満面の笑みを浮かべ、上機嫌で応対する蝿の王。そして、
ついにその二人が面前に立つ。
  「ご全快をお喜び申し上げます。ベルゼバブ様。」
  「おお、フォラスですか。よく来てくれましたね。おや...先生もご一緒ですか。」
  「お久しゅうございます、ベルゼバブ様。晴れの宴席に花を添えんがため、ささ
やかなる祝意の品を持参しましてございます...」
  深々と頭を下げる医師。片手を口元にあてて哄笑するベルゼバブ。
  「ほほほほほほっ...お気遣い痛みいりますねえ、先生。それはもしや...」
  「...左様でございます。お待ちかねの三姉妹をば...」
  「ほっほっほっ...それはそれは、何よりのプレゼントですこと。早速見せていた
だけますか?」
  フォラスとパラケルススが正面を開けると、背後に三人の女達が跪いていた。身
につけた禍々しい形の漆黒の鎧が妖しい光を放つ。その装備にベルゼバブの眉が顰
められる。
  「ツノダ・ユニット、起動...」
  パラケルススが静かに呟くや、三人の女が頭を上げ、音もなく立ち上がる。ベル
ゼバブを正面から見据える六つの瞳が黒々と輝く。
  「おお...確かにかの三姉妹...」
  見覚えのある顔を確認して、会心の笑みを浮かべるベルゼバブ。しかし、直後、
その笑みは不審に変わる。
  「これは何です......。先生、姉妹達には心が感じられませんよ。」
  「は...彼女達の精神は深く深く封じ込めております。」
  恭しく答えるパラケルスス。
  「話が違うではないかっ!元に戻せと命じたはずだっ!」
  一変する語気。怒気とともに吹き出す荒々しい瘴気。異変に気付いた周囲の客が
ざわめき出す。
  「まあまあ...お聞き下さい、ベルゼバブ様。これはフォラス殿とも相談の結果で
して...」
  「フォォラァァスウゥゥッ!!貴様がついていながら...どういうことだっ!」
  「ベ、ベルゼバブ様...」
  濃密に吹き出す瘴気が殺気に近づいたとき、三姉妹が動いた。パラケルススを護
るようにベルゼバブの前に立ちふさがる。
  「何だあっ、貴様らあっ!木偶なんぞに用はねえっ!!」
  ベルゼバブの腕が一閃する。凄まじい殺気とともに実体化した瘴気の奔流が怒濤
の如く押し寄せる。だが、瞬き一つしない三姉妹は微動だにせずに平然とそれを受
け流す。
  「なっ...なにいっ!」
  愕然とするベルゼバブ。三姉妹の闘気がみるみる膨れあがっていく。姉妹の背後
に膨れ上がっていく巨大な影。ベルゼバブの額に一筋の汗が流れる。
  「待て...ツノダ・ユニット。」
  落ち着いた声が制する。
  「お判りいただけましたか、ベルゼバブ様。この者達は生まれ変わったのです...。
私が全身全霊を傾けた最高傑作、ツノダ・ユニットとして。この力、ぜひともお役
立て下さいませ。」
  「ツ...ツノダ・ユニット...?」
  「左様。彼女達が本来有していた各種能力を飛躍的に向上させるにとどまらず、
必殺技を大幅に強化した上に恒常的かつ連続的使用をも可能とした...ハルマゲド
ンにおける最終兵器とも自負しております。」
  芝居がかった動作で両手を広げるパラケルスス。フォラスはその横で冷や汗をか
き続けている。
  「......慶祝いたしますぞ、ベルゼバブ様。陛下は最強の力を手に入れられたので
ございます。まずは、その力の片鱗なりともご覧に入れましょう。」
  パラケルススが命じる。
  「ツノダ・ユニット。紛れ込んでいるネズミを発見せよ。」
  残像を残して三姉妹が消える。一瞬後、料理が並んだ大きなテーブルの一角で、
三人が一人の男を取り囲む。その男は大皿を片手に、山盛りにした料理を平然と平
らげている。
  「...!や、奴はっ!」
  男は握ったフォークを軽く挙げて挨拶する。「いやいや、お邪魔しておりますぞ、
ベルゼバブ様。久々のご馳走、ありがたく頂戴いたしております。」
  「ごっ...剛蔵っ!貴様ぁ、そこで何をしているかあっ!」
  「はっははっ。何、こちらの状況をちょっと探ろうかと...うおっと!」
  ベルゼバブが飛ばす瘴気の刃をひらりとかわし、飛び上がった剛蔵が宙返りして
テーブルの上に着地する。皿に山盛りの料理は元のまま。さらにフォークを刺して
料理を口に運ぶ剛蔵。
  「おかしいなあ。ばれる訳はないと思ったんだなあ。」
  「う、裏切るというのか剛蔵!大恩に仇で報いるとはなんたる不忠!やはり鬼哭は
所詮薄汚い蝙蝠か!!」
  興奮したベルゼバブの罵詈雑言にも、剛蔵は表情一つ変えない。フォークを左右
に振る。
  「チッチッチッ...まあ、俺もそう思ってたんだがね...。巫女殿に言われて改めて
考え直してみりゃ...」
  微笑みを浮かべてベルゼバブを一瞥する。
  「あの事件...妙に...手回しが良かったよな...。やはりてめえが絵図面引いてやが
ったな...」
  剛蔵の表情が変わる。凄まじい憤怒。
  「てめえのせいで、一族の皆は...女房は...!!愛華の心を弄びやがって!!」
  旋風が疾走する。易々と黒いマントで弾くベルゼバブ。が、ずたずたに裂かれた
マントを見て表情を一変させる。
  「フ...フライナイツ出会えっ!!」
  ベルゼバブの命により、大広間に雪崩れ込む秘蔵の武装騎士団。招待客の怒号と
悲鳴が交錯する。
  「は、背徳者剛蔵を速やかに討ち取れいっ!」
  悲鳴にも似たベルゼバブの声を聞いて剛蔵がにやりと笑う。
  「へっ...次まで命は預けておくぜ!」
  剛蔵の周囲に竜巻が形成される。フライナイツが放つ手槍や弓は次々とはじき飛
ばされていく。天井を突き破る竜巻。空に向けて穿たれた穴から何かが飛び込み、
床に衝突するや強烈な閃光を放つ。
  「うおっ!!」
  竜巻の周囲を取り囲んだフライナイツが動揺する。そこへもう一発。目を覆う騎
士団。だがそれは、床に激突するや閃光の代わりに濃厚な黒煙を発生させ、みるみ
るうちに周囲を暗黒に変えていく。
  「ちいぃっ!小賢しいっ!」
  怒りにまかせてベルゼバブが煙幕に強酸の一撃を放つ。悲鳴が響く。竜巻が消え
去った時、残されていたのは、飛散した酸を浴びて床にのたうち回るフライナイツ
だけであった。
  「パラケルスス!女達は何をしている!」
  賓客達の眼前での自慢の騎士団の無様な体たらくに激怒するベルゼバブ。その怒
りの矛先が医師に向かう。
  「はははは...忍軍の親玉とはいえ、たった一人を討ち取ったとてツノダ・ユニッ
トの手柄にはなりますまい。外にはもう二人いたようですが...連中の巣に案内して
貰って、一網打尽にして一気に憂いの解消と参りましょう。」
  帝王の激昂を前にしながらもあくまで冷静なパラケルススが、彼を護るように佇
立していた三姉妹に命じる。
  「さあ行け、ツノダ・ユニット。奴らを気付かれないように追跡し、全て殲滅す
るのだ。」
  頷く三姉妹。背中から蝙蝠のような漆黒の翼が伸びる。軽やかに跳躍するや、天
井の穴から飛び去る姉妹達。
  「じっくりと首尾をごろうじろ...ベルゼバブ様。」
  自信たっぷりのパラケルススの含み笑いだけが残される。
 
 
  浄化され、清らかな湖と見紛うばかりに青く澄んだ沼のほとりに倒れ伏す流璃子。
近づいてくる足音に、閉じていた瞳をゆっくりと開く。美しい顔に浮かぶ微笑み。
やがて体重などないかのように軽やかに立ち上がる。沼のほとりに駆けつけた眞耶
子達は、裸体に蒼い大蛇を纏わせた流璃子を見いだす。
  「...ね、姉さま!その姿は...!」
  眞耶子が驚きの声を上げる。声の方向に顔を向ける流璃子。その顔に浮かんだ妖
しい微笑みに、一同の足が止まる。
  「うふっ......」
  「流璃子さん...そ、その蛇は一体っ」
  慌てて駆け寄ろうとする慎悟の前に腕を伸ばして哀華が押しとどめる。
  「待って慎悟...。何かおかしいわ。」
  「うふふ...どうしたのかしら?」
  流璃子の婉然たる微笑みは周囲の空気を桃色に染めかねないほどの色気を放っ
ている。
  「あなた......誰?」
  眞耶子の冷ややかな声が、響いた。
  「まあ...ふふふふ。私を忘れてしまったのかしら?眞耶子...」
  身構える眞耶子に向けられた流璃子の微笑みは妖艶さを崩さない。
  「姉さまを...姉さまを返してっ!」
  突如眞耶子の全身から放たれた雷撃が流璃子を押し包む。だが、流璃子の周囲の
見えない障壁がそれをことごとく遮る。
  「あははは...私の演技は通用しませんか。しかし...大事な流璃子の身体を傷つけ
るような振る舞いは感心しませんね。」
  明瞭に変化した流璃子の口調に、一同は一斉に身構える。
  「あなた...東の王ね?」
  長い黒髪を逆立て、全身に雷を纏った眞耶子が、怒りに震える声で指弾する。
  「確かに...そういう名前で呼ばれてもいましたね。」
  「...き、貴様!?流璃子さんに化けたつもりかっ!」
  一歩進み出た慎悟が糾問する。顔はまだ青ざめていたが、すでに足取りは確固と
している。
  流璃子の妖しい微笑みがますます大きくなる。
  「あはははは...本物と偽物の区別もつかないのですか...流璃子が可哀想です
よ。」
  眞耶子が流璃子を見つめる。交差する視線。だがそこには、かつて通い合った心
は存在しなかった。
  「...東の王......姉さまを放して!」
  「その要求は聞けませんね。いたいけな嬰児を最愛の母から引き離すなど...残酷
な行為とは思いませんか?」
  「な...何を言っているのっ!?」
  「確かに私はかつて東の王と呼ばれる存在でしたが...今となっては...ふふっ...
東の王と流璃子の間に芽生えた愛の結晶...といったところでしょうか。」
  さも楽しそうな表情で、口元に手を当ててくすくすと笑う流璃子。
  「ふっ...ふざけないでっ」
  「でたらめが過ぎますのっ」
  哀華と璃音が同時に叫ぶ。
  「どうやらあの蛇の紋様が怪しいわ。あれが巫女様の身体を操っているので
は?」
  「ああ...哀華さんの言うとおりだろう...しかし、どうやったら引き剥がせる
...?」
  「私が...私がやります!」
  眞耶子が進み出る。その右腕には雷が収斂してまつわりついていく。
  「私のせいだ...私がすぐに駆けつけていれば姉さまは...」
  うわごとのように呟きながら、流璃子に近づいていく。
  「ははははっ...。あなた方と遊んであげたいのは山々ですが...残念ながら大事な
用がありましてね。申し訳ありませんが、失礼させていただきますよ...」
  不意に流璃子の身体が宙に浮き上がる。
  「!!風舞術...?!」
  「ち、違いますの哀華さん。風の術は働いていませんのっ」
  「私はこれから『封印の山』に向かいます。追ってこられるがいいでしょう。で
きるのなら、ね...地を這う者達よ。」
  哄笑を残して流璃子の身体が高々と舞い上がると、その姿はみるみる遠ざかり、
北の空に消え去っていく。
  「『封印の山』だと...?眞耶子、一体それは?」
  うつむいた眞耶子の肩を乱暴に揺さぶって慎悟が詰問する。
  「......玄い山......姉さまの最後の訪問先......最強の王が眠る場所......私も行か
なければ......姉さまを取り戻さなければ!」
  両目から止めどもなく流れる涙を拭くこともせず、憑かれたよう叫ぶ眞耶子。走
り出そうとするその身体を哀華と璃音が必死に留める。
  「待って!...あなたの責任じゃないわ、眞耶子。忍軍最強の慎悟をあの場で失う
訳には行かなかった......お頭だってそう判断するわ。それにね......」
  眞耶子ににっこりと微笑みかける哀華。
  「巫女様は死んだ訳じゃないわ。きっとお助けできる。みんなの力で、ね?」
  両手で顔を覆いながら泣きじゃくる眞耶子がわずかにうなずく。
  「行きましょう、北の山へ。みんなとも合流しなくちゃ。」
  四人は北に向けて走り出す。
 
 
  剛蔵達は地獄帝国の外郭を突破し、なお疾走し続ける。
  「頭...追っ手の気配はありませんぜ。もう振り切ったのでは...」
  寧那の声に剛蔵がうなずく。
  「そうだな...よし、トロットに切り替えろ...」
  一行は早足に切り替え、なお常人を凌駕する高速移動を続ける。
  「巫女様達は、今頃どうしているでしょうね。」
  牙守人の問いかけに剛蔵が首をひねる。
  「まあ慎悟と哀華がついているからな......相手が何であれ、そうそう遅れは取ら
んと思うが......」
  「そうですね。しかし...先刻の女達は...」
  「ああ...とんでもないのが出てきやがった。あんなのがいるとは想定外だったな
...。穏形法は解くな...沼に向かうぞ。」
  「甘いな!」
  突如、小道の脇から影が飛び出し、三人に襲い掛かる。向かってくる影に対し無
言のまま抜き打たれる牙守人の忍刀の光芒。衝突寸前、影は宙返りで剣尖をかわす。
  「おっとお...父っつぁんかよ。危ねえなあ。」
  「おう、番虎。無事に脱出できたかい。」
  剛蔵の言葉に影-小柄な老忍が噛みつく。
  「何言ってやんでえ!一言もなくいきなりベルゼバブから離反しやがって。危な
くとっ捕まるところだったぜ。」
  「へへっ...老骨に鞭打ってひいこら逃げてきたかい。泣かせるなあ。」
  「抜かせ、寧那。引退は若い衆に花を持たせただけのことよ。俺はまだまだやれ
るぜ!」
  「ああ......話は道々聞かせる。とにかく行くぞ。」
  四つになった影が東に向かう。彼らは気付かなかった。遙か後方を確実に追跡し
てくる三つの影に。
  「なんて足の遅い連中かしら。もう飽き飽きだわ。やってもよろしくて、セイ
コ?」
  「なりません、ジュンコ。パラケルススの様の命令は絶対です...」
  「この距離も我々に気付かぬとは何と迂闊な...本当に忍なのでしょうか?」
  「ふふふ...そう責めては可哀想ですよ、ナオコ...連中が惰弱なのではなく...我々
が超越しているだけです。あらゆる面でね...」
  含み笑いが重なる。遙か高空に広がっていく三人の笑い声は、風にさらわれて忍
達に届かない。
 
 
  封印の山と呼ばれる巨大な山塊は、地獄帝国を見下すようにしてその北方に黒々
と聳え立っている。山頂に建つ寺院のような荘厳な建築には、魔将軍が指揮する大
隊レベルの警備隊が常駐している。日夜周囲の監視を怠らない精鋭部隊は、その日、
接近する飛行体を目敏く発見していた。
  「将軍、飛行物体、一!高速接近中。」
  「総員警戒態勢。斥候出ろっ」
  飛行能力のある数名のデビルサイダーが飛び立つ。
  「!...飛行物体、何かを射出...」
  斥候隊を呑み込んだ巨大な光芒が、山頂を押し包む。光が消えた後、消滅した魔
将軍を除く全員が倒れ伏していた。
  「ははは...三王の力を束ねる今の私に、軍団の一つや二つを消し去るのは容易い
ことですが...堕天使は隊長だけのようでしたからね...」
  黒く巨大な寺院の側に着地する流璃子。起きあがった警備隊員達がそれを取り囲
むと、一斉に跪く。
  「私の裔に連なる者達よ...疾く従いなさい。」
  全員が叩頭する。
  「良きことです。当面、任務を継続していなさい。私は建物に入ります。」
  青い大蛇を纏った流璃子のため、恭しく扉を開く兵士達。流璃子が静かに奥に進
んでいく。建物の中心部には、巨大な剣の柄がそそり立っている。この建物自体が、
本来この剣の柄を覆うために建てられているのだ。
  「魔王の剣...これが封印ですね。」
  細い手を伸ばし、柄に触れる。
  "聞こえますか...北の王よ。"
  返事は剣を振るわせてやってくる。か細い少年の声
  "...封印を解いて..."
  "そう言うと思っていましたよ。"
  くすくすと笑う流璃子。
  "私は以前の私とは違う...そうは思いませんか?"
  地の底から響く声は、剣のみならず部屋全体を震わせる。
  "...そんなこと、興味ない..."
  "まずは私の話を聞いてください..."
  "...封印を解いて。すぐに..."
  "いいですか、北の王..."
  部屋の共鳴がぴたりと止み、静寂が訪れる。何度か思念を送った後、流璃子はた
め息をつく。
  「問答無用という訳ですか...困りましたね。」
  肩をすくめて両腕を上げる。
  「仕方ありません...まあ...今となっては、遅れをとることもないでしょう。」
  再び剣に掌を当てる。
  "わかりましたよ、北の王。今封印を解きます。賢明な判断をお願いしますよ..."
  薄闇の中に蒼い蛇の紋章が鮮やかに浮かび、金色の瞳が輝く。流璃子の掌から青
い光が生じると、剣の柄を包むように広がっていく。光芒が消えると、そこに剣の
姿はなく、それが残した深い縦穴だけが残されている。突如、不気味な地鳴りが
響き、大地が激しく揺すぶられる。建物が激しく軋み、梁や板等が落下してくる。
青い光に包まれた流璃子は、宙を舞い、天井を突き抜けて建物の外部に逃れ出る。
  眼下では、山が激しく震えていた。やがて山の至る所に亀裂が走り、そこから閃
光が吹き出す。一瞬の静寂の後、大音響とともに山の上部は跡形もなく爆散した。
流璃子の正面に人が浮かぶ。その姿は、ようやく子供から抜け出しつつあるものの、
青年にはまだ遠い、少年そのものだった。
 
 
  「やっと...自由になれた...長かった...」
  臆病そうに周囲を見渡し、肩を竦めた気弱そうな小柄な少年。
  「乱暴ですねえ。私の忠実なるしもべ達が皆消えてしまいましたよ...」
  流璃子があきれた表情を向ける。
  「僕は...僕は、とにかく、あの牢獄から逃げ出したかったんだ...。それだけなん
だ...」
  弱々しく弁解する姿は、非力な少年にしか見えない。
  「お姉さんは...誰?」
  少年はじっと流璃子を見つめて問いかける。ボーイソプラノの甲高い声。その瞳
に一瞬、好色の影が閃いたように見えた。
  「私ですよ。ご存知東の王です。事情があって身体を失いましてね......しばらく
我が母上たる方の尊い身体をお借りしているところです。」
  「ど、どういうことなの...?母って...?その...お姉さんが?」
  疑問と不安がないまぜになったような表情の少年を見つめながら、流璃子が楽し
げに語る。
  「ご紹介しましょう。流璃子...鬼哭流璃子です。どうです?美しいでしょう。あ
なたもご存じでしょうが...神魔の狭間に棲まうという鬼哭一族の巫女です。かのベ
ルゼバブの誘惑でこの地を訪れ、この地を彷徨いながら西の王、南の王、そして私
の元へと来たのです。今や彼女は、三王の力を併せ持つ希有の存在なのですよ。」
  「......つ、つまり...君も含めてみんなこの...流璃子お姉さんに倒されてしまった
...そういう事なの?」
  目を見張る少年。だが、その目は流璃子の裸体のことごとくを捉えようとせわし
なく動く。
  「ま、紆余曲折はありましたが...結論だけ言えばそういうことになりますかね。
しかし...私は滅んだわけではありません。古い身体こそ失いはしましたが...私の偉
大にして新たなる身体は、この流璃子の胎内深くで急速に育まれつつあります。二
人の愛の結晶としてね...。いま私がこの身体に憑依しているのは...母体の安全を維
持するための仮初めのものです。流璃子の自由にさせておくと危険ですからね。」
  「その...君の紋章が...流璃子お姉さんの身体を縛めているんだね。可哀想に...。
それで...僕に何の用なの?」
  流璃子が待ってましたとばかり両手を広げる。
  「手を組みましょう、北の王。堕天使共を駆逐し、この地を再び私達の手に......」
  少年の目がきらりと光る。宙に浮かべた華奢な身体をめぐらせ、緩やかに流璃子
の周囲を飛び回る。
  「...言われるまでもないよ。堕天使共は皆生かしちゃおかない。...特にあの...」
  空の一点を睨み据える少年。その視線の先には、青白いコロナを発する黒い太陽
が輝いている。
  「...でも、君の手は借りない...。僕は、僕一人の力でやり遂げてみせる。」
  不意に不敵な微笑を浮かべて流璃子の周りを旋回する少年。長めの髪が美しくな
びく。
  「懲りない方ですね...その過信が前回の敗北を招いたのではありませんか。あの
時も我々と協力していれば...」
  「...王は一人だけ。僕以外にはありえない。君も、僕に従って。そうすれば...」
  流璃子の顔に嘲りの冷笑が浮かぶ。
  「...今の私の力がお判りにならないとは...つくづく残念ですよ。」
  「...やる気になった?自信満々だね。だけど...」
  突如、流璃子の周囲に金色の輝線が浮かび上がる。星の形をしたそれは、収縮し
つつ流璃子に近づいていく。瞬間、輝きに包まれる流璃子。その肩に、小さな星形
の紋章が鮮やかに浮かび出る。
  「僕には考える時間がずいぶんとあったんだ。...色々なことを考えたよ。」
  流璃子の身体にまとわりついた青い蛇の紋章の輝きが急速に失せていく。
  「な...なんと......私の周囲を回りながら紋章を描いていたというのですか......」
  糸の切れた操り人形のように全身を弛緩させ、目を閉じ、がっくりとうなだれる
流璃子。全身から力が抜けていく。
  「...君を押さておくにはそれで十分。少し力を付けたくらいで自信過剰だったね。
おとなしくそこで見ててよ。僕はこの...綺麗な流璃子お姉さんに用があるんだ。」
  流璃子のしなやかな肉体をじっと見つめる少年。星形の紋章が瞬くと、深い昏睡
の底にあった流璃子の意識が覚醒していく。
 
 
  「......お姉さん...ねえ、起きてよ...流璃子お姉さん......」
  「............」
  少年が流璃子の意識に訴えかける。が、魔の受胎告知という、かつてない衝撃か
ら、容易に流璃子の理性は回復しない。
  「陰険な蛇の毒牙にかかってしまったんだね...可哀想な流璃子お姉さん。僕が助
けてあげる......」
  少年の目が爛々と輝き、視線が流璃子の全身を駆けめぐる。その瞳に欲情がたぎ
る。
  「...流璃子お姉さん...綺麗だ...綺麗だよ...。もう...見ているだけじゃ、我慢でき
ない...!」
  中空で、少年が流璃子の身体を愛しげにそっと抱きしめる。
  「ああっ...な、なんて柔らかい...ああ...すごくいい匂いがするよ...」
  流璃子の豊かな髪に顔を埋め、甘い芳香を胸一杯に吸い込む。
  "よすのです...北の王..."
  微かな声が青い蛇の紋章から伝わる。
  「うるさいな......君は黙ってて。」
  星の紋章が再び輝くと、東の王の声は完全にかき消される。少年は、いまだ焦点
の合わない虚ろな瞳のままの流璃子の身体をまさぐり始める。はじめはおずおずと。
そして次第に大胆に。
  「しっとりと掌に吸い付くような肌......染みなんか一つもない...本当に綺麗...」
  流璃子の耳に囁かれる少年の嘆声。その手が徐々に下腹部に伸びていく。
  「...すべすべだ...本当に蛇の子なんか宿しちゃったの...」
  反応のない流璃子の耳に熱い吐息を吹きかける。瞬間、ぴくっと流璃子の身体が
反応を見せる。
  「くすっ...流璃子お姉さんの身体...感度がいいんだね。」
  含み笑いとともに少年は耳朶を咥え、甘噛みし、耳穴に舌を差し込む。
  流璃子の身体が震え、背が仰け反る。
  「ふっ...ふわあっ...んあっ」
  全身を走る快感に、ようやく流璃子の意識が回復していく。中空高く、無重力状
態で自分より小柄な少年に抱擁され、全身を愛撫されているのに気付く。
  「あっ...な、何っ?...やっ...嫌っ...やめてっ!」
  必死に両手を突き出し、少年の魔の手から逃れようとする。
  「あ、あなた...誰っ?...は、放してっ!」
  だが流璃子を力強く抱きしめる少年の腕から逃れることは叶わない。
  「...る、流璃子お姉さん...お願いだからおとなしくして...。今、気持ちよくして
あげるから...」
  美少年といっていい丹精な顔立ちが、すがるような口調で囁く。
  「だ、駄目っ...あ、あなたは子供じゃないっ...」
  「くすっ...すっかり意識は回復したんだね。」
  足場もない空中でぴったりと身体を密着させ、流璃子に激しい抱擁を咥えながら
少年が微笑む。流璃子よりも華奢で小柄なその身体に似つかわしくない大きさでそ
そり立つ少年の猛りが、流璃子の太腿に押しつけられ、思いもよらない凶暴さで熱
を伝えてくる。
  「よく聞いて、流璃子お姉さん。僕が北の王だよ。流璃子お姉さんは僕に逢うつ
もりだったんでしょう?」
  抵抗を一瞬止め、息を飲む流璃子。
  「あ...あなたが?こ、こんな少年だなんて...」
  「くすっ...流璃子お姉さん...ここじゃ見かけに何の意味がないことはもう知っ
てるでしょ。蛇やら触手やらいろんな化け物と逢ってきたんだから、さ。」
  「そ...それ...は...」
  「あんな蛇なんかの子を身籠もっちゃうなんて......悔しいよ、僕。すごく悔しい。
ねえ、蛇はそんなに良かったの?」
  「そ、そんなっ...ち、違うっ!違うのっ!」
  少年とは思えない言葉責めにより、まだ直視できない非情な現実を改めて突きつ
けられ、半狂乱となった流璃子は両手で耳を塞ぎ、全身を激しく振る。そんな流璃
子をなだめるかのように、力強く抱きしめる少年。
  「くすくすっ...落ち着いてよ流璃子お姉さん。僕の話を聞いて。僕には触れるだ
けで相手の能力が判るんだ。だから......」
  少年は流璃子を抱きしめた両手を動かし、背中をまさぐる。
  「お姉さんのこともちゃんと判るよ...。とても変わった...面白い力を持ってるん
だね。」
  流璃子と一体になろうとするかのようにぐりぐりと身体を押しつけ、肌と肌を密
着させようとする。熱い吐息とともに耳に囁く少年。
  「相手の力を受け止め、属性を裏返した上に増幅して打ち返すなんて...。返し技
の一種かな...そういえば...」
  少年はふと流璃子の身体をまさぐる手を止め、頭を傾げると真剣な眼差しで上空
を睨みつける。
  「あいつも得意だったな...そういうの...」
  憤怒の表情も一瞬だけ、再び少年とは思えない余裕を取り戻すと、流璃子の身体
を弄び始める少年。こんな状況でも容易く燃え上がろうとする己の身体を忌まわし
く呪いながら、快感に流されまいと必死に抵抗する流璃子。
  「僕は知りたいんだ...流璃子お姉さん。...僕に、男と女のことを、教えてよ...」
  「な...何を言って...るの...?」
  少年とは思えぬ技巧で身体を探られ、感じまいと必死で唇を噛みしる流璃子の口
が、かろうじて言葉を紡ぐ。
  「くすっ...流璃子お姉さん...僕の初体験の相手になってよ。」
  「ばっ...馬鹿な事を...言わないでっ!」
  豊かな胸の狭間に顔を埋める少年。両手で必死に引きはがそうとする流璃子だが、
少年の唇が肌に吸い付くと、たちまち力が抜けてしまう。
  「...すごいや...乳首じゃないのに...乳房でこんなに感じるなんて...」
  「やっ...そ、そんなこと...」
  「ずいぶん遊んできたの?綺麗な顔をして、淫らなんだね、流璃子お姉さんは。」
  ふと顔を上げ、以前の桃色から赤みを増した流璃子の乳嘴をじっとみつめる少年。
が、すぐに夢中になってしゃぶりつく。
  「あっ...だ、駄目っ...やあっ...いけないわっ...」
  必死に制止しようとする口調とは裏腹に、流璃子の両手は今や少年の頭をかき抱
くようにして、指先は柔らかな髪の中に潜り込んでいる。押し寄せる快感。喘ぐま
いとして固く目を閉じる流璃子だが、次第に荒くなっていく呼吸を押さえることが
できない。
  両の乳嘴を交互に漁る少年が嘲弄の言葉を投げる。
  「乳首が紅いよ。それに大きい。ねえ...赤ちゃんに...吸わせる気なの?」
  「いっ...言わないでっ...!」
  悪戯っ子のような笑顔を浮かべた少年に残忍に妊娠の明確な証拠を突きつけら
れ、激しく狼狽する流璃子。
  「くすくすっ...僕...下も見たいな...」
  空中に無重力状態で浮かぶ流璃子の身体の上を滑って、少年が下腹部に顔を埋め
ようとする。
  「ああっ!...な、なんてことをっ!...だ、駄目っ!そっ、そこはっ...!!」
  必死に両脚を閉じる流璃子。だが少年の指先が流璃子の腿や下腹部の肌を這い回
り、弱点を的確に探り当てていく。見つけ出した部分に少年の熱い口づけを受ける
と、魔物達に蹂躙され、開発され尽くしてしまった性感が易々と昂ぶって、流璃子
の神経をたちまち官能の虜にしてしまう。
  「だめっ...だめよっ...ああっ...いやああっ...!」
  少年は力尽きた流璃子の膝を易々と開くと、にやりと不敵な笑みを浮かべて内股
の奥深くの狭間に顔を埋めていく。
  「ああっ...すごいっ!...まるで匂い立つようだ...流璃子お姉さんのここ、なんて
綺麗でいやらしい...!」
  女体の神秘を好奇に満ちた瞳で真摯に見つめる少年。その視線を熱く感じて、流
璃子の蜜壺から秘蜜がとろけ出していく。
  「そっ...そんなっ...ああっ、ど、どうして...?」
  自らの身体の羞恥の異変に戸惑う流璃子。
  「くすっ...見つめられるだけで感じてとろけだしちゃうなんて...流璃子お姉さ
んの身体は、すごい敏感なんだね。」
  笑いながらも、少年のその目はひどく真剣に、ひたすら花弁の奥底までも覗き込
もうとしている。
  「あ...味は...流璃子お姉さんの味は...どんななのかな?」
  少年の唇がその部分におずおずと触れる。思いがけない熱さを感じて流璃子の身
体が弓なりに仰け反る。
  「ああっ...だめえっ...ふああああっ!」
  クチュ...チュプ...チャプ...
  少年の舌と唇が流璃子の秘めやかな花びらを含み、甘美な蜜をすする。喉が小刻
みに動き、流璃子の蜜液を次々と飲み込んでいく。不意に少年の唇が激しい吸引を
試みる。内蔵までが吸い出されるかのような鋭い快感に、流璃子が悲鳴を上げる。
  「かはっ...あああああっ...だ、だめっ...そ、そんなに吸っちゃ...だめえええっ!!」
  「くすくすっ...赤ちゃんを...吸い出しちゃうよ、流璃子お姉さん。」
  夢中になって吸い続ける少年の顔を引きはがそうと、両手を少年の頭にあてがう
流璃子だったが、絶え間なく押し寄せる官能に全く力が入らない。逆に絶え間なく
溢れる蜜は次第に濃厚になっていく。
  「あッ...やッ...だめッ...き、来ちゃうッ...やあッ...だめッ...だめえッ...」
  甘美な頂きが早くも目前に迫ってきたことに激しく狼狽する流璃子。だが、少年
の舌先が蜜壺の奥まで深々とねじり込まれ、断続的に震わされると、流璃子はいと
も簡単に女だけが行ける甘美な天国の極みまで登りつめてしまう。
  「ひゃッ...あああッ...だめッ、いっちゃうッ...やあッ...いッ...いやああああああ
あッッ!!」
  流璃子の腰ががくがくと痙攣し、少年の口腔にこれまでとは比較にならないほど
夥しい蜜が溢れ込んでいく。少年は喉を鳴らして夢中で呑み込みながら、とどめと
ばかりに舌をえぐり込む。
  大きく仰け反った流璃子の全身がぶるぶると震える。長い絶頂の後、力尽きたよ
うに全身を弛緩させてがっくりと横たわる。
  「すごいや...僕の舌先だけで簡単に...。流璃子お姉さんの身体は、本当に淫らな
んだね...」
  ようやく顔を上げた少年が、腕で唇をぬぐいながらあきれたように嘆声をあげる。
  「うっ...ううっ...ううっ...」
  女の狂態をあますところなく少年に晒してしまった羞恥が全身を焼く。あまりの
恥ずかしさにすすり泣く流璃子。宝石のような瞳から真珠の涙が溢れ出す。
  「ねえ...今度は僕に教えてよ。本当のセックスを...!流璃子お姉さんと...ひ、一
つになりたいっ!!」
  力なく開かれた両脚を抱え込み、その間に腰を入れながら、興奮に顔を真っ赤に
した少年が、ひどく真剣な表情で叫んだ。
 
 
  北の山に向かって駆ける眞耶子一行は、地獄帝国から脱出してきた剛蔵達と合流
した。
  「頭っ!」
  「おっ...お前達か。みんな無事かっ!」
  だが、再会を喜ぶ暇はなかった。
  「頭...すまない。流璃子さんが...流璃子さんの身体が、東の王に乗っ取られてし
まったらしい...」
  「な、なにいっ、巫女殿が?...それで、巫女殿はどこだ?」
  驚く剛蔵に、璃音と哀華が口を挟む。
  「そ、それが...北の王に会うと言って飛び去ってしまいましたの。」
  「私達はそれを追いかけてここまで来たのだけど...」
  「むう...どうやら情勢は急を要するようだな。枝払いに向かった連中とも合流し
なけりゃならんし...とりあえず全員で北の山を目指すぞ。詳しい話は道々...」
  剛蔵が一行を掌握し、北に進路を取ろうとしたその時、上空から緩やかに女の声
が降ってきた。
  「そろそろ...お揃いかしらね?殲滅させていただいてもよろしいかしら...」
  全く気配が察知できなかったことに驚愕しながら上空を見上げる忍達。漆黒の鎧
を身につけた三人の女がゆっくりと降下してくる。その禍々しい気配に似合わぬ美
貌に一同は呆然となる。
  「な...なんだ、あいつらは?」
  「追っ手なのか?」
  フライパレスで遭遇していた剛蔵が顔色を変える。
  「ぬうっ!奴らか...まずいところで...」
  忍達の動揺に一切頓着せず、三人の美女が空中で言い交わす。
  「八人か...情報よりも少ないのではなくて?ジュンコ...」
  「もういいでしょう、待ちくたびれたわ、ナオコ。やっても良ろしくて?セイコ
...」
  「まあ...主だった顔ぶれは揃っているようですし...。ジュンコ、ナオコ..."エク
スクラメーション"いくわよ。」
  「まあ...いきなりねえ...ふふっ」
  「せっかちね...でもいいわ。了解、セイコ。」
  空中の三人の女達は再び高く舞い上がっていく。その周囲に急速に高まっていく
力を感じ取り、忍達が一斉に身構える。
  「な...奴ら、やるつもりだっ!」
  「ど、どうする頭?」
  「散...いや待て。あの闘気の膨れあがり方は...。防御を固めるか...こっちには
"空"もいることだしな。鬼哭五輪結界陣、いくぞ!!」
  剛蔵の判断は素早かった。命を受け、五人の忍びが五角形を形成し、精神を集中
して呪を唱える。地の哀華。水の寧那。火の慎悟。風の剛蔵。そして空の眞耶子。
五人の間に光芒が走り、五芒星が描かれる。その周囲に円形に光が走ると、五色に
輝く天蓋が生まれる。一切の物質に偏在する構成要素である五大全てを網羅した完
全結界。眞耶子の覚醒により魔界で初めて完成した鬼哭一族最強の守護結界が、ま
ばゆく輝く。
  「五輪結界陣...初めて見ましたわ。すごい...たとえ魔王の渾身の一撃であろうと、
これならば...!」
  番虎の指揮下で牙守人とともに結界中央で支援態勢に入った璃音が空を仰いで
呟く。
 
 
  上空の女達は眼下に生じた光の障壁にも表情一つ変えず、両手を揃えて前方に突
き出す姿勢を示す。
  「セイコ...彼らは防御体制をとったようね...」
  「問題ないわ、ナオコ。いくわよ...マキシマム...」
  「...ゴッデス...」
  「...エクスクラメーション!!」
  唱和が終わるとともに轟音が発し、三人の美女の手から赤・青・緑の巨大な光の
エネルギーが一斉に迸る。それらは三つどもえに渦巻きながら収束すると、白光の
巨大な奔流と化し、鬼哭一族の結界に真正面から衝突する。
  「!!...な、なんて威力だ...信じられん...!」
  「馬鹿な...!け、結界が持たないなんてっ!」
  みるみる歪んでいく上空の結界に驚愕する忍達。剛蔵が吼える。
  「いかん...番虎、結界爆散防御!!」
  「応っ!!」
  老忍の一声。瞬間、大爆発とともに四散する結界。忍達が爆風に吹き飛ばされて
いく。
  「...ふっ......」
  セイコが薄く鼻で笑う。
  「結界を内部から爆散させることでエクスクラメーションの収束を緩和すると
ともに......構成員を散らして被害を最小限に抑えたか......小賢しいまねを。」
  「セイコ。生意気に一人立ち上がってくる奴がいるわ。私にやらせて。」
  返事も待たず、一人の女が地上に舞い降りる。ピンヒールで軽やかに大地に立つ
艶姿は、体重など全く感じさせない。
  「私たちの必殺技であるマキシマム・ゴッデス・エクスクラメーションを受けな
がら、よくぞ立ち上がりました。お名前を伺っておきましょうか。」
  「......鬼哭忍軍・頭...疾風の剛蔵......」
  「賞賛に値します。私はツノダ・ユニットのジュンコ。あなたに敬意を表し、私
自ら葬ってあげます。」
  仁王立ちする剛蔵が右手を挙げる。周囲の空気が渦を巻き、手刀を伸ばした指先
に風の刃を形成していく。
  「けりゃああああああっ...喰らえっ...真空殲風衝!!」
  優雅に佇む美女に向かって、剛蔵が右腕を一閃する。鋭い三角錐の竜巻が女の影
に直撃する。
  「......まあすごい。まだこれほどの力が残っているとは...」
  背後からの声に愕然とする剛蔵。振り向きざまに真空の刃をまとった左手の裏拳
を叩き込む。だが真後ろの女は片手を伸ばして易々と受け止めてしまう。
  「そろそろ"おねむ"の時間ですかしら......」
  再び剛蔵の前方からの声。左手を押さえられながらも、咄嗟に右手で目にも止ま
らぬ抜き手を打ち込む剛蔵。しかしこれもいとも簡単に受け止められる。合わせ鏡
のような女二人に両腕を捉えられる剛蔵。
  「な...分身かっ?!」
  「うふふふ...両方ともちゃんと実体ですわよ...参ります...ダークネス・イリュー
ジョン...!」
  前後の女が同時に繰り出す無数の突きが、蹴りが、剛蔵の身体に次々に突き刺さ
っていく。前後から同時に加えられる同威力の攻撃。完璧なシンメトリーに、倒れ
るどころかバランスを崩すことも許されずに立ち尽くし、硬直する剛蔵の巨体。と
どめとして、恐るべき威力ながらもあくまで優美なサマーソルト・キックの二重奏
が繰り出される。やがて、分身が消えて一人となった女の前に、剛蔵が地響きを立
てて崩れ落ちる。
  「...これまでね。セイコ。全員にとどめを刺して、任務完了かしら。」
  上空の二人を仰ぎ見て、歌うように話しかけるジュンコ。だが、二人は何か別の
事に注意を奪われている。
  「どうしたの?二人とも...」
  「...ジュンコ。北に異様な気が顕現しているのを感じるわ。これまでに感じたこ
とのない強い波動...この気配は...」
  すぐさま上空に駆け上がったジュンコもそれを確認する。
  「これは......これこそ、私たちの真の敵です。間違いありませんわ。」
  「行かねばなりません。そして戦わねば。」
  うなずき合った三人は、もはや四散して倒れ伏す忍達には見向きもせずに北に向
けて空を疾駆していく。
 
 
  暫く後、静寂が支配していた大地に蠢くものがあった。よろめき立ち上がる慎悟。
  「うう......また...眞耶子の力で助かったか...」
  やがて起きあがり始めるいくつもの影。
  「...お頭...剛蔵...起きて...」
  哀華が倒れたままの剛蔵に向かって這い進んでいく。
  「眞耶子さん...お願い...パパの側に...」
  まだ動けない璃音が横たわったまま懇願する。
  慎悟に支えられた眞耶子がよろよろと歩いていく。剛蔵のそばでぺたんと腰を落
とす。
  「みんなも...こっちに集まって...」
  眞耶子のそばに集まった忍達は、次第に体力を回復していくのを明瞭に感じる。
  「凄いな...これは鬼哭の巫女の力か。しかし、眞耶子がどうして...」
  「...奴らに眞耶子の存在がばれてなくて良かった。もし知っていたら...」
  「だが、やけに慌てて飛び去ったような気もするが...」
  元気を取り戻し始めた忍達の会話の中、瀕死のダメージを受けていた剛蔵が漸く
意識を取り戻す。
  「み...皆...大事ないか?」
  「はっ...。お頭の"擬傷の術"のお陰です。」
  「はは...なあに怪我の功名さ。眞耶子が巫女殿と同じ力を持っているとは知らな
かったが、正直助かった...。」
  「どうやら連中、何かを察知して押っ取り刀で飛び去ったようです。」
  「方向は北...ということは。」
  うなり声を上げて上半身を起こした剛蔵が呻くように声を出す。
  「北の王...だな。巫女殿の身体を乗っ取った東の王も向かったということは...」
  甲斐甲斐しく剛蔵を介抱する哀華には、すでにダメージの陰も見えない。
  「向こうで何かが起きている...ということね。」
  「おそらく...北の王と流璃子さんが...いや、東の王なのか...戦いを始めているん
だ。」
  慎悟が北の空を睨む。
  「我々も向かわなければ...だが、ダメージ回復にはまだ時間が...」
  「ああ...それに...」
  常に似ない気弱な表情を浮かべる剛蔵。
  「あれはとんでもない化け物だ。どうやったら奴らに勝てるんだ...?」
  沈黙が一同を包み込んでいく。
  「......それでも、行かなきゃ......」
  うつむいていた眞耶子が、決意に眦を上げて北の空を見る。
  「流璃子さんを取り戻せば......きっと......」
  慎悟が続く。
  「......ああ......そうだな......俺たちの未来は......巫女殿に委ねたんだからな...
...」
  剛蔵が目を閉じ、哀華の膝枕に頭を預ける。
  「もうちょっとだけ待っててくれ......眞耶子。」
  はるか彼方から、足音が迫ってきた。やがて、先刻の爆発を目撃して、急行して
きた刃弦分隊の忍達が姿を現す。
  「ふふっ......全員集合か。いようし、三十分後に行動を開始するぞ。」
  剛蔵の顔に浮かぶ微笑。血色がみるみる回復していく。
 
 
  「...入るよ、流璃子お姉さん。流璃子お姉さんの全てを...僕のものにするよっ
...!」
  緊張に震える声。少年のものとは思えない灼熱の剛直が流璃子の秘苑にぴたりと
あてがわれる。
  「だっ...駄目っ!やめてっ、お願いっ!」
  燃えさかる欲望の業火に身体の中心部を貫かれんとすることへのおののき。年端
もいかない少年の手練手管の虜とされることへの畏れ。必死に首を振り、腰をずら
して逃れようとする流璃子。しかし。
  「あああッ!!やあああッ!...だめッ!...いやあああッ!!」
  侵入を感じて激しく背中を仰け反らせる流璃子。必死に両手を突っ張らせて少年
の身体を押しのけようとするが、青い少年の暴走は留まるところを知らない。
  「流璃子お姉さんッ...すごいよッ...流璃子お姉さんの中ッ...ああッ!」
  その感触に酔い痴れながら、ひたすら腰を推し進めていく。やや細いながらも思
いがけずに長いそれが、流璃子の一番大切な器官の入り口までをノックする。貫き
のその深さに怯える流璃子。
  「ああッ...そ、そんなに奥に...ふ、深いいぃぃッ...ああッ、だめえぇッ!ぬ...抜
いてえッ!」
  「流璃子お姉さん...ああッ流璃子お姉さんッ...お姉さんの中...こつっ、こつって
...」
  「だめえッ...そ、そんなに深いの、駄目ええええッ!」
  「こ...これが、流璃子お姉さんの子宮なの?一番大事なところなの?...ああッ、
き、気持ちいいッ!」
  「やああッ...そ、そんなに突いちゃ...あああッ...ゆ、許してえッ!!」
  深々と流璃子を貫き、暖かな襞に柔らかく包み込まれるその感覚に酔い痴れてる
少年。やがて、さらなる快感を求めて腰を激しく前後し始める。
  うなじを大きく反らせ、唇を噛みしめ、感覚の襲撃に必死に耐えようとする流璃
子。だが、少年の腰の動きはますます激しさを増していく。同時に、少年の両手は
流璃子の両の乳房をまさぐり、思うさま揉みしだく。鋭く尖った乳嘴に狂おしく口
づける少年。
  「かはッ...!!」
  不意の一撃に大きく口を開き、激しく喘いでしまう流璃子。とめどもない官能が
堰を切ったように押し寄せていく。
  「はあああッ...か、堪忍ッ...ふあああああッ!」
  「お、お姉さんッ...いいッ...ああッ、いいッ...流璃子お姉さんの中でいきそう
ッ!」
  少年の悲鳴のような声。
  「だ、だめえッ...中はだめッ!あ、赤ちゃんがッ!!」
  「あ、あんな奴の赤ちゃんなんてッ...僕の精液で流璃子お姉さんを清めてあげる
ッ!ねえッ、いってもいいでしょッ?!」
  「やあッ、やめてッ...ゆ、許してッ...あ、赤ちゃん死んじゃうッ!!」
  「お姉さんッ...どうしてッ...蛇の赤ちゃんなんかかばうのッ!そんなの、だめだ
よッ!!」
  「あああああッ...あ、赤ちゃんには...つ、罪はないの...ああッ?やあああああ
ッ!!」
  嫉妬の炎を瞳に宿した少年が、一層激しく腰を突き上げる。何度も突き上げられ
た子宮口が、次第に開いていく。
  「ああッ、駄目えッ...赤ちゃんを...守らなきゃいけないのにッ...どうしてッ?!」
  自らの体に生じた悲しい変化。快感に貪欲に反応してしまうことに絶望する流璃
子。
  「ああッ、いくッ!いくよッ、いくよッ、流璃子お姉さんッ...!!」
  「だめえッ...中はッ、中だけはあッ...はあああああッ!」
  「流璃子お姉さんッ...流璃子お姉さんッ...ああッ、いくううぅッ!!」
  一際激しい抽送を加えて蠢く少年の腰。鈴口が子宮口に押し当てられる。瞬間、
青い欲望が勢い良く弾け飛ぶ。
  どくっ!...どくどくっ...どくんっ...!!
  少年の両腕が流璃子を力強く抱きしめ、欲望の全てを胎内に注ぎ込んでいく。
  「うああッ...ああああッ...!」
  「!!...いやあああああぁぁぁッ...!!」
  流れ込んでくる少年の命の滴り。それを汚辱感とともに全身で感じ取った流璃子
は、同時に官能の頂点に登りつめてしまう。
  空中で弓のように身体を激しくしならせる流璃子。その下腹部から白い光が生じ
る。
  「?...こ、これが...流璃子お姉さんの...う、うわあああッ!」
  少年の驚愕の表情がまばゆい光の中に溶けていく。かつてない大きさの光球が周
囲を圧して膨れあがっていく。
 
 
  「ぐおおおおおッ!!馬鹿なッ...馬鹿なあッ...」
  流璃子の身体に描かれた青い蛇の紋章。その中に封じられていた東の王の精神が
激しく揺すぶられていく。
  「...わ、我が愛の結晶に...本体に戻れぬ...このままではッ...も、紋章もろとも消
えてしまうッ...」
  白い光に包まれる流璃子の身体。異形の紋章がみるみるかき消されていく。
  「な、なんということだ...我が策は完成したというのに...き、北の王を...甘くみ
ていた...!」
  紋章とともに白光に溶けていく東の王の意識。最後に残った意識のかけらが、そ
の存在を捉える。
  「......お、おお...そなたらは...!そうか...そういうことか...ははははは......」
  断末魔の果てに、それに気付いた東の王は、安らぎの微笑みを浮かべて光の中に
消えていった。
 
 
  長い時間の後、光が徐々に薄まり、再び染み一つない流璃子の白い裸身が現れる。
だが。
  「あはははははははあッ...」
  流璃子の身体に、逞しい青年の巨躯が覆い被さってくる。
  「!!...あ、あなたはッ!?」
  流璃子の驚愕の表情を楽しそうに見下ろす青年。
  「あっはははははっ...やあ流璃子。君の筆下ろしのおかげですっかり大人になれ
たよ。」
  「そ、そんな...ど、どうして...?」
  長さのみならず、雄渾なる太さも伴った男の猛りが、流璃子の身体に押し当てら
れる。腰を細かく動かして流璃子の花弁の位置を探る青年。
  「あははははっ......相手の力を倍返しするのが君の能力なら...僕の能力は相手
の力を吸収して己のものにすることなのさ。」
  青年の若々しくも獰猛な巨塔が流璃子の蜜壺の位置を見い出し、ぴたりと押し当
てられる。青年が腰を引く。
  「だから、強くなるために僕はとにかく戦い続けなければならなかった...それで
も...」
  青年が流璃子の髪に顔を埋め、可憐な耳に唇をあてがう。びくりと震える流璃子
の全身。そのまま熱く囁く。
  「あれだけの時間をかけても少年の姿にまでしかなれなかったのは...まだまだ
力の吸収量が不足していたからさ...サタンとの戦いはいい機会だったのだけれど
...あいつは途中で感ずいたみたいでね...うまく立ち回られて封じられてしまった
のだよ...」
  青年が引きつけた腰をゆっくりと沈めていく。灼熱の滾りの尖端が流璃子の中に
押し入っていく。そのかつてない熱さ、固さ、太さのもたらす感覚に激しく喘ぐ流
璃子。
  「...あ...ああっ...はあああっ...あああああああッ!!」
  「だけど...君のおかげで...僕は完全に成長しきった。もはやこの身に敵はない...
はははははっ...素晴らしい女だったよ、君はっ!!」
  「あッ...あああああッ!!」
  深々と貫かれた流璃子が全身を仰け反らせる。その身体を易々と抱きしめる逞し
い青年の身体。
  「これで僕はこの世界...いや、地上も天界も...全てを支配する王となる。餞別代
わりに、君の身体の全ての力をいただいていくよっ!あっはははははははっ!!」
  全能感に酔い痴れる北の王が、流璃子を貪るように犯し始める。激しい責めがも
たらす続けざまの官能に、完全に理性を失った流璃子の身体が翻弄される。意識を
失いながら、なおその身体は北の王の愛撫に応えて燃え上がり、その高い喘ぎ声は
快感を訴え続ける。
  「いいぞっ...流璃子っ...君が倍にして戻してくれた力...今度は僕が倍にして返
してあげる。耐えられるかな、流璃子?はははははっ」
  世界を支配する高揚感と征服感を流璃子の身体に置き換えて、いかにも快活な笑
い声を上げながら腰を激しく前後させる東の王。様々な姿態を取らされながらも、
その動きに応えていく流璃子の身体。正常位。後背位。坐位。騎上位。そして。
 
 
  流璃子は背面坐位で犯されていた。胡座をかいた青年に抱きかかえられるように
座らされた流璃子は、あられもなく膝を開き、背後から男の猛りを受け入れている。
肩と腰にあてがわれた青年の腕に思うがままに操られ、腰を揺さぶる流璃子。
  「あはああッ...ふああああッ...ああんッ...んあああああッ...!!」
  既に意識は完全に消え去り、官能に囚われた流璃子の身体が発する喘ぎ声が、は
ばかることなく高く大きく放たれる。
  「さあ...流璃子...そろそろさよならだ...流璃子、本当にいい女だったぞ...赤子と
一緒に仲良く逝くが良いッ...流璃子ッ、ああッ、流璃子ッ、流璃子ぉぉッッ!!」
  一際高く吠えると、たぎりたった欲望の猛りを全力で解き放つ北の王。レーザー
ビームのように迸った夥しい灼熱の樹液が、一直線に流璃子の胎内に叩きつけられ
る。
  「ひあッ!!...あああああああッ!!!」
  一際大きく仰け反り、高く喘ぐ流璃子。
  再び白熱の光球が流璃子の下腹部に生じると、みるみる膨れあがっていく。
  「はははははっ。ありがとう、流璃子っ。君の身体と力は最高の餞別だよっ!」
  全てを受け止め、貪欲に吸収していく北の王。
 
 
  しかし。
 
 
  「ば...ばかなッ!!吸収しきれないッ?!...ぼ、僕の全力を...さらに倍にして返せ
るというのか、流璃子ッ...!!」
  光に消えようとする身体。必死に抵抗する北の王。
  「認めんッ!認めんぞッ!完全体となった僕より強い者の存在などッ!!消えはせ
んッ!消えはせんぞおッ!!」
  膨れあがる白光の中。弓なりに大きく仰け反った流璃子を背後から貫いたまま、
なおも姿を留める北の王。だが、抵抗もそこまでだった。
  「流璃子...お、おまえは一体...!!」
  さらに強く大きく膨れ上がる光の中で、北の王の姿が大きく揺らいでいく。
  「!!...ぐあああああああッ!!」
  一際大きな悲鳴を残し、大いなる存在が消滅していく。長い長い時間の後、よう
やく白い輝きが消えていく。残されたのは、意識を完全に失って空中をたゆたう流
璃子の身体だけだった。
 
  (第五話終了)

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