題名:「ADVENT」

外伝「哀なる愛の華」

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-...(判読不能)一族ノ数増エタレバ、長コレヲ分カチテ、分家トナスニ、ソノ数
十二ニ達ス...(以下欠落)-
(国連管理極秘最重要遺跡区域S-6、通称"Kikoku-01"出土粘土板「青の断
章」翻訳文より抜粋)

-かくて一族内に争い起こり、宗家、分家の長寄り集まりて談合せしに、議論尽き
せず。遂に宗家、近衛三分家を率いて東遷を決す。残る分家も時を経て相争いて四
散するに至り、その地の跡は絶え果てぬ。-
(「枸橘家伝「宗家伝来記」写本」より抜粋。なお、枸橘家は鬼哭の血を引くとさ
れる旧家であるが、その真偽は不明)

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東風の章(愛華八歳)

 柔らかに吹き渡る風が優しい香りを運んでいく。桃の林一面に花が咲き、芽吹き
始めた若草が野を緑に染め上げている。長い冬を越えてようやく訪れた春に、谷間
は生命の歓喜に満ち溢れていた。森に向かう曲がりくねった小径を少女が走る。細
く小柄な身体はしなやかに躍動し、風が撫でる栗色の髪が金色に煌めく。少女は後
ろを振り向いて叫ぶ。
  「お姉さまー。早く早くぅー。」
  「ふふふ...愛華ちゃん、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ。」
  後ろからゆっくりと歩を進めている若い女性は、透き通った美貌に春風のような
優しい微笑みを浮かべている。黒目がちの大きな瞳に穏やかな光が宿る。
  「だってー、だって愛華、外のお客さんなんて珍しいんだもん。」
  「そうね...。でも愛華ちゃん、お父様のお客様ですからね。きちんとご挨拶しな
くてはだめですよ。」
  「はーい。」
  大きな声で返事しながら、再び走り出す少女。時折小径から外れては緑萌える野
原を駆け回ったり、若い女性の周囲を旋回したり、子犬のように片時も止まること
なく躍動を続ける。やがて二人は森の入り口にたどり着く。谷の出入口でもあるそ
こは、道の左右に険しい断崖がそそり立ち、正面には大きな石の門が聳え立ってい
る。村を守るその門は、頑丈な扉をぴったりと閉ざし、巨大な錠のついた太い鉄鎖
を厳重に付かせている。若い女性は鍵を取り出し、鎖の錠を外す。少女が渾身の力
で押すと、扉はきしみながらゆっくりと開いていく。森にはまだ冬が残っていた。
雪をかぶった針葉樹が連なる森の中暗がり。その中から、一人の男が歩いてくる。
おもむろに片手を挙げて二人に挨拶する。
  「や。」
  第一声はそれだけだった。大柄な身体。衣服の上からもはっきりと伺える逞しい
筋肉。目には射るような強い意志の輝きがあるものの、意外なほど穏やかな顔立ち
は微笑を纏い、まだ若い年格好にそぐわぬ悠揚迫らぬ態度を備えていた。愛華は無
意識にそっと姉の手を取ると、しっかりと握りしめる。
  「ようこそいらっしゃいました、剛蔵様。アイダの統領様の御曹司をお迎えでき
て光栄ですわ。」
  幼い妹の手を優しく握り返しながら、若い女性が艶やかに微笑み、淑やかに頭を
下げて挨拶する。
  「......いやはや、スメラの谷はなんと美しい受付をお持ちなことですか。」
  女性の美しさにしばし見とれた後、豪快に笑う男。無視された愛華がむかっ腹を
立てて抗議する。
  「受付じゃないもん。愛華とお姉さまのお父様は、スメラの統領なんだからー。
無礼は承知しないわよ。」
  その声で、男は漸く美女の側に立つ余録の少女に気付く。
  「あっはははっ、これはこれはちっちゃなお嬢さん、お見それいたしました。で
は、あなたがたは...」
  ほんの束の間の一瞥の後、男の視線が再び姉に向けられたのを見て頬を膨らませ
る愛華。
  「愛華、お客様に失礼ですよ、お控えなさい。...はい、私達は族長の娘です。私
は姫香、こちらは妹の愛華ですの。」
  愛華の頭を押さえながら、一緒に頭を下げる姫香。
  「おお、これは失礼しました。私は、アイダの族長の次男坊...剛蔵です。」
  威儀を正して改めて挨拶する剛蔵に艶やかに微笑む姫香。
  「父の許へご案内しますわ。愛華ちゃん、先に行ってお父様にお客様の到着をお
知らせしてきて頂戴な。」
  「......はぁい。」
  不承不承返事をした愛華は、剛蔵を見上げて思い切りあっかんべえをすると、村
に向かって走り出す。
  「も、申し訳ありません......」
  「いやいや...はっはっはっ。元気な妹さんですな。」
  「はい、今年八つになりますの。普段はもっとお行儀がいいのに...」
  「気にせんで下さい。姫様方を受付なんていった私がいけないのですから...」
  切れ切れに聞こえる二人の会話。小径を走りながら振り向いた愛華の目にも、並
んで歩く二人の姿は楽しげで、調和が取れているように見えた。

 その日の夕食後、愛華は姫香とともに、族長である父・獅郎と剛蔵の語らいに耳
を傾けていた。既に夜は更け、入浴と食事の満足感に浸る愛華は強烈な睡魔に襲わ
れてしきりに目をこする。その度に姫香は寝るように促すのだが、今夜は子供扱い
されるのが妙に悔しく、常になく頑なに頷かず、必死に目をこらして座っている。
  「......なるほど。あれから里にはお帰りになっておられぬのか。」
  「は、勘当同然となってもう八年......若気の至りで、お恥ずかしい限りです。で
すが、おかげで色々な体験ができましたから、後悔はしておりません。」
  「そうでしょうな。世界に散った鬼哭一族を全て訪問するなど、聞いたことがあ
りませんぞ。さぞや大冒険でしたでしょう。」
  「はは。最初から全部回ろうなどとは思ってもいなかったのですが...そのうちに
意地になってしまいまして...」
  「剛蔵様、ずいぶんと珍しい体験もなさったことでしょうね。お差支えなければ
...お聞かせいただけますか?」
  控えめに尋ねる姫香に白い歯を見せる剛蔵。
  「いやいやいや......姉姫殿のお尋ね恐縮です。そもそも宗家の他に十二あると伝
えられる支族が、果たして実在するのかどうかということについては、我が一族内
でも議論があったのですが...」
  姫香の美貌に見つめられて、酒も入った剛蔵の饒舌は拍車がかかる。そんな剛蔵
の高揚ぶりをふくれっ面で冷たく見つめる愛華。
  (...なによ、デレデレして。里の男達と全然変わらないじゃないの。愛華のお姉
さまなんだからねっ。ちょっかい出したら許さないんだから...)
  愛華にとって剛蔵の話は難解過ぎた。瞼が下がり、うつらうつらと船を漕ぎ始め
た愛華の耳に、途切れ途切れに聞こえてくる剛蔵の話は子守歌のように響く。
  「......で、スイス山中からはるばるとヒマラヤに向けて旅立った訳ですが、道中
難儀しました。」
  「......そういう訳で南米から南太平洋に向かったのですが、どの島なのか判らな
かったもので、仕方なくしらみつぶしに......」
  「......さすがに悩みました。そもそも聞く相手すらいない土地ですから。で、と
にかくもっと詳しい話は判らないものかとオーストラリア中を聞き回って......」
  「......その覚悟、見上げたものと心底感服しましたが、正直、我が一族がその選
択をしなくて良かったというのが本音で...ははははは......」
  いつの間にか、愛華は姫香の膝に頭を乗せて身体を丸くしている。姫香の優しい
手が頭を優しく撫たでる。すべらかに髪を梳いていく細くしなやかな指先がもたら
す甘い触覚。たちまちにとろけだした幼い心が、眠りの底へと落ちていく。

 しばらく愛華の家に逗留することになった剛蔵。数日後、彼は庭にそびえる大き
な樫の枝で微睡んでいた。昼下がりの穏やかな春の日差し。そよ風がゆるやかに吹
きすぎる。ふと顔に差した影に片目を開くと、正面に固い表情の愛華が立っていた。
  「よ。」
  大きく両手を突きだして伸びをする。その無防備さをにこりともせずに見つめる
愛華。
  「どうしたい、末姫殿。一緒にお昼寝でもするかい?」
  「聞いてもいい......?」
  「ああ、何でも聞いてくれ。スリーサイズでも初恋の相手でも...」 
  「......おじさんも、お姉さまが目当てなの?」
  硬い表情で愛華が尋ねる。
  「おじさんか......ははははっ、まだ若いつもりなんだがな......末姫殿から見れば
そうなっちまうかな...」
  苦笑してぼりぼりと頭をかく剛蔵。ついでに大あくびを一つ。
  「ごまかさないでよ。」
  舌足らずながら真剣な愛華の表情に、態度を改める剛蔵。
  「末姫殿...いや、愛華殿。姫香殿ほど臈長けた御方なら、さぞや里の若者にとっ
ては憧れの的でありましょうな。」
  「...そうよ。里の男はみんな食い付くような目でお姉さまを見るわ。愛華は...」
  愛華が大きく胸を反らす。
  「そんな男達が大っ嫌い。お姉さまは私が守るの。」
(...あの時だって、危なかったんだから...!)
  愛華はわずか数か月前の出来事を思い返す。冬の夕暮れ。雪の中、必死に逃げま
どう姫香。細い腕を掴む太い腕。薪炭小屋に強引に連れ込み、易々と衣服を引き裂
き、押し倒そうとする巨漢。背後から音もなく忍び寄った愛華が、巨漢の臀部に思
い切り短刀を突き刺す。絶叫。姫香の手を取って戸外に逃れる愛華の後ろから大き
な罵声が投げつけられる。
  一方、剛蔵は獅郎の言葉を思い起こしていた。
(...愛華が生まれてすぐに家内はなくなりましてな。姫香が母代わりに育てたよう
なものです...)
  ふっと微笑む剛蔵に、愛華が戸惑った表情を見せる。
  「愛華殿は、姫香殿がお好きなんですな。」
  「...そ、そうよ。お姉さまはずっとずっと私を守ってくだすったんだもの。私も
もう八つよ。これからは、私がお姉さまを守るわ。」
  「なるほど。さすがは族長の娘さんだけある。ご立派な心構え、感心いたした。」
  真っ正面から褒められて頬を染める愛華。
  「ふ、ふん。私に取り入ろうとしたって駄目なんだからねっ。」
  照れ隠しにぷいっと横を向く愛華に暖かい視線を向けながら、剛蔵が優しく語り
かける。
  「同じ一族とはいえ、俺はよそ者の居候だからね。派手に目立ってスメラの若衆
連の怒りを買うつもりはないよ。心配しなくていい。」
  「そ、そう...。それなら、いいけど...」
  一悶着を予想していた愛華は、剛蔵のあっさりした答えに肩透かしに逢った気分
になりながら、族長の娘らしく精一杯の威厳を示してみせる。
  「い、いいわ。殊勝な心がけね。素直さこそ、一番の美徳ですよっ。」
  「ははあっ、姫様。」
  大げさに頭を下げる剛蔵に、気を良くして、愛華は続ける。
  「あなた、思ったよりいい人なのね。お姉さまに手を出さないなら、な、仲良く
してあげてもいいかな。」
  「はっ、光栄です姫様。」
  思いがけず剛蔵から生真面目な瞳で真っ直ぐに語りかけられ、真っ赤になった愛
華が木から飛び降りる。

 夜。愛華は姉と入浴していた。愛華は湯船で暖まりながら、髪を洗う姫香の背中
を見ていた。愛華は姉のすらりと伸びやかでいながら、それでいてとろけそうに優
しい曲線を湛えた身体を見つめるのが好きだった。髪をすすぎ終わった姫香が濡れ
た黒髪を掻き上げながら愛華に振り向き、柔らかく微笑む。
  「お待たせしました。さ、愛華ちゃんの番ですよ。」
  愛華は姫香の前に座り、姫香の洗髪を受ける。もうとうに一人でも洗髪できたが、
愛華は姉に洗って貰うのを好んだ。細い指先からつたわる優しい刺激にうっとりと
目を閉じながら、愛華が尋ねる。
  「......ねえ、お姉さま。お姉さま、結婚したい?」
  一瞬手を止めた姫香は、次の瞬間何事もなかったように洗髪を続けながら、穏や
かに聞き返す。
  「どうしたの?急に。」
  「だって、みんな『女の幸せは結婚だ』って言うんだもん。お姉さまは今、不幸
なのかな?」
  姫香は背中から愛華の細い身体を抱きしめる。
  「お父様がいて、愛華ちゃんがいて......不幸なんてこと、ある訳ないでしょう?」
  抱きしめる姫香の腕に手を当てながら、か細く愛華が呟く。
  「う、うん...愛華、幸せよ。」
  「でしょう?私だってそうですよ。」
  「でも......もうすぐお姉さまの『婿取り』の儀式があるって......。好きな人を選
べない結婚でも、幸せになれるのかな?」
  「......族長の娘に生まれたなら、お婿さんを貰うのは仕方がないわ。でも...」
  愛華の耳元で、言い聞かせるように姫香が囁く。
  「愛華ちゃんは大丈夫。好きな人と結婚していいのよ。」
  愛華の手が姫香の腕を強く掴む。
  「愛華のことはどうでもいいの!愛華は、お姉さまに幸せになって欲しいのっ!」
  愛華の瞳から涙がこぼれる。井戸にかかる梢の上で聞いてしまった噂話が胸をよ
ぎる。
  「お姉さまは、...お母様が死んだせいで、愛華のことでずいぶん苦労したって...
みんな...」
  「そんなことないのよ、愛華ちゃん。」
  姫香が愛華を強く抱きしめる。
  「愛華ちゃんが私の妹で、本当に良かったわ。愛華ちゃんがいてくれたおかげで、
私はずーっと幸せだったのよ。」
  「ほ、本当?」
  「もちろんよ。私は愛華ちゃんと一緒ならいつも幸せ。それに...例え私が結婚し
ても...子供が生まれても...私と愛華ちゃんが姉妹であることには何の変わりもな
いのよ。ずっと、ずーっと、ね?」
  「...愛華も...愛華も、お姉さまがいれば幸せっ!」
  泡だらけの愛華が姫香に抱きつく。二人は湯殿の湯気に包まれていつまでも抱き
合っていた。

 桜散る夕暮れ時。愛華は家路を辿っていた。
  「まったく男ってのどいつもこいつも駄目駄目ね。口ばっかで一度だって愛華に
追いつきもしないんだから。」
  遊び相手の男の子達への不満をぶつぶつ呟いていた愛華は、並木道の欅のそばに
立つ二人を見て、そっと木陰に隠れた。
  姫香と剛蔵が何事か語らっていた。逢い引きという訳ではなく、他愛ない世間話
をしているに過ぎなかったが、愛華には夕闇に咲く白い花のような姫香の微笑みが
まぶしく映った。
  その夜。寝所で布団を並べて眠る姉妹。
  「お姉さま...もう寝た?」
  天井を見つめてぽつりと独り言のように呟く愛華。
  「なあに、愛華ちゃん?」
  姫香がこちらに顔を向けたのが判る。愛華は目を合わせず、視線を天井に向けた
まま囁く。
  「お姉さまは...好きな人がいるの?」
  姫香の忍び笑いが聞こえる。
  「うふふ...おませな愛華ちゃん。」
  「ねえ...どうなの?」
  「さあ...どうかしらね......」
  はぐらかすような姫香の声に微かな哀愁が含まれているのを感じる愛華。
  「もうすぐ『婿取り』でしょ。誰であろうと結婚しなければならないなんて...も
しも"バケボノ"が勝っちゃったら...!」
  あの雪の日の巨漢の醜い顔が愛華の脳裡をよぎる。
  「...それは仕方ないのよ、愛華ちゃん。」
  思いがけず強い口調に、思わず顔を傾けて姫香を見つめる愛華。闇の中に、姫香
の白い顔がくっきりと浮かんでいる。
  「お姉さま...」
  「愛華ちゃん。人は誰もね...思いどおりにばかり生きることはできないの。それ
に、儀式に参加するのは、私をお嫁さんに欲しいって思ってくれてる人だけなんだ
から。私を好きって言ってくれる人と結婚できるなら......それ以上贅沢を言っては
いけないわ。」
  統領になりたいだけの人だっているかもと反論しようとした愛華だったが、姉の
ことが嫌いな人間など里には皆無であることに思い当たり、不承不承沈黙する愛華。
  「そ、それは......で、でもでもっ......好きな人がいるのに、一緒になれないのは
悲しいことだわ。」
  「...そうね、おませさん。」
  姫香の声がいつもの優しさに戻った。
  「でも...好きな人と添い遂げられないなんてことは、良くあることよ。自分が相
手を好きでも、相手が自分を好きとは限らないんだもの。......それを悲しいという
なら......世界は悲しみで一杯......」
  歌うような姫香の声。しかし愛華は、姫香が泣いているように感じた。

 『婿取り』の儀式の前夜。愛華は剛蔵の部屋に忍び入った。天井裏から愛華が音
もなく部屋に降り立つと、剛蔵は布団の上に起きあがっていた。
  「八歳にして男の部屋に夜這いをかけるとは、末恐ろしい姫様だなあ。」
  「ち、違うわよっ!...あわわっ」
  大声を出しかけて慌てて自分の口を塞ぐ愛華。声を潜めて抗議する。
  「べべ...別にあんたなんか好きな訳ないじゃないっ。勘違いも大概にしてよね
っ。」
  「それは残念だな。では...なにかご用ですかな。」
  剛蔵の目が笑っていた。
  「そ、それは...あの...その...」
  口ごもる愛華の脳裡に、姫香の悲しそうな顔が浮かぶ。
  「ね、ねえ...剛蔵...さんは、明日の儀式には出ないの?」
  「ああ...『婿取り』の儀式かい?里の者は全員集まるってんだから、俺だって見
に行くさ。」
  「そうじゃないわよっ...もうっ...」
  いらだたしげに早口になっていく愛華。
  「剛蔵さんは参加するつもりないの?」
  「へ?」
  「だからぁ、お姉様の婿になるつもりはないのって聞いているの!」
  「ああ...」
  合点がいった剛蔵の顔に笑顔が広がる。
  「やっぱりおませな姫だなあ。心配しなくても婿取りには出馬しないよ。」
  「どどどどっ...どうしてよっ」
  「だって、愛華殿だろう?『お姉さまに手を出したら許さない』って言ったのは。
おっかないから言いつけはちゃんと守るよ。」
  「うううう~っ...!」
  自分の声色を真似されて怒り心頭の愛華。だが確かにそう言った記憶があること
から、かろうじて自制する。
  「じゃ、じゃあ...剛蔵さんは、お姉さまが嫌いなの?」
  「そんな訳ないだろう。」
  即座に剛蔵が答える。
  「あんな素敵な人を...俺じゃなくても、嫌いな男なんかいるもんか...ま、愛華殿
の次に好きかな。」
  意外な言葉に耳まで赤くなる愛華。
  「ちょちょ...ちょっとやめてよ、お世辞なんか...」
  「本当なんだけどなあ。」
  「わわっ、私は駄目よっ。そんな、まだ早いし......年も全然ちがうし......」
  「おやおや...それは残念。」
  「そそそそっ、そんなことよりもよ!」
  愛華が身を乗り出し、指を剛蔵に突きつける。
  「愛華はね、お姉さまに、好きな人と結婚して貰いたいのっ。」
  「おお、何と優しい姫様。」
  「だから...愛華が前に言ったことは撤回するわ。あんた、『婿取り』に出なさい
っ。」
  「へ?どうして?」
  「もうっ、鈍いわねっ!これだから男はまったく......この前だってさ......」
  愚痴愚痴モードに入りかけた愛華だったが、それどころではないことに気付いて
己を取り戻す。
  「いい?よっく聞きなさいよ。お姉さまはねえ、あんたが好きなのよ!」
  「え...ええええっ!」
  驚愕する剛蔵の大声に、慌てて口を押さえる愛華。
  「ちょっ...馬鹿っ!声が大きいわよっ」
  「むぐぐぐぐっ......いや、もう大丈夫だ、すまんすまん...。しかし、嘘だろう?」
  「こんなことで嘘ついてどうするのよっ。」
  「じゃあ、冗談とか洒落とか受け狙いの与太話とか......」
  「あ、あんたねえ......お姉さまが好きじゃないなら、そう言ってよ。アイダの里
に許嫁がいるとか......世界を回っていた時に土地土地に女ができたとか...」
  ぶはっ。剛蔵が激しくむせる。 
  「そそ...そんなものいないさ。それに...ひ、姫香殿が嫌いな訳がないじゃないか。
あんな素敵な女性を...」
  「じゃああんた、『婿取り』に出て、優勝しなさい。いい?絶対優勝するのよ。
愛華の命令ですからね。」
  「し、しかしなあ...。俺はよそ者だし...。」
  「私はお姉さまに幸せになって欲しいの。本当はこんなこと言いたくないけど、
お姉さまがあんたの事を好きなんだから、仕方がないわ。」
  「し、しかし...本当か?あの人が俺なんぞを...」
  「私だって驚きだわよ。びっくりよ。あわわわよ。けど......本当よ。あんたと話
しているときのお姉さまの瞳...とっても輝いているもの。あれは恋する瞳ね。」
  「う、ううむ...しかしなあ...どうも信じられんが...」
  「なによ、さっきからしかししかしって......」
  煮え切らない剛蔵の態度にいらだつ愛華。聡明な愛華は戦法を変えてみる。わざ
と気落ちした表情で弱々しく呟く。
  「でも......ま、仕方ないかな。『自分が好きな人が自分を好きとは限らない』っ
て、お姉さまも言ってたし......あーあ...お姉さまは好きな人に見向きもされずに、
泣く泣く嫌いな男の嫁にされてしまうのね......汰狼みたいなバケモノに。」
  「!!...ちょ、ちょっ、ちょっと待て...!」
  剛蔵が愛華の両肩をがっちりと掴むと、ゆさゆさと揺さぶりながら顔を覗き込む。
  「汰狼ってのはあれだろ...バケボノって仇名の、『曙』の家のあいつだろ...さす
がにあれはやばいだろうが。」
  剛蔵も滞在する間に大まかに里の人間模様は掴んでいた。
  「...そうよ。だからお父様も、愛華がまだ幼いからとか理由をつけて儀式を延ば
してきたのよ。でももう無理なの。乙名達がやいのやいのと煩いし...儀式の勝者が
婿になるのはしきたりだし...あなたが出なければ、きっと汰狼が優勝しちゃうわね。
可哀想なお姉さま。」
  「本当か...本当なんだな...確かなんだな...!」
  「な、なによ、ちょっと離しなさいよっ!乱暴はやめてよっ!愛華を信用しない
んなら、もういいわよっ」
  ぷいっと横を向く愛華。つんと形良く尖った鼻が天を指す。
  「まさか...姫香殿が俺なんかを...いやだがでもしかし...もし本当なら...本当なら
...それに...あのバケボノにだけは...」
  きっと天井を睨みつける剛蔵。殺気にも似た闘気が膨れあがっていく。
  「わかったよ...愛華殿。信じる。俺は儀式に出る。優勝する。姫香殿の婿になる。
愛華殿の義兄になる。」
  「そ、それだけはちょっと困りものだけど...でもいい?結婚してもお姉さまはず
っと愛華のお姉さまなんだからねっ。忘れないでよねっ。」
  「あ、ああ...姫香殿も愛華殿も大事にするさ...約束だ...。」
  不意に剛蔵が立ち上がる。
  「ぬうっ...こうしてはいられん。しばらく身体を怠けさせてしまった。鍛え直さ
ねばっ!」
  愛華の開けた天井板の穴へ飛び上がる剛蔵。
  「愛華殿、儀式で逢おうっ。しばし御免っ」
  言い捨てるとあっという間に姿を消す剛蔵。愛華はぽかんと口を開けたまま見送
った。

 「儀式」は翌日の正午から開催された。里の中央にある広場の正面には祭壇が作
られ、その手前に据えられた椅子には統領である獅郎と『花嫁』である姫香が盛装
して腰掛けている。愛華はきらびやかに着飾って一層美しさを増した姫香の背後の
席に、日頃に似ずおとなしくちょこんと座っている。広場の周囲は大勢の人々が囲
み、中央には、花婿となることを望む男達が並んでいた。
  「おいおい、池端のとっつぁんが出てるぜ。もう五十過ぎだってのに...」
  「森脇の小僧、まだ十四じゃなかったか?ったく色気付きやがって...」
  「まあ、姫香様を嫁にできるチャンスとあればなあ...俺だって独り者なら絶対...」
  見物人はがやがやと囁き逢いながら、儀式の開催を待っている。やがて日が天頂
に達したのを見計らって獅郎が立ち上がる。
  「待たせたな、皆の者よ...これより我が娘、姫香の婿を選ぶための儀式を開催す
る。姫香を嫁にと望む者は、中央に進み出よ。」
  既に希望者は出尽くしていたのか、群衆の中からは、男達の列に加わろうとする
者はなかった。
  「...もうっ、どうしたのかしら。始まっちゃうじゃない...」
  背後の愛華の呟きを耳にして、姫香が訝しげに振り向く。
  「どうしたの、愛華ちゃん?」
  「う、ううん、べべ別に何でもないの...」
  慌てて首をぶんぶん振って否定する愛華。あれから剛蔵の行方は知れなかったが、
朝の井戸端会議で、山奥から大きな山鳴りが聞こえたという話題が出ていたのは聞
いていた。
  「......では、以上の者達で争われることとなる。よいかな?」
  獅郎が最後の確認をとったまさにその時。
  「...った、待った、待った、待ったあっ!」
  一陣の疾風が里を駆け抜け、広場の人垣をひらりと超える。大柄な身体を軽々と
捻って着地するその姿は、戦闘用の短衣に着替えた剛蔵だった。観衆がざわめく。
  「あれは...?」
  「統領の客人だ。アイダから来た。」
  「暴れん坊で有名なアイダの統領の次男坊かい...!」
  剛蔵はすたすたと獅郎の前に進み出て、跪く。
  「遅くなってあいすいませぬ。アイダの剛蔵、儀式に参加すべく参上つかまつり
ました。」
  「......!!」
  観衆の間に声にならない驚愕が走る。
  獅郎の一瞬驚きの表情を浮かべたが、統領らしく即座に威厳を取り戻して厳かに
尋ねる。
  「汝は鬼哭一族ゆえ、無論参加の資格はあるが...勝ち残ればアイダを出てスメラ
に婿入りせねばならぬぞ。それでも良いのか?」
  ははあっと大声を発して剛蔵が深々と頭を下げる。
  「もとよりその覚悟。スメラの里こそ終の棲家と心に決めましてございます。」
  「むむ...まあ、それも勝ち上がってのことぞ。里の男共も、アイダ出身の汝には、
ことさらに戦意を燃やして来ようが...構わぬのだな?」
  「もとより承知。里の名花をよそ者にかっさらわれぬよう、ご注意あれ、皆の衆。」
  剛蔵の挑発に、居並ぶ男達から殺気が迸る。
  「......それでは列に加わるが良い。乙名達、儀式の進行を頼む。」
  獅郎が席に引き下がると、長老達が儀式を進行していく。男達も控えの溜に引き
下がっていく。
  「...ふう。」
  愛華が安堵のため息をつく。その気配に、姫香がぐるりと首を回して愛華を顧み
る。
  「愛華ちゃん...剛蔵さんに、何か言ったの?」
  姫香が目で睨む。
  「べ、別にぃ......で、でも良かったね、お姉さま。剛蔵さんはすっかりその気み
たいじゃない。」
  冷やかすような愛華の声色に、姫香の頬が上気する。
  「い、嫌だ...何をいうのよ、愛華ちゃん。」
  「うふっ。でも、勝負は時の運だもんね。誰が勝つかなんてわかんないよ。」
  「そ、そうね...そうよね...。」
  すっかりどぎまぎして妹をたしなめることも忘れた姫香が、耳まで真っ赤にした
顔を広場に向ける。
  (......やっぱり愛華のお見立てどおりね。お姉さまは剛蔵さんが好きなんだわ。)
  それまでの姉の仕草や表情から確信があったとはいえ、愛華はほっとため息をつ
く。
  (...もし間違いだったら、色々面倒だもんね。)
  足をぶらぶらさせながら、ことさらにはしゃいでみせる愛華。
  「そろそろ始まるわよ、お姉さま。もうドッキドキね!?」

 儀式は始まった。二組が相戦い、勝ち抜いていくトーナメント戦だった。
  「武器の使用と殺害にいたる技以外の全てを認める。己の技量を駆使して全力を
尽くせ!」
  審判を務める乙名の宣言とともに、戦いの幕は切って落とされた。常人の計り知
れない戦闘力を有する鬼哭一族同士の戦いは、常識を遙かに凌駕するものだった。
凄まじいパワーとスピードによる肉体のぶつかり合いに加えて、互いが駆使する属
性技の激突は、観衆が闘技場の周囲に張り巡らせた強固な結界すらもしばしば揺る
がした。その中にあって、剛蔵の強さは群を抜いていた。
  「ぬうりゃあっ!!」
  相手の放った火箭をかいくぐった剛蔵の拳が腹にめりこむ。上空に吹き飛ばされ
た男は結界にぶつかり、落下する。受け身もとれずに地面に叩きつけられ、ぴくり
とも動かない様子に、審判が勝ちを宣する。
  「勝負ありっ!勝者剛蔵!」
  「すごーい!」
  愛華が一際大きな喝采を送る。
  「見た見た、お姉さま?。剛蔵さんはこれで準決勝進出よ。それに属性技も使わ
ないなんて。」
  「そ、そうね...。」
  姫香が言葉少なに答える。
  「...でも、うちの里の連中もだらしないなあ。」
  「あら、愛華ちゃんは剛蔵さんが勝つのが嫌なの?」
  「そうじゃないけど......私は強い人が好き。それに、戦には絶対勝たなきゃ。」
  「まあ。じゃあ、愛華ちゃんはどういう人と結婚したいのかしら?」
  「けけけっ...結婚なんて、まだ考えてないわよ。」
  大慌てで両手を振る愛華。
  「でで、でも...そうね...私より強い人なら...考えても...。」
  「じゃあ、剛蔵さんなんかいいんじゃなくて?」
  先の敵討ちとばかりにからかうような姫香の声。愛華はむきになって反論する。
  「ごごご、剛蔵さん?そ、そりゃちょっとはできるみたいだけど...あんな人、愛
華がもう少し大きくなったら、ちょちょいのちょいよ!」
  「まあ、そうなの?それじゃ愛華ちゃんの旦那さんになれる人は、なかなかいな
いわね。」
  いたずらっぽい表情で姫香が笑う。
  「そそ、そんなことないわよ。きっといつか素敵な人がペガサスに乗って...でも
でもっ、愛華は負けないんだから!」
  「まあまあ...」
  「.........二人とも。もうすぐ決勝戦だよ。」
  仲良くはしゃぎあう姉妹の様子を目を細めて眺めていた獅郎が、祭壇の向こうか
ら咳払いする。慌てて広場に注目する二人の前で、剛蔵が巨漢と相対していた。
  「...はあ。やっぱりバケボノだよ。」
  里の東端にあって最も暁に近い家ということから「曙」という美しい屋号を持つ
家の出身の男。だが、その名とうらはらに醜い容貌の巨漢は、以前から儀式優勝の
最有力候補と噂されていた。しかし、傲岸かつ陰湿、執拗かつ残忍な性格の彼は全
く人望がなく、またひどい好色漢でもあったので、周囲とは常に諍いが絶えず、鼻
つまみ者としてこれまで村八分に近い扱いを受けてきていた。このため、姫香を娶
って晴れて統領の座を獲得できるこの機会だけを望みに、周到に準備をしてきたの
だった。愛華は無論のこと、誰にでも優しい姫香さえも、汰狼の行状だけには眉を
顰めていた。
  「やっぱり勝ち残っちゃったね、あいつ。参ったなあ...バケボノなんかが義兄さ
んになるなんて、絶対嫌っ!」
  「......そんなことを言っては駄目よ、愛華ちゃん...」
  そう言う姫香の表情もみるみる曇っていく。誰にも言わなかったが、姫香はこれ
までに何度も汰狼に言い寄られたり身体を触られたりしたことがあった。先だって
などは、愛華に助けられなかったら本当に危ないところだった。さすがの姫香も汰
狼だけは嫌悪の情を隠せなかった。
  「大丈夫よっ、お姉さま。剛蔵さんが勝つわ。愛華にはわかるの。」
  強いて明るい声を出して姫香を励ましながら、愛華は胸の中で叫んでいた。
  (...頑張って、剛蔵さん...!。)

 「勝負、始めいっ!」
  両腕を空高く上げてことさらに巨体を誇示しながら、汰狼が剛蔵に迫っていく。
  「お、お前を倒せば...ひ、姫香は俺のものなんだな...ひっひひ...た、たまんねえ
...。」
  口の端から涎を流しながら聞き取りにくい声で呻く汰狼。先ほどまで姫香の身体
を舐めるように見つめていた三白眼が、ひたと剛蔵を睨みつける。一人よがりに何
を空想していたのか、勃起した股間が異様な盛り上がりを見せている。眉を顰める
剛蔵。
  「よ、よそ者は...死ねや...ぎひゃっ!」
  汰狼が予想外の早さでダッシュすると、左右の拳で連打を叩き込む。ひらりとか
わす剛蔵に膝蹴りが襲いかかる。両腕でブロックする剛蔵。両者の肉体が広場の中
央でがっきとぶつかり合う。圧倒的な巨体の一撃にも微動だにしない剛蔵。
  突然、間合いを一気に離した汰狼が、素早く拳で地面を撃つ。突如剛蔵の周囲の
地面から槍のような鋭い岩が無数に立ち上がり、剛蔵を貫く。
  「...!!」
  観衆から声にならない驚愕が発せられる。一瞬早く宙に飛んだ剛蔵が、竜巻を身
に纏って中空から汰狼を見下ろす。
  「おいおい...尖岩槍突破は地の必殺奥義だろう。ルール違反じゃないのか?」
  観衆がどよめく。
  「おお...風舞術だ!」
  「風の奥義だ...」
  審判が表情も変えずに宣告する。
  「汝も風の奥義を用いている以上...相殺とみなし、続行っ!」
  「技の性質が全然違うだろうがっ...ホームタウン・デシジョンってやつかよ...ま、
仕方ないかあ。」
  舌打ちをしつつトンボを切って軽やかに地上に降りる剛蔵。汰狼が下卑た薄ら笑
いを浮かべて、指を曲げてかかってこいとの仕草をする。
  「それじゃ、こっちも本気で行くぜ。お前さんが婿じゃあ、姫香殿があまりに不
憫だしな。」
  憤怒の表情に変わった剛蔵が奥義を繰り出すより早く、剛蔵が右の拳を身体に引
きつける。周囲の風が急速に右腕に集まっていく。
  「いくぜ...真空殲風衝!」
  汰狼に向けて正拳を突き出すと、横様の竜巻が迸る。あっという間に汰狼の全身
を包み込んだで巨大な竜巻となると、そのまま天高く巨体をすくい上げていく。激
しく結界にぶつかる汰狼の巨躯。大竜巻は結界すらも突き破って汰狼を遙か彼方に
放り投げる。
  静まりかえった広場。顔色を変えた審判が反則を宣しようとするのを制して剛蔵
が叫ぶ。
  「俺の勝利に異存が有る者は誰でもいい。かかってこい!全員まとめて相手にな
ってやるっ!!」
  全身が膨張するかのように、剛蔵の闘気がみるみる膨れあがっていく。返事をす
る者は誰もいなかった。なお何事かクレームをつけようとする審判の乙名を制して、
獅郎が宣言する。
  「勝負ありっ!優勝者剛蔵っ!!」
  わあっと大歓声が上がり、人々が広場に駆けていく。剛蔵の肩といわず腕といわ
ず、激しく全身を叩いて手荒に祝福する。
  「やった!やったよお姉さま!ねっ、愛華の言ったとおりでしょ?」
  はしゃぐ愛華と手をとりあって、姫香も飛び跳ねる。輝く瞳。薔薇色に上気する
頬。愛娘が本当に喜んでいることを確認して、獅郎が満足そうに頷いた。

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-キコクと名乗る一族の出自は現在のところ不明である。字として「鬼哭」を当て
ているが、漢字文化圏に入ってきたのは後世のことではないかと考えられる。異端
の古文書の一に言う、「キコクは古来和歌山に漂着したる民であり、もってこの地
をキコク-紀国と名付けたるものなり。」と。その真偽は不明であるが、外界から
訪れた一族であれば、世界各地に何らかの遺跡が残っていたり、或いは一族の末裔
が現存する可能性もあるといえよう。それらを発見することは、我が皇国にとって
戦略上......(以下破損により解読不能)-
(帝国陸軍参謀本部付属特殊技能開発研究所編・機密指定文書「鬼哭一族に関する
解明事項・第五回中間報告」より抜粋)

-我々が救出に成功した時、彼は極度の興奮状態に陥っていた。譫言のような言辞
を整理して要約すると、概ねこういう内容であった。
  「俺は確かに見た。軽装の男が氷原を歩いていくのを。驚いてこっそり後をつけ
たら、氷原の真ん中で跪いて氷の中を覗き込んでいたから、俺も見てみた。すると、
氷の下に何十体か数も知れぬ人間の身体が横たわっていた。」-
(某国南極越冬隊員の日記より抜粋。なお、同日記の後日の記載によれば、上気発
言を行った隊員は精神疾患と診断され帰国処分となったものの、直後に基地を脱走
して以後消息不明との由)

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青嵐の章(愛華十二歳)

愛華の日記より

○月×日
  今日、私は女になった。お姉さまはやけに喜んでお祝いしてくれたけど、私はあ
まり嬉しくない。うっとうしいし、気分も良くない。こんなことがずっと続くなん
て、憂鬱。子供を産める身体になったっていうけど、私は子供なんか産むつもりは
ない。私は強くなりたいのに。もっともっと強くなりたいのに。お父様も、お姉さ
まも、ちっちゃな璃音も、そしてあの人さえも守れるくらい......

○月×日
  同世代の男の子達は、前から幼稚だと思っていたけど、本当にだめだ。私を捕ま
えることすらできない。戦士に男も女もないけど、弱い男なんて何の役にもたたな
いじゃない。スメラは尚武の里なんだから、ちゃんと修行して強くなるべきだ。ア
イダから来たあの人のように。

○月×日
  今日はお祭り。宴会の席で、お父様とあの人が議論していた。私にはよくわから
ないけど、けんかではなくて、鬼哭一族の今後についての言い合いらしい。スメラ
の里は、昔から最終戦争の時に神の側について戦うために力を磨いているって聞い
ている。あの人は、宗家をはじめ、スサやアイダにもスメラと同じ方針を勧めるべ
きだと言っていた。お父様はそれぞれの里にはそれぞれの事情があると言って、気
が進まないみたいだった。あの人はアイダ出身だから、やはりアイダの行く末が気
になるのだろうか。私は他の一族にも、一族以外の人間にもまだ逢ったことがない
から良くわからないけど。

○月×日
  今日、バケボノを見かけた。断崖で修行をしていたら突然現れたのでびっくりし
た。あの人に負けてから、口の悪い男の子達に「マケボノ」なんて囃し立てられて、
里を逃げ出してから長い間姿を見せなかったけど、やっぱりまだ里の周辺にいたん
だ。何となく危ない気がして隠れてやり過ごしたけど、相変わらず醜い顔と肥満体
だった。一心に前だけを睨みつけて歩いていたけど、目がやけにぎらぎらと輝いて
いた。そういえばあいつ、お姉さまに気があったんだ。お姉さまが、ある日衣服を
乱して泣きながら帰ってきたのを思い出す。危なく逃げたそうだけど、それからは、
誰にでも優しいお姉さまも、あいつにだけは近づこうとしなかった。今度逢ったら
油断しないようにしよう。

○月×日
  スサの使者とかいう人が来た。今夜はまだ宴会の最中だけど、挨拶が終わったら、
子供は寝る時間だと追い出された。早く大きくなりたい。族長の娘として、一人前
の戦士として、あの人からも一目置かれるように。

○月×日
  スサの使者からの話があるというので、みんな広場に集まった。その人が言うに
は、宗家の一族の長は、一族の滅亡を決定し、スサの一族もそれに倣うのだという。
自分はそれを伝えに来た。スメラとアイダがどうするかについては、それぞれが決
めることであるが、我々は今後数十年かけてゆるやかに消滅していくことになるだ
ろうと言っていた。どういうことなのかよくわからない。あの人に聞いたら教えて
くれるだろうか。

○月×日
  久しぶりにお姉さま一家が来る。璃音ももう二歳。可愛くてしかたがない。私が
生まれた時にお姉様は十二歳で、ずっと私を育ててくれたのだ。そう思えば、私が
璃音の世話を焼いてもおかしくはない。子供なんて嫌いだけれど、璃音だけは別。
璃音を見ていると、子供を産むのもいいかなと思ってしまう。どうして私は璃音が
好きなのだろうか。私のめいだからだろうか。私が璃音をかまっていると、お姉さ
まがすごく嬉しそうにしているからだろうか。それとも......あの人の血を引いてい
るからだろうか。

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 中天からの強い日差し。飛沫が光にきらめく急流で、愛華が人魚のように流れを
遡る。一緒に泳いでいた少年達は遙か後方に置き去りにして、愛華はひたすら上流
へ上流へと遡っていく。岩の狭間から激流が迸る源流に辿り着いた愛華は、大きな
岩場で身体を休める。すらりと伸びた手足を奔放に広げて平たい岩の上に横たわる。
薄物を透して夏の太陽が冷えた愛華の身体を暖めていく。日焼けを気にすることも
なく、その心地よさにうっとりと目を閉じる愛華。
  (気持ちいい......)
  ころんと寝返りを打ってうつぶせになる愛華。頬を岩肌に押し当てる。
  (義兄さん......首尾はどうかしら......)
  今朝早く、剛蔵は近衛の戦士隊を率いて狩猟に向かっていた。野外演習を兼ねた
恒例の行事だったが、里人が総出で見送るのは珍しかった。
  (義兄さんも、すっかり里に溶け込んだわね。)
  結婚当初は里の者にも気兼ねや距離感があったものの、剛蔵の豪快で大らかな性
格はすぐに若者たちの心を引き付けた。そして、他里の者が若統領となったことに
いい顔をしていなかった気難しい乙名達も、スメラに溶け込もうとする剛蔵の努力
を認めずにはいられなかった。その影に、里人全てに慕われている姫香の多大なる
内助の功があったことは言うまでもない。
  荒ぶる魂を鎮めかねた若き日の剛蔵は、好奇心と野心のおもむくままに里を飛び
出し、世界中を放浪したが、その間の多くの人との出会いや体験が、その性格から
圭角を取り去り、代わりに寛容さや包容力を身につけさせていった。そして、剛蔵
は姫香と出会って、これまで決して満たされることのなかった心の渇き-すなわち、
真の愛を得ることができたのであった。
  姫香は完全に心を委ね切れる強く優しい男を、剛蔵は自分を包み込む深い愛を得、
相互に信頼と敬意で強く結ばれる理想の夫婦関係を築いていた。
  (......ったく、子供もできったってのに、いつまでもお熱いんだから......)
  二人のことを考えると自然と苦笑が漏れる。いつまでも新婚のような初々さを残
す剛蔵と姫香だった。だが、愛華にも、二人が相互に深く尊敬し、思いやっている
ことは容易に見て取れた。
  (......ま、お似合いの夫婦ってことなのかしらね......)
  再び仰向けになった愛華は、いつしか軽やかな寝息を立てていた。

 どれほど時間が経過しただろう。ふと日差しが翳り、微かな寒気を感じて愛華が
目覚める。太陽を覆っていたのは、雲ではなかった。
  「あっ...!」
  醜く膨れあがった顔が愛華の眼前にあった。剛蔵との戦いの後、里を逐電した汰
狼が、冥い瞳に獣欲を滾らせて愛華の寝顔を覗き込んでいた。
  驚いて逃れようとする愛華の両腕を、汰狼の手が掴み締める。磔にされたように
岩の上で両腕を広げさせられる愛華。
  「ぐふうう...」
  汰狼の目が細められる。どうやら笑ったようだ。半開きとなった巨大な口からは、
強烈な口臭とともに大量の涎がこぼれ落ちる。汰狼がぐんぐん顔を近づけていく。
  まさに唇を奪われようとする寸前、愛華は勢い良く両膝を折って胸元に引きつけ
ると、つまさきを伸ばして一気に上空に向けて突きだす。見事に汰狼の鳩尾を捉え
たつま先が天に伸びる。
  「ぎょえええっ」
  奇声とともに汰狼の巨体が宙に舞う。
  「ぐおえっ」
  宙を一回転岩に叩きつけられる汰狼の傍らで素早く立ち上がった愛華は、青ざめ
た顔ですぐさま逃走に入る。
  「ぐおうっ...蔦絡根縛陣!」
  背後からの吠えるような汰狼の叫び。同時に愛華の周囲の岩が突如硬度を失って
ぐにゃりと溶け出すと、触手のように愛華の手足に絡みついていく。
  「!!」
  がんじがらめに縛められる愛華。だがその一瞬後、愛華は岩の触手をふりほどく
と再び駆け始める。自分同様、愛華も地の属性であることを悟った汰狼が、地響き
を立てて追いかけ始める。

 愛華は疲労困憊していた。逃げる先々で大地は裂け、草木は絡みつき、岩が槍の
ように突き上げてくる。そのことごとくを中和し、無効化してきたものの、注意力
と精神力を大きく割かれた愛華は逃走に集中できず、後ろから迫ってくる汰狼との
距離はどんどん狭まっていく。里に入る手前の最後の岩場で、ついに汰狼の右手が
愛華の右腕を捉える。そのまま愛華の身体を空中で振り回すと、思い切り岩場に叩
きつける。
  「きゃああああっ!」
  愛華の悲鳴に興奮した汰狼は、残忍な笑みを浮かべるや、繰り返し愛華の身体を
岩に叩きつける。やがて愛華が気を失って動かなくなったことに気付くと、岩場に
放り出し、乱暴に薄物を引き裂いていく。まだ幼いながらも、徐々に女性らしさを
示しはじめた、早春の蕾のような華奢な全身が露わにされていく。無惨にも身体の
あちこちから鮮血を滲ませた華奢な身体は、人形のようにぴくりとも動かない。
  「ぐへへへへっ...あ、愛華も...いい感じになってきたじゃねえかあ...」
  下卑た哄笑を発しながら汰狼が愛華の全身に視線を走らせる。
  「昔、邪魔をした報いだぜ...ひ、姫香の代わりに...おめえをいただいてやるぜ...
ありがたく思いな...ひぇっへっへ...」
  汰狼の太い指が伸び、愛華の幼い肢体をまさぐり始める。薄い愛華の胸を無理矢
理に揉み込んでいく。二本の指で小さな乳首をつまむと、こりこりとこねくり回す。
やがて汰狼はゆっくりと分厚い唇を愛華の顔に近づけていく。
  「んん......んっ......!!...んんんんっ!」
  息苦しさに意識を取り戻した愛華は、珊瑚色の小さな唇に汰狼の醜い唇が強く押
し付けられているのに気付く。奪われてしまったファーストキス。それどころか、
汰狼の巨大な蛭のような舌は、真珠の粒が並んだような歯列をこじあけて、愛華の
口腔内に侵入しようとしている。
  「んんっ...んむうっ...!」
  不気味な感触に怖気を震いながら、必死に手をつっぱらせ、顔を背けて汰狼から
逃れようとする愛華。だが、何度も岩に叩きつけられた全身には打撲による鈍く重
い痛みが走り、力が出ない。汰狼の巨体ががっちりと押さえ込まれた身体はびくと
もしない。やがて力尽きた愛華の顎を強引に押し開いて、汰狼の舌がぬるりと口腔
内に入り込んでいく。柔らかな口内をはい回る汰狼の生暖かい舌の気味の悪い感覚
に、全身に鳥肌を立てながら必死に噛みつく愛華。だが、おそろしく強靱な汰狼の
舌は、愛華の歯などまったく通用しない。やがて愛らしい舌を絡め取られると、激
しく吸われてしまう。激しく乱暴な汰狼の舌技に、意識を失いかける愛華。だが、
その時おびただしく溢れ出した汰狼の唾液が口内に注ぎ込まれていくのに気付い
て驚愕のあまり目を見開く。たちまち愛華の口腔を一杯にしてしまう粘液。汰狼は
愛らしい鼻を残忍に摘む。呼吸を止められた愛華には、抵抗する術は何もなかった。
か細い喉が痛ましく動く。汰狼は、異臭を放つ己の粘液が愛華の喉を下り落ちてい
ることに気づき、満面の笑みを浮かべる。内臓まで犯されるようなおぞましさに、
ぎゅっとつぶった愛華の瞳から涙が溢れ出す。

 窒息寸前になった頃に漸く唇を解放され、大きく胸を上下させて必死に酸素を求
める愛華。その隙に、汰狼は愛華の身体を抱きしめると、痛々しいほどに可憐な乳
首に吸い付く。 
「!!...やあっ!...やめてっ!」
  身悶えして逃れようとする愛華の必死の抵抗ぶりを楽しみながら、思いもかけぬ
繊細さで乳首を唇で挟み、歯を当てて転がし、舌で弄ぶ。汰狼の喉が、獲物を仕留
めた猫科の野獣のように大きく鳴る。上気した頬を必死に振る愛華。
  「ぐえへへへっ...泣けっ...喚けっ...ひえっへっへっへ...」
  やがて汰狼が愛華の両脚を開きにかかる。必死に膝をとじ合わせようとする抵抗
感を楽しみながら、愛華のはかない努力を嘲笑うように両腕で力一杯開いていく。
青白さが残る痛々しいような下肢が、引き裂かれるように目前に晒される。
  「いやああああっ!!」
  あまりの羞恥に消え入りそうな悲鳴をあげる愛華。花園を覆う早春の春草はまだ
まだ淡く、痛々しいまでに初々しかった。両腕でしっかりと愛華の下肢を固定しな
がら、満面に好色の笑みを浮かべながら愛華の花園に顔を近づけていく汰狼。
  「ぐへへへへっ...」
  愛華の羞恥に染まった顔を満足げに見つめるや、股間に顔を埋め、深呼吸して少
女の秘密の匂いを胸一杯に吸い込む。さらに、膨れあがった醜い鼻をぐりぐりと花
芯にこすりつける。
  「嫌ぁっ!嫌あぁっ!お願い離してっ...!!」
  必死に首を振って哀願する愛華に頓着せず、巨大な唇をふたひらの花弁にぴたり
と吸い付かせる汰狼。その内部からは膨れあがった舌が這い出して、秘密の唇を執
拗になぞり、微妙な振動を加えて弄びながら、愛華の胎内への侵入の機会を伺う。
遂に、わずかに開いた花弁の隙間。すかさず巨大な蛭のような青紫の舌が入り込ん
でいく。
  「!!...いやああああっ!!だめええええっ!!」
  あまりの恥辱に泣き叫ぶ愛華。闇雲に振られる顔が深紅に染まり、涙が次々と溢
れ出す。委細構わず、欲望のおもむくままに華奢な少女を陵辱し続ける汰狼。
  やがて、口唇愛で愛華の股間を汚し尽くした汰狼が半身を起こし、改めて愛華の
身体を抱え直す。力なく開いた愛華の両脚の間に巨大を押し込むと、高々と両脚を
肩に担ぐ。そそり立つ巨根は、愛華の細い身体を二つに引き裂きかねないほどの威
容を見せて、滲み出した粘液にてらてらと妖しく輝いている。
  初めて受ける野獣のような陵辱に、息も絶え絶えとなっていた愛華が、その汰狼
の欲望のシンボルを一目見て瞳を一杯に見開く。
  「た...助けてっ!誰かっ!誰かあっ!お父さまぁっ!お姉さまぁっ!」
  「ぐへっ、ぐへっ...む、無駄なんだなあっ...ぐへへっ!」
  悲痛きわまりない愛華の悲鳴すら心地よく聞き流しながら、汰狼の凶器がぴたり
と愛華の花弁に突きつけられる。あまりのおぞましさに全身を震わせる愛華。
  「ぶへへへへ...さあ、いくぜえ...愛華ぁ...」
  暗黒の絶望に掴み締められた愛華の心が、最後に"あの人"の名を叫ぶ。
  「助けてっ!義兄さん!...剛蔵さんっ!剛蔵さああんっ!!」
  愛華の最後の絶叫をせせら笑う汰狼が腰を突き出そうとする。だが、奇跡は愛華
のために訪れた。

 「ぶほうううううっ...!!」
  愛華の小さな身体にのしかかっていた汰狼が横様に吹き飛び、ごろんごろんとド
ラム缶のように転げ回りながら離れていく。
  涙に濡れて滲む愛華の視界に、待ち望んでいたその男が飛び込んできた。
  「大丈夫か、愛華!!」
  瞬間、助かったという実感が涌く間もなく、愛華が剛蔵の胸に飛び込み、しがみ
つく。
  「ようし、よしよし...もう大丈夫だぞ...大丈夫だ。」
  剛蔵も愛華の身体を抱きしめ、優しく頭を撫でる。逞しい剛蔵の身体に抱かれ、
愛華の全身に安堵感が染み渡っていく。
  「立てるかい、愛華?ようし、いい子だ。ちょっとだけ待っててくれよ。お仕置
きをしてくるからな。」
  壊れ物を扱うようにそっと愛華の身体を地面に降ろす。
  「じゃ、すぐ戻るからね。」
  そっと頭をひと撫でし、この上なく優しい笑みを愛華に残した剛蔵がくるりと身
体の向きを変える、遙か先でようやく身体を起こした汰狼に向けられた剛蔵の顔は、
鬼神そのものだった。
  「ぶっ、ぶへっ!」
  剛蔵の憤怒に恐れをなした汰狼が逃走に入る。だがその直後、汰狼の前には剛蔵
が立っていた。朱に染まった顔は阿修羅と化している。
  「や...やってないっ!まだやってないんだっ!だっ...だからっ!!」
  必死に言い訳する汰狼の腹に剛蔵の右腕が深々とめり込む。
  「ぶっ!...ぶほっ!!」
  たまらず膝をつく汰狼の顎を、剛蔵の渾身の左アッパーが捉える。
  「ぶはあああっ!!」
  奇声を上げながら軽々と宙を舞う巨体。数回の縦回転の後、頭から地面に突っ込
む汰狼。地響きとともに周囲が揺れる。
  「『やってない』か...やってたら八つ裂きにしてたところだぜ。二度と愛華に...
そして里に近づくな。いいなっ!!」
  完全に戦闘力を失った汰狼の胸元を左手で掴んで引き摺り上げると、弓を引くよ
うな剛蔵の右の拳が汰狼の顔面に叩き込まれる。
  「ぶぎゃひへええええっ...!!」
  凄まじい勢いで再び地面を転がった汰狼は巨木にぶつかり、それを根本からへし
折ってようやく止まる。うつぶぜに倒れた身体はぴくりとも動かない。
  怒りを鎮めるために肩で何度か息をした剛蔵が、くるりと愛華に振り向く。その
表情は、穏やかないつもの剛蔵のものだった。
  「お待たせ、愛華。野暮用は済んだよ...おやおや、血が出ているじゃないか。こ
れは大変大変っ。」
  呆然と佇む愛華を両腕で優しく抱え上げる。
  「そおれ、お姫さまだっこだ。すぐにお姉ちゃんに手当して貰おうな。それ、急
げや急げっ。」
  わざと剽げた態度の剛蔵の優しさに全身を包まれながら、愛華は剛蔵への思慕が
はっきり恋に変わったのに気付き、そっと目を閉じる。
  (...ごめんなさい、お姉さま。愛華は気付いてしまいました。愛華は...私は、剛
蔵さんのことが好き...大好きなのっ!!)
  里に向かって軽やかに疾走する剛蔵は、一粒の涙が愛華の頬を流れたのに気付か
なかった。
 
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-アスタロト卿「鬼哭という恐るべき戦闘集団が我々に与える脅威と及ぼす影響に
ついて、卿は首相としてどのように認識しておられるのか伺いたい」
  ベルゼバブ卿「鬼哭一族の処遇はこれまで常に我々の懸案事項であり、今後のそ
うであろう。最終戦争に際して彼らが我々か敵かのどちらかに付くことは、彼我の
パワーバランスを大きく崩すことになりかねない。我々としては、彼らを味方に引
き込むべく努力しつつ、最低でも中立を守らせなければならないものと考えている。
最高裁長官たる卿の賛同と協力を心より期待する」-
(「地獄帝国第666回元老会議議事録」より抜粋)

-......地上で入手したオルタネート・メタルとその周辺技術を応用することで、メ
タモルフォーゼの障害となっていた諸々の要素を排除し、純化することとし、その
結果、実験対象K-S01-AT号は、不要要素を「封印球」に排出することで、
計算通りデビルサイダーへと変貌を遂げた。
  ただし、今回の成功事例について留意すべきは、対象となったK-S01-AT
号が、当初よりその形質内の大半がD因子で占められ、G因子をほとんど有してい
なかった点である。本来D-Gバランスが均衡しているはずの当該種族におけるこ
の形質異常については、長年にわたる近親婚の影響などが推測されるものの、現段
階では仮説の域を出るものではなく、なお詳細な観察が必要である。そのため、今
回成功の実験の有効性については、今後なお慎重な検証が必要であることを注記し
ておく。
  K-S01-AT号については、すでにベルゼバブ陛下から引き取りたいとの要
請が来ていることから、地上での運用試験の後、結果良好であれば再調整の上、進
呈を予定している。なお、使用済の「封印球」については、土台となったオルタネ
ート・メタルの有する興味深い性質からして、今後何らかの現象が発生することが
予想外されるものの、一方で不慮の災厄も予想されることから、帝国領内に留める
のは危険と判断した。陛下のご賢察により、地上に向かうK-S01-AT号に携
えさせ、廃棄させることとする。-
(パラケルスス博士著「偉大なる実験記録」第64巻より抜粋)

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野分の章(愛華十六歳)

 「ちょっと天気が心配だわ。延期したらどうかしら?義兄さん...」
  「なあに、璃音も鬼哭の子だ。心配いらんよ愛華。」 
  「あなた、璃音のこと、よろしくお願いします。」
  「大丈夫大丈夫。璃音ももう6歳だもの、な?」
  「うん、大丈夫だよパパ!」
  「璃音、いい子にしているのですよ。パパを困らせてはだめよ。」
  「はーい、ママ。璃音いい子にしまーす!」
  「はっはっは、璃音はいつもいい子さ...じゃ、行ってくるよ姫香。」
  「お気をつけて...あなた。お帰りをお待ちしています。」
  「...ああ!」
  「行ってきまーす、ママ、愛華おねえちゃま!」
  「行ってらっしゃい、璃音。」
  「...行って...らっしゃい......」
  秋の日差しが降り注ぐ中、剛蔵は璃音を肩に乗せ、次第に強くなる気配をみせる
風の中、頼もしい足取りで枯葉の舞い落ちる森の奥へと歩いていった。二人の姿が
見えなくなった後も、いつまでも森をみつめている姫香の横で、愛華も静かに佇ん
でいた。

 (...とうとう...行ってしまった...あの人が...)
  愛華はともすれば溢れそうになる涙を必死にこらえていた。せいぜい一か月の不
在。それなのにどうして別れたばかりの剛蔵がこんなにも恋しいのか。愛華は、も
し姫香がそばにいなければ、身体を大地に投げ打って慟哭したいほどの寂寥感に囚
われていた。だがその外見は、そんな心の裡を一切見せないままに、表情一つ変え
ずにただ立ちつくしていた。
  剛蔵にとっては、久しぶりの里帰りだ。アイダの里は、出奔以来勘当同然だった
が、最近になって父である統領が病に倒れて隠居し、代わって幼少の頃から仲の良
かった長兄が新統領となっていた。これを機に、父との和解と、孫でありアイダと
スメラを結ぶ絆でもある璃音の披露、そして何より兄と今後の両一族の行く末につ
いての協議を行うことが、今回の旅の目的だった。
  「......帰りましょう、愛華ちゃん。」
  長い時間の後、ようやく姫香が森への扉を閉ざした。快晴だった空には、次第に
厚い雲が重なり、吹く風はその強さを増していた。里に帰る道すがら、愛華が姫香
に尋ねる。
  「なんだか雲行きが怪しいわね。お姉さま、二人とも留守なんだし、今夜から実
家に戻ったら?」
  「...そうね。ひとりぼっちの家は寂し過ぎるかもね。」
  「そうよ。お父さまもきっとお喜びになるわ。」
  「じゃあ、家事を片付けたらお邪魔しようかしら。」
  「なによ、『お邪魔』なんて水くさい。お姉さまの家じゃないの。お部屋は私が
掃除しておくわ。」
  「ありがとう...そういえば...ふふふ。」
  「な、なに?」
  「ううん...大したことじゃないけど。愛華ちゃんは、いつから自分のことを『私』
って言うようになったのかなって。昔は自分を『愛華』って言ってたのにね...うふ
ふ。」
  「...そんな、もうずっと昔の話よ。忘れちゃったわ。」
  苦笑いをして誤魔化した愛華だったが、胸の裡には心の叫びがこだましていた。
  (...いいえ、それは嘘。私は覚えている。忘れるなんてできない。そう、私が『私』
になったのは、許されるはずのない愛を知ってしまったあの日。野獣のようなあの
男に思うがままに蹂躙され、遂に処女まで奪われそうになったその瞬間に、あの人
が助けに駆けつけてくれた、あの夏の日。)
  里への道を辿る二人の美女。その艶やかな後ろ姿を見つめて、樹林の濃密な下生
えの中で双眸が燃えていた。吹き荒ぶ風が激しく木立を鳴らす。
  (...剛蔵は行ったか...ぐっふふふふ...姫香...姫香ぁ...姫香ぁあああっ!!)
  声にならない想いが膨れあがる。そのものは、殺気を放つことを必死に耐えてい
た。
  (...もう少しだ...もう少しの辛抱だ...待ってろよ姫香ぁ...ひ、姫香ぁっ...ぐひっ
...ぐひひひひっ...!)
 
  お茶でもという誘いを断って若統領屋敷の前で別れた愛華は、自分が住む統領屋
敷に向かう。八年前に姫香と剛蔵が結婚して新居を構えて以来、ここには獅郎と愛
華が二人きりで住んでいた。昼間は手伝いの娘達も来てそれなりに賑やかだったが、
さすがに夜は寂しかった。まだ幼かった愛華は、寂しさに耐えかねてしばしば姫香
達の新居を訪れては泊まったものだった。当時を思うと、愛華はわがままいっぱい
だった自分を叩きたくなる。だが、新婚夫婦にとってはとんだ闖入者であったろう
に、剛蔵も姫香もいつも嫌な顔一つせずに歓待してくれた。そればかりか、次の日
も泊まっていけと言われ、その気になった愛華を獅郎が連れ戻しに来るほどだった
のだ。
  そんな日々も、璃音が生まれてからは変わった。相変わらずしょっちゅう遊びに
行ってはいたものの、泊まっていくことは滅多になくなったのだ。愛華は感じてい
た。姫香と剛蔵と璃音が形作る小さな輪の中では、所詮自分はよそ者になってしま
うことを。姫香と剛蔵は相変わらず優しく迎えてくれたし、璃音も愛華によく懐い
たが、愛華の心の中に芽生えた微かな疎外感だけは、決して拭い去ることはできな
かった。
  風が激しく窓を鳴らす音を聞きながら、愛華はかつて姫香が使っていた部屋に入
る。衣類などはほとんど新居に運ばれていたものの、娘時代の家具や装飾などはほ
とんどそのまま残されている。剛蔵と喧嘩したらいつでも戻ってこいと、愛華は姫
香に口癖のように言っていたが、結婚後に姫香がこの部屋に泊まることはついぞな
かった。
  (...八年ぶりにもなるのね。お姉さまがこの部屋に戻るのは...)
  定期的に掃除してある部屋はほとんど汚れておらず、簡単な掃除だけで足りた。
姫香が使っていた椅子に座り、テーブルに頬杖をつきながら、愛華は物思いに耽る。
  (...お父さまがいて、お姉さまがいて、私がいて。それで十分だった。ずっとそ
のままだと思っていた。だけど...無常の時は流れて...あの人がやって来た。)
  そっと目を閉じて回想に浸る愛華。
  (...最初は邪魔者だと思っていた。けど...違った。あの人と触れあううちに、私
の心は次第に傾いていった...そして...)
  可憐な唇から甘いため息がこぼれる。
  (あの日。私の心は決まってしまったの。止めることなどできなかった。これは
運命なの?私の心も...身体も...今では全てあの人のもの...他の人の愛なんかいら
ない。誰にも触らせはしない。だけど...だけど......)
  頭を抱え込む愛華。細く長く白い指が、優美な髪の中に入り込み、かきむしる。
  (...あの人は永遠にお姉さまのもの。あの人の目に映るのはお姉さまだけ。あの
人が愛するのもお姉さまだけ......どうして?......どうして?)
  愛華の瞳から涙が落ちる。テーブルに滴り落ちる深い透明な悲しみ。
  (なぜあの人は私を愛してくれないの?......それはお姉さまがいるから。なぜ私
はあの人を愛してはいけないの?......それはあの人がお姉様の夫だから。私の義兄
だから。......それだけ判っていながら、なぜ私はあの人を愛し続けるの?なぜ私は
あの人を諦められないの?なぜ...なぜ......)
  愛華の涙は慟哭に変わる。テーブルに突っ伏して、愛華はいつまでも泣きじゃく
っていた。厚い雲に覆われてすっかり暗くなってしまった空からは、愛華の心に共
鳴するかのように大粒の雨が降り始める。愛華は気付かなかった。その時、姫香の
身に降りかかっていた恐るべき凶事に。

 家を揺さぶる不気味な風音もかき消すような明るいハミングを響かせながら、ピ
ンクのエプロンを纏った姫香が居間を掃除している。幼子がいるにも関わらず、屋
敷はどこもかしこも全て綺麗に整頓されていた。
(もう新婚さんでもないのだけれど...)
  姫香はふと鏡に映った自分の姿を見て苦笑する。新婚当初に剛蔵がプレゼントし
てくれた、フリルをたっぷりあしらったエプロンを纏った姫香は、まるで少女のよ
うに初々しく可憐に見えた。
(...さすがにそろそろ胸が痛いわ。うふっ、でも留守中に替えたら、あなたはがっ
かりしちゃうかしらね。)
  剛蔵が戻るまではその可憐なエプロンを使い続けることを決意する姫香。微笑み
を浮かべたまま、くるりと軽やかにターンして愛に溢れた家を見渡す。
(...お風呂もトイレも綺麗になったし...寝室は最初に掃除したけど、一応確認して
おこうかしら...)
  ふと姫香の身体に熱い剛蔵の抱擁の感覚が蘇る。みるみる頬を赤らめていく若妻。
しばしの別れを惜しんだ剛蔵が、昨夜は情熱的に姫香を求めたてきたのだ。激しく
も優しく、愛と思い遣りに満ちて繰り返された夫婦の営み。剛蔵のいつになく熱情
のこもった愛撫に応え、姫香も放恣に乱れてしまったのだ。その記憶が鮮明に思い
返されてくる。
(...いやだっ。私ったらなんてはしたない...)
  恥ずかしい記憶を振り払うように首を振って寝室の引き戸を開く。
  桃色のカーテンの閉まったその部屋は薄暗かった。そしてさらに暗い闇が蟠って
いた。闇がにいっと嗤う。よく見知った顔。そして、二度と見たくなかった顔。
  「!!...きっ...きゃっ!」
  飛び退いて扉を閉めようとする姫香。だが遅かった。巨大な掌が姫香の左腕を捉
え、内部に引きずり込む。必死に戸を掴む右手を易々と振り解くと、寝室は姫香を
呑み込み、音もなく引き戸を閉ざしていく。
  そして、悪夢が始まった。

 優美な曲線を描く姫香の身体が真っ白な寝台に仰向けに横たえさせられる。姫香
と剛蔵、愛しあう二人の寝室を汚す侵入者。みしみしと寝台を軋ませながら近づい
て、姫香を見下ろすその顔は、見間違うべくもなくあの汰狼だった。
  「ぐへっ...ぐへへへっ...ぐえへへへへ...」
  狂喜のあまり言葉もない汰狼は、崩れそうに緩んだ顔のままで姫香の両腕を頭の
上で一つにまとめると、器用に細引で縛り上げ、その先端をマットの底深くにまで
突っ込んで易々と固定してしまう。好色そのものの視線を、美しい獲物の身体に丹
念に隈無く走らせると、未だ驚愕から覚められず、唇を震わせたまま声もない姫香
の身体に、奇声とともにむしゃぶりついていく。
  巨体が姫香にのしかかる。汰狼が姫香の長く艶やかな黒髪に顔を埋め、胸一杯に
深呼吸して、その芳香に酔い痴れる。熱く、大きく、分厚い唇がうなじに押しつけ
られると、初めて姫香の唇は悲鳴を放った。
  「...やっ!いやあっ、やめてっ、やめてくださいっ!」
  身体を振って逃れようとするが、のしかかる汰狼の身体はびくともしない。
  「ぐへへへっ...ああ...いい匂いだあ、姫香ぁ...こうするのを...ずっと、ずうーっ
と夢見てたんだぜえ...」
  顔を振って姫香のうなじに唇を揉み込むようにする汰狼。
  「ぐへへへへへへっ...い、生きてて良かったっ...ぐ、ぐひひひっ...」
  その小さな瞳は膜が張ったように鈍く光り、もはや知性のかけらも感じさせない。
しばらくの間、姫香を抱きしめてうなじに顔を埋めて姫香の香りに耽溺したまま動
かない汰狼。だが、やがてその両腕が、ゆっくりと、しかし淫らに動き始める。
  「!だめですっ、放してください、汰狼さんっ!」
  姫香の哀願を一顧だにせず、可憐なエプロンを引き裂くと、優雅に着こなした衣
服を荒々しくはだけさせていく。胸元が露わにされ、雪のように白い双丘の麓が汰
狼の視界に入る。
  「ぐ、ぐへへっ...」
  汰狼の芋虫のように蠢く太い指が姫香の胸元を這う。指先が丘の頂上を目指し始
める。
  「ああっ...やあっ...汰狼さんっ、だめっ...いけませんっ!」
  身悶える姫香の身体の揺れすら楽しみながら、汰狼は姫香に添い寝するようにぴ
ったりと身体をつけ、ついに太い腕を胸元深くに差し入れると、柔らかなふくらみ
を思うさま揉みしだく。
  「ぐへっ...ああ...いい触り心地だぜ...ひっひひひひ...」
  「だ、だめです汰狼さんっ。私は人妻なんですっ。どうか、どうか無体なことは
やめてくださいっ」
  必死に汰狼の良心に訴えかける姫香。だが、汰狼はかつてはわずかに残していた
良心をきっぱりと捨て去っていた。
  「ぐっ、ぐひひひっ...ひ、人妻ってのが燃えるんじゃねえか...よお姫香ぁ、夫の
目を盗んで他の男と情事に耽る気分はどうだい?...くっ、くひひひひっ...」
  爆発しそうな興奮をこらえながら、やわやわと繊細に、そして執拗に姫香のふく
よかな乳房を揉み続ける汰狼。姫香の官能の炎を呼び起こすことに執念を燃やす。
そのおぞましい感覚に必死に耐え続ける姫香。やがて汰狼の腕の動きが一層大胆に
なると、大きくはだけられた胸元から、ついに形の良い乳房がこぼれだし、その全
貌をあますところなく示してしまう。見つめる汰狼の目が喜びに細められる。
  「くひっ...くひひっ...た、たまんねえおっぱいだぜっ...ぐひひひっ」
  辛抱たまらず白い乳房に武者振りつく汰狼。左の乳房の頂上を可憐に飾る紅の蕾
を分厚い唇に含むや、歯と舌とを総動員して、吸い、舐め、ころがし、しゃぶり、
舐り尽くす。右の乳房は、背後から回した右腕が鷲掴みにし、姫香に背徳の快感を
与えようと淫らな動きを示す。
  「ああっ...やあっ...許してっ...だめ、だめですっ、汰狼さんっ...!」
  姫香の必死の懇願も、もはや一匹の淫獣と化した汰狼には全く通じなかった。や
がて汰狼は、自分が口中に含んで弄んでいる姫香の蕾が、固くしこり始めたのに気
付く。それは、単なる刺激に対する生理的な反応に過ぎなかったが、姫香が感じて
いると思い込んだ汰狼は、ますますいきり立っていく。
  「ぐへっ...ぐへへっ...乳首をこんなに固く立たせやがって...スケベな女だなぁ、
姫香ぁ...おめえは夫以外の男の方が感じるんだな...ひっひひひっ...」
  「ち、違います...感じてなんかいませんっ...離して...!ああっ...」
  汰狼が姫香の蕾を咬む。甘咬のつもりだったが、加減を知らない汰狼の歯が乳首
に食い込み、姫香が思わず苦痛の呻きを漏らす。だが、汰狼はそれすらも快感を訴
えるものと勘違いする。
  「ひっひひひ...エッチな身体をしてやがる...なあ姫香よぉ...剛蔵のいない時は、
いつもこうやって男を咥え込んでたんじゃねえのか?」
  完全に妄想の世界に入ってしまった汰狼。いくら訴えかけても無駄なことを悟っ
た姫香は、汰狼の言葉責めには一切反応を示さず、脱出する術を見いだすことに傾
注する。寝台の上の神棚には、亡き母が宗家からスメラの里に輿入れした際に携え
てきた守り刀が安置されている。「空」の属性が込められているというその小刀は、
姫香の婚儀の際に獅郎から授けられたものだった。
  (...あの刀に手が届けば...)
  だが、神棚までの一メートルに満たない距離が、今の姫香には果てしなく遠かっ
た。
  「ひっひひひ...姫香...姫香ぁっ...」
  漸く乳首を解放した汰狼は、調子に乗って両の掌でやわやわと乳房を揺すりたて
ながら、姫香の唇を求めにかかる。
  「ああっ...だ、だめですっ...キスは...キスはいけませんっ...いやあっ!」
  剛蔵以外知らない、果実のように甘い芳香を放つ華麗な唇に迫っていく、醜く膨
れあがった不気味な色合いの汰狼の唇。強烈な口臭が吹き付けられる。姫香は狼狽
を隠せず、顔を左右にそむけて必死に逃れようとするが、執拗に追い回してくる汰
狼の唇は、頬や鼻に吸い付きながら徐々に近づいていき、とうとう姫香の唇を捉え
てしまう。
  「!!...うむうっ...んんっ...んむうっ...」
  初めて知った夫以外の唇。その禁断の感触に姫香の両目は大きく見開かれ、全身
が震える。さらに汰狼の舌が軟体動物のように蠢きながら這い出すと、姫香の唇を
割り、必死に食いしばる歯列の奥への侵入を試み始める。姫香の抵抗が手強いと見
るや、汰狼の右腕が姫香の身体をなぞりながら降ろされていき、すらりと伸びた下
肢のつけ根の部分にぴたりと押し当てられる。
  「!!...んんっ...んむっ...ああっ...!」
  貞淑な人妻の身体に加えられる信じがたい恥辱に、思わず高い悲鳴を発する姫香。
すかさず汰狼の舌は素早く姫香の口腔内に侵入し、蹂躙を開始する。思うがままに
口内を暴れ回る汰狼の舌が、人妻の舌を探していることに気付き、震え上がる姫香。
しかし、必死に隠そうとする努力もむなしく、桃の果実の一片のような甘美な舌が
ついに探し当てられ、異様に長く太い汰狼の舌に絡め取られてしまう。
  「あふっ...んんんっ...むうっ...くふっ...」
  穢らわしい暴漢に舌を吸われる屈辱と切なさに、姫香の大きく黒目がちな瞳から
真珠のような大粒の涙がこぼれ落ちる。
  美しい人妻の唇を奪ったことに有頂天になった汰狼は、ついで、異様なほど粘度
の高い、強い臭気を放つ唾液を姫香の清らかな口内に流し込み始める。
  「...んむっ!くうぅっ...んんんっ...くむっ...」
  この上ない汚辱感。姫香の口内がおぞましい粘液に汚されていく。小さな口内を
たちまち満たしてしまう汰狼の唾液。飲み下すことを求められていることに気付い
た姫香が激しく動揺する。だが、拒む術も見いだせないままに、汰狼の左手の指に
可憐な小鼻を摘ままれ、呼吸を妨げられた姫香は、絶望とともにその粘液を飲み下
すことを強要されてしまう。
  「...くうっ...くふっ...こく...こくん...こくっ...」
  (...ああ...あなた...あなたっ...助けて...!)
  あまりの汚辱感に、姫香の両の瞳から止めどもなく涙が溢れ出す。
  「ぐひっ...ひひひ...うめえかぁ?姫香ぁ...くっくくく...たぁっぷり味わえよ...」
  何度も夢想してきた、己の唾液を姫香に飲ませるという行為。汰狼は、会心の笑
みを浮かべる。さらに唇を重ねながら、右手を姫香の下半身の探検に出発させてい
く。高価な生地を使用した華麗な巻きスカートの隙間から潜り込む淫らな指。
  「ひっひひひひっ...もうすっかりぐしょぐしょじゃねえのか?...ここはよ...」
  汰狼の指が姫香の下腹部を守る薄い下着にぴたりと押し当てられる。唇を塞がれ
てくぐもった悲鳴をあげる姫香。
  「!!...な、なんだと...!」
  汰狼の顔が憤激に赤黒く染まっていく。姫香のその部部には、湿り気さえも感じ
られなかった。
  「ど、どういうことだっ!」
  太い指が絹の下着にかかり、強引に引き下ろす。布の裂ける短く鋭い音とともに、
下着がむしり取られていく。
  「いやっ!だめですっ!お願いそこはっ!」
  悲鳴を無視して、汰狼の指が直接姫香の花園に触れる。そればかりか、強引に花
びらを割り裂くと、太い指を押し込んでいく。無理な挿入がもたらす苦痛に呻く姫
香。だが、汰狼が期待するものは、その痕跡すらも見いだせなかった。
  「...姫香ぁ、貴様......感じてないってのか......俺様の責めを......」
  小さく引きつったような声でうめく汰狼。
  「...そうです......暴力で私の身体は奪えても...私の心までは決して奪えません...
私は、夫以外の殿方に心を許すようなことなどは、決して...」
  屈辱に耐えて凛とした表情で声を振り絞る姫香。
  「ぐぐぐぐぐぅっ......あくまでも貞淑な人妻面を貫くって訳かい...ご立派なこと
だなぁ、姫香ぁ。ち、畜生っ......そ、それなら、心まで強引に奪ってやるまでのこ
とよっ!」
  寝台の上に膝立ちして、両腕を振り上げて汰狼が咆吼する。その声が人間離れし
ていくことに気付いた姫香がはっと顔色を変えて見上げると、汰狼は次第に人間か
らかけ離れた姿に変貌しつつあった。全身を覆う長い剛毛。触手のようにどこまで
も伸びていく鼻。まるで二本足で立つマンモスのような奇怪な姿がそこにはあった。
  「そ...その姿は...汰狼さん...ま、まさか...あなたは...」
  「ぐあっはっはっはっ...そうよ姫香ぁ。俺様は生まれ変わったのよ。」
  触手となった鼻を高々と上げて、汰狼が雄叫びを上げる。
  「あ...悪魔に魂を売り渡してしまったのですか......なんということを...。なぜ、
なぜです?鬼哭一族のあなたが...」
  涙声の姫香。その声音には、深い悲しみと憐憫とがあった。
  「ぐへへへへっ...戦いに敗れて...女を奪われて...皆から馬鹿にされて...里からも
追い出されて...お、俺様にこれ以上どうしろっていうんだっ!ええっ!?...どうし
ようも...どうしようもねえだろうがぁぁっ!!」
  うなり声を張り上げる汰狼の目に一瞬光るものが見えた。
  「もう遠慮しねえ...俺様の新たな力を見せてやるぜぇ、姫香ぁっ!くっくくく...
思い知れ剛蔵っ!てめえの愛する女房を、底なしの快楽地獄に叩き落としてくれる
わっ!」
  雷鳴が遠く轟く。激しい雨音が寝室を包んでいく。

 汰狼の鼻は、まるで象のそれのように太く長く伸びる触手と化して、姫香の全身
を這う。乱れた衣服の隙間から入り込み、ひっそりと息づく花弁を撫で、優美な曲
線で構成される腰や腹をなぞり、ねっとりと乳房を嬲り、そして首筋を這い上がっ
て顔に達する。あまりに不気味な感触に、顔をそむけて震える姫香の唇にたどり着
くと、力づくで顎を開かせ、たちまち口腔の奥深くに押し入っていく。咽喉の奥に
向けてどこまでも侵入してくるこの上なく不快な感触と息苦しさに身悶えする姫
香。
  汰狼の目が嗤う。いきなり、喉奥まで達した鼻の先端から夥しい粘液が噴出する。
穢れた体液を直接胃の腑に流し込まれていく汚辱感に、姫香の美しい顔がくしゃり
と歪む。
  「ぐへへへっ...ちょっとだけ辛抱しな姫香ぁ。すぐ...良くなるぜえ...ひっひひひ
ひひ...」
  汰狼の粘液にまみれた触手が引き抜かれると、酸素を求めて姫香の胸が激しく上
下する。美しく盛り上がる豊かな双丘が大きく揺れる。
  「はっ...はっ...はっ...はあっ...ああっ...はああっ...」
  次第に呼吸に喘ぎが混じていく。姫香の全身がみるみる桃色に染まっていく。小
さな汗の粒がびっしりと浮かび上がり、瞳が熱を帯びたように潤んでいく。
  「あっ...ああっ...な、なにっ?...何をしたのっ、汰狼さん...ああっ...」
  無意識に両腿を擦り合わせていることにも気付かず、姫香が呻く。その声にはす
でに濃厚な媚びが含まれている。
  「ぐふふふふっ...媚薬の味はどうだぁ、姫香ぁ?俺様の体内でこさえた、処女も
悶え泣くような強烈なやつだぜぇ。たあっぷり飲ませてやったからなあ...けけけけ
っ...熟しきった身体をもてあました人妻には...たまらねえだろうがぁ...ぐひひっ
...どうだぁ?すげえ効き目だろう?...げひひひひひっ」
  汰狼は太い腕を動かして、姫香の残った衣服をゆっくりと、丁寧に剥いでいく。
汰狼の指が触れるたびに、姫香の身体がびくりと反応する。
  「あ、ああ...いや...やめて...やめて...ください...汰狼さん...はあああっ、やぁっ
...」
  昂ぶっていく官能。切なげに目を閉じて哀願する姫香。
  「くけけけっ。男を誘うような淫らな声だぜえっ、姫香ぁ。抱いて欲しいんだろ
う、俺様によ...きひひひひっ」
  ゆっくりと時間をかけて下着までをも取り去っていく汰狼。そして、寝台の上に
膝立ちした汰狼の眼下には、艶めかしく身体を揺らしている姫香の大胆なヌードが
広がっている。
  「ああ...ど、どうして...だ、だめ...だめです...いやぁ...」
  姫香は絶え間なく襲いかかってくる衝動と必死に戦っていた。抱かれたい。強く
抱きしめられたい。熱く硬いもので激しく貫かれたい。男ならもう誰でもいい。今
まで感じたこともない欲望が全身を駆けめぐり、炎のように燃え盛る。汰狼の媚薬
の効果...そうは思っても、姫香は自分自身の中に潜んでいた思いもかけない欲求に
苦悩する。
  「ぐげげげっ...み、見かけによらず意志の強い女だな、姫香ぁ。あれだけ俺様の
媚薬を飲まされていながら、なお狂態を晒さずにいるとはな...」
  汰狼が煩悶を耐えしのび続ける姫香の切なげな顔を頼もしそうに見つめ、本気で
褒めそやす。
  「ぐふう...貞淑そのものの若妻の身体を奪うなんざ...男冥利に尽きるなぁ...げっ
へへへ...どおれ...」
  汰狼が不気味な色の液体の入った三本のアンプルを取り出す。
  「こいつをプレゼントするぜぇ、姫香ぁ......先生が作ったとびっきりのヤクよ。
効き目はお墨付きだぜ......きっつい副作用があるって話しだが...くっくくく...こ
の世のものならぬ快楽の世界を味わえれば......戻って来れなくなっちまっても構
わねえよな...なあ、姫香ぁ...ひっひひひひひっ。」
  恐るべき汰狼の台詞に姫香の表情が凍り付く。汰狼は、「ラスネールの爪」と書
かれたアンプルをぺしっと軽くへし折ると、触手で中身を吸い込んでいく。
  「ぐふふふ...どこから注入してやろうかぁ...ぎひゃひゃひゃひゃっ...」
  含んだ麻薬で先端部が膨らんだ触手が姫香の全身を彷徨い、狙いを定めていく。
  「ここかぁ?んんー?それともここかなぁ?」
  「や...やめて...お願い...お願いします...ゆ、許してください...私には、夫も娘も
...」
  既に激しい官能の嵐に翻弄され続けて息も絶え絶えの姫香が弱々しく嘆願する。
触手が右の乳房に触れる。びくりと激しく震える姫香の身体。
  「ひひひっ...いようしっ...ここだぁっ!!」
  乳首をしっかりと咥え込み、ぶしゅっと奇怪な薬品を注入する触手。
  「あ...ああっ...ああああっ...」姫香の全身が小刻みに痙攣する。
  「まだだ...まだまだいくぜぇ、姫香ぁ...ぐへっへっへ...!」
  二本目の「サルガタナスの牙」をへし折る汰狼。恐怖に引きつる姫香の美貌。左
の乳房に伸びる触手。その美丘までもが贄に供されると、姫香の全身の痙攣はぶる
ぶると一層激しくなっていく。
  「くくくっ...ど、どうだぁ、姫香ぁ...すげえだろう...ひっひひひっ...さあ、と、
とどめをさしてやるぜ...覚悟しなあぁ、姫香ぁっ!」
  触手が「アスタロトの猛り」と記されたアンプルに入った最後の麻薬を呑み込ん
でいく。その汰狼の分身は、なおも気品を失わなっていない姫香の神秘の花園を這
い回り、桃色の繊細な肉芽に触れる。ぎくりと首を大きく仰け反らせる姫香。
  「...かはっ...ああっ...ふあっ...はああっ...あ、あなた...わ、わたし...も、もうっ
...ごめんなさいっ、あなたっ...あああっ...り、璃音...璃音っ、許してっ...ママは...
ママはもうっ......」
  姫香の目から絶望と悲哀の涙が一筋こぼれた。
  「...いくぜぇっ......喰らえっ、姫香ぁあっ!!」
  ぶしゅうっ...!凄まじい凶毒が最も敏感な花芯に注がれていく。その瞬間、姫香
の身体が弓なりに大きく仰け反る。
  「がッ...はあッ...うあッ...あ、あなたッ...許してッ...許してあなたッ...あなッ...
ふあッ...はあああああああああんッ!!」
  厚い雲で真っ暗になった天空から電光が降り、雷鳴が轟く。かつてない絶頂の中、
姫香の理性が消し飛んでいく。
 
  姫香は完全に堕ちた。
  すべての意識が崩壊し、ばらばらに砕け散っていく。恐るべき麻薬は、粉々にな
った姫香の意識の破片を組み立て直して、もう一つの、全く別の人格を形成してい
く。生まれ変わった新しい姫香が目覚める。口元に浮かぶ妖艶な微笑。
  やがて、美しくも淫らな靡獣と化した人妻と、巨大で醜悪な怪物による凄まじい
愛欲の交歓劇が始まる。それは、気品に溢れ、貞淑で清楚だったかつての姫香を知
る者にとっては、まさに地獄絵図としか言いようのない光景であった。
  「ぐふふふふふ...」
  抱擁を待ちきれずに悩ましく身悶える姫香の両腕を拘束していた細引を、汰狼が
ほどいていく。両腕の拘束が解かれると、ゆっくりと上半身を起こした姫香が、妖
しい微笑みを浮かべて汰狼にすり寄っていく。霞がかかったように煙り、鈍く光る
大きな瞳には瞳孔が大きく広がり、焦点の合わない視線を彷徨わせている。
  「ぐひっひひひひ...」
  汰狼が姫香を強く抱きしめてほくそ笑む。既に全身が性感帯と化した姫香は、汰
狼の手指が蠢くたびに切なげな喘ぎ声を放つ。
  「ひっひひひっ...ひ、姫香ぁ...」
  汰狼が唇を求める。すかさず甘美な唇を汰狼の唇に合わせていく姫香。くなくな
と愛おしげにすりつける。そして、果実のように可憐で瑞々しい舌を自ら汰狼の口
中に差し入れていく。
  寝台の上で互いに膝立ちになり、顔を激しく振り動かしながら唇を貪り合う二人。
愛し合う夫婦のためだけのものだった寝室で、身の毛もよだつほどに嫌いだった男
に激しく淫らにしがみついている。その強烈な背徳感に酔い痴れる姫香。やがてゆ
っくりと汰狼が姫香を横たえると、両腕と触手を使った淫靡な愛撫を開始する。
  「あはあ...汰狼さん...素敵よぉ...ああ...もっとぉ...」
  「ぐっふふふふふ...たっぷり愛し合おうぜえ、姫香ぁ...」
  「あああん...うれしい...うふっ...あふう...あはああん...」
  淫らな睦言を言い交わす二人。汰狼は姫香の両腕を掴んで頭の上に重ねさせると、
白く美しい両の腋を改めて露わにさせる。
  「ぐひひっ...姫香ぁ...じっくり検査してやるぜ...げひひっ...剛蔵の命令で腋毛な
んか伸ばしてたら、承知しねえぞ......きひひひひっ」
  短く縮めた触手をひくひくと動かして腋に押し当てて、深呼吸する。唾液をたっ
ぷりと含ませた大きく太い舌で舐め尽くす。
  「あはああん...は、恥ずかしいっ...た、汰狼さんっ...姫香をそんなに虐めないで
ぇ...」
  「ぐひひひっ...たっぷり恥をかきな、姫香ぁ...よおし...こっちは綺麗に手入れし
ているようだな...そっちはどうかな...?」
  「ああん、いやあ...そ、そんなに姫香を、舐めないでぇ...」
  ざらざらとした不気味な舌で両腋を汚される。淫靡な刺激に震える姫香の高い嬌
声が寝室に響く。
  「ぐふっ...ぐふふふっ...」
  姫香のつんと形良く尖った可憐な乳首を蹂躙する汰狼。一方を唇で吸いたてなが
ら、もう一方は伸ばした触手に含んでしゃぶり尽くす。
  「くっ...はあっ...あはあっ...す、素敵よ汰狼さんっ...はああん...いいわあ...」
  「ぐひっ...思いっきり感じまくりやがって...まったくとんだ淫乱女がいたもんだ
ぜ、なあ姫香ぁ...剛蔵が見たら腰を抜かぜぇ...ぐききききき...」
  「あああん...お、お願い...あ、あの人のことは...言わないでぇ...んああ...かはあ
っ...」
  「くくくっ...この分じゃ、今度こそぬるぬるの濡れ濡れだろうな...きひひっ...」
  汰狼が姫香の身体が描く優美な曲線にそって手を下ろしていく。下肢が交わる部
分にある若草の原。その奥の泉に忍び寄る。
  「くっ...くくくっ...ぐあはっはははははっ...や、やっぱりだ...大洪水じゃねえか
姫香ぁ...みっともねえざまだぜっ...ぐあっははははははっ!」
  指先が温かな愛液に染まったことを確認した汰狼が、勝ち誇った哄笑を上げる。
さらに指先は花弁の奥深くに差し込まれていく。
  「くふっ...ああっ...た、汰狼さんっ...す、すごいわっ...はあっ...そ、そんなに乱
暴にしちゃ...」
  ぐっしょりと潤った秘めやかな花園を、汰狼の指が無惨にも荒々しく踏みにじっ
てゆく。
  「ぐげっ、けけけっ...こんなにはしたなく、びしょびしょにしておいて何言って
やがる...いいのかぁ?貞淑な奥様が、剛蔵以外の男の指でこんなになっちまってよ
う...くけけけけけっ」
  「ああッ...い、言わないでぇッ...あの人のことはッ...はああッ...」
  深々と差しこまれた太い中指がぐりぐりと回転し、時折くっと微妙に曲げられる。
そのたびに切なげな喘ぎ声を高く放っては仰け反る姫香。
  「くっくっく...きっついぜぇ...いい締まり具合じゃねえか姫香ぁ...剛蔵は幸せ者
よなあ...い、いや...ぐひっひひひっ...もう、お前の全ては俺のものなんだったなあ
......ほうれ姫香ぁ...新しいご主人様から、素敵なご褒美をくれてやるぜぇ...」
  やがて、挿入される指は二本になり、三本になる。子供を生んだとは思えないほ
ど狭隘な肉の通路を、無理やりに広げるように三本の指が責めたてていく。激しい
汰狼の指の動きに、身体ごと揺さぶられる姫香が、歓喜の悲鳴を上げる。
  「はああッ...そんなッ...あふッ...ふああッ...ああッ...もう駄目ッ...姫香ッ、い、
いくッ...いっちゃいますッ...」
  「くっくっくっく...ご褒美だと言ったろうが...思いっきり行くがいいぜ、姫香ぁ
...夫の留守中に咥え込んだ間男の指でなあっ...!」
  「ああッ...いくッ...いっちゃうッ...あ、あなたッ...あなたッ...ごめんなさいッ...
あああッ...いッ、いっくうううううぅッ!!」
  激しい雨が屋根を、窓を叩く。稲妻の一瞬のまたたきが寝室を白く照らし、怪物
に弄ばれた輝くような女体が浮かび上がる。姫香の腰が大きく浮き上がる。寝台の
上にブリッジを形作る美しい人妻の身体。その秘密の蜜壺は、汰狼の指を咥え込ん
だまま、ぶるぶると濃密な振動を伝えてくる。夢にまでみた姫香の裸身に自分の指
が与えたエクスタシーの深さに、汰狼が会心の笑みをこぼす。
  「ぐふふふっ...いったかぁ?いったんだなぁ、姫香ぁ。俺の指でよぉ...ぐげげげ
げっ。けっ、ざまあみろっ、剛蔵がっ...ぎひひひっ...まだまだこんなもんじゃ終わ
らねえぜ、姫香ぁ...ぎひひっ」
  なおも強く締め付けている肉襞から、汰狼がずるりと力を込めて愛液まみれの指
を引き抜く。熱い吐息とともにブリッジが崩れ、しなやかな四肢をしどけなく横た
える姫香。そのせわしない呼吸すら、部屋中を桃色に染め上げるかのようなフェロ
モンを放っている。汰狼は、姫香の力を失った柔らかな両脚を掴むと、無慈悲に大
きく広げ、淫蕩な顔を近づけていく。
  「ぐひっ...ぐひひひっ...びっしょびしょだぜぇ、姫香ぁ。しかし...くっくく...い
い色合いじゃねえか...どれ...」
  汰狼の唇が歓喜にわななきながら、絶頂の余韻でひくひくと震える神秘の花弁に
ぴたりと押し付けられる。分厚い二枚の唇を前後左右にせわしなく蠢かせながら、
溢れる秘蜜をすすり、舌をねじ込む。バイブレーターのように震える太い舌が奥深
く入り込むと、たちまち姫香の官能の炎が掻き立てられていく。
  「はあッ...そ、そんなッ...いけませんッ...ああッ...いやッ...た、汰狼さんッ、だ
めッ...ああッ...」
  女の最も恥ずかしい部分に熱烈な口唇愛を受ける。あまりの羞恥に身悶えする姫
香。だが、弾ける腰を両手でがっちりと固定した汰狼の責めはとどまるところをし
らない。
  「どうだ?姫香ぁ...剛蔵よりいいかぁ?んー?んんーっ?」
  「くふうッ...汰狼さ...ん...か、堪忍ッ...あの人は...こ、こんなことはッ...!」
  「なあにいっ!?...剛蔵にはしてもらってねえってのかぁ?...もったいねえ...こ
んなにうめえ蜜をよう...ぐっぐひひひひっ...」
  「ああッ...だ、だってッ...こ、こんなに恥ずかしいこと...ひ、姫香、耐えられな
いッ...だ、だからッ...はああああんッ...」
  「許さなかったのか姫香ぁ...優しいこった剛蔵は...くひっ...おかげで...俺様が甘
露の味見する初めての男ってか...ぐひひひひっ」
  限りない恥辱の責めに反応して、次々と甘い秘蜜を溢れさせていく姫香。汰狼は
咽喉を鳴らして次々と啜りこんでいく。やがて、再び歓喜の大波が姫香に覆いかぶ
さってくる。
  「ひッ...ひあッ...だめッ...こんなッ...ああ、もうッ、もう許して汰狼さんッ...こ、
このままじゃ姫香ッ...姫香あッ...ひいッ...」
  「いきそうなのかぁ、姫香ぁ?...ぐひっ。な、何にも心配することねえ。たっぷ
りといきなよ...げひひひひっ」
  「ああんッ...だ、だめッ...こ、こんなに恥ずかしいの、いやあッ!お願いッ...お
願い、汰狼さんッ...ふああああッ...」
  「ぐひっ...さあ、俺様の目の前で大恥を晒すがいいぜ、姫香ぁ。くふふふふっ...
俺様の唇と舌で思いっきりいきなっ...んむむむむっ...」
  さらに激しい唇と舌の責めが襲う。姫香はもう耐えようがなかった。上気した顔
を激しく振る。
  「だめッ...だめえッ...あッ!ああッ!いやッ、いっちゃうッ...いやッ、汰狼さん
ッ...あ、あなたッ...助けてッ...ああ、いくッ」
  断末魔の姫香。汰狼の舌が一際深く挿し込まれ、捻りを加えてとどめをさす。
  「ひッ!!...あ、あなたッ...あなたッ...ああッ...あはあああああああッ......!!」
  ぐっと姫香の身体が仰け反り、激しく痙攣する。はしたなく大きく開いた口から
桃色の舌をのぞかせながら、長々と引きつった歓喜の声を発しながら、姫香が果て
る。ぐふうっ、汰狼も大きく満足のため息をつくと、ようやく姫香の秘唇を解放す
る。
  「きっひひひひっ...またいきやがったか、姫香ぁ。まったく淫らな女だぜ。貞淑
な人妻も一皮むけば、このざまかよ。もっとも...」
  汰狼が思い出し笑いをする。
  「くっくくくくく...あのすげえヤクを三本も喰らっちまっちゃあ...たまったもん
じゃねえよなあ...くひひひひひっ...」
  こってりと濃厚で執拗な汰狼の愛撫を受けた姫香が失神して横たわっている。細
く伸びやかな四肢と豊満な胸と腰とは、絶妙なプロポーションでこの上ない女性美
を醸し出している。放恣に投げ出された姫香の裸身をじっと見つめる汰狼の瞳に欲
望が燃え盛っていく。その股間からは人間離れした巨大な欲望のシンボルが、てら
てらと粘液を滲ませながらそそり立っている。
  「くへっ...くへへへへっ...お、俺様もたまらなくなってきたぜぇ、姫香ぁ。そ、
そろそろ...本番といくかあっ!」
  汰狼が姫香にのしかかっていく。膝を大きく割って、両腕で抱え上げる。
  「ぎひひっ...俺様はロマン派なんだぜ...や、やっぱり初めての結合は、せ、正常
位だぜ...なあ姫香ぁ...げへへへへっ」
  恋焦がれ、憧れ続けた姫香を遂に貫く。その時が訪れたことに汰狼の興奮は最高
潮に達する。あまりの興奮にぷるぷると小刻みに震えながら姫香の秘苑に向けられ
た欲棒は、まるで燃え盛る丸太のような熱さと硬さと太さとを兼ね備えている。
  「い、いくぜっ、姫香ッ!」
  汰狼の分身が姫香の花芯に押し当てられる。瞬間、失神したままの姫香の身体が
びくりと弾ける。花びらを押し広げるようにして、巨大な肉棒が胎内に侵入してい
く。
  「うっ...うおおっ...おおおうっ...」
  姫香との初めての合体。何百回何千回と夢想しては自慰にふけってきた汰狼は、
この上ない感動と快感を精一杯貪る。
  人間のサイズを遥かに超えた汰狼の息子を、姫香の蜜壷は、肉襞を限界まで広げ
ながらも受け容れていく。巨大な肉の槍に深々と貫かれる衝撃に、姫香の意識が目
覚めていく。
  「くふッ...あはッ...!あはああんッ...た、汰狼さんッ!?ひあああッ...かはああ
ッ...」
  「姫香ぁ。やっと結ばれたよ。やっと...やっと結ばれたんだよ...くくうっ...」
  汰狼の瞳に感動の涙があふれた。
  「ずっと...ずっと恋焦がれて...優勝するために必死で修行して...絶対勝てると思
ってたのに...そ、それなのに...」
  うわ言のように呟きながら、なおも灼熱の剛棒を姫香の胎内奥深くにまで抽送し
ていく汰狼。
  「よそ者の剛蔵に全て奪われて...悔しかった...悲しかった...」
  こつっ。遂に汰狼の男根は姫香の子宮口にまで達する。大きく身体を仰け反らせ
る姫香。
  「だが...俺様は...遂に奪還した...奪還したんだ...もう離さねえ...お前は生涯俺の
女だ...いいなぁ、姫香ぁ...!」
  汰狼の腰がゆっくりと動き始める。あまりに熱く硬く太い陽根の猛りに呼吸困難
に陥って唇をわななかせていた姫香。ようやくその蜜壷が馴染み始める。
  「ひッ...くはあッ...あふッ...ああんッ...た、汰狼さんッ...す、凄いッ...はああッ
...ああッ、堪らないわ...」
  次第に抽送を激しくしていく汰狼。
  「どうだぁ、姫香ぁ。俺様と剛蔵と...どっちがでけえんだ?」
  「ひあッ...あああんッ...そ、そんなに突いちゃッ...はああッ...た、汰狼さんッ...
汰狼さんの方がッ...んあああッ...」
  「くっくくく...そうかそうかぁ...姫香ぁ...じゃ、じゃあ...俺様と剛蔵と...どっち
がいいんだぁ?」
  腰に八の字を描くように捻りを加えて、くいっくいっと浅瀬を小刻みに揺すりり
たてる汰狼。姫香が激しく喘ぐ。
  「ああッ...いいッ...それいいッ...!ご、ごめんなさい、あなたッ...ひ、姫香ッ...
汰狼さんの方がッ...ああッ...いいいいッ...」
  満面の笑みで何度も肯く汰狼。姫香の唇が紡ぎだす夢のような台詞にたちまち有
頂天になる。一気に最初の爆発が近づいていくる。
  「おおうッ...姫香ッ...な、なんてぇ名器だッ...たまらねえッ...出すぞッ...膣内に
出すぞッ...俺様の子種を、全部子宮で受け止めるんだッ!」
  深く激しい律動が開始される。その動きに嵐の小船のように翻弄され続ける姫香
の身体。
  「はあッ...だ、だめえッ...んあッ...い、いけませんッ、汰狼さんッ...そ、それだ
けはッ...中はッ、中だけはッ...はあんッ...ゆ、許してッ......んああああッ...」
  姫香の拒絶。しかしそれは、肉欲に耽る二人の興奮をより高めるようとするため
の演出に過ぎなかった。
  「うおおうッ...駄目だ、許さんッ!俺様の子を産めッ、姫香ぁ...孕むまで何度で
も出してやるぜッ...おおうッ...し、締まる...うおうッ...」
  「あうッ...だめッ...汰狼さんの赤ちゃんだめッ...はああんッ...わ、わたしには夫
がッ...ふああッ...た、汰狼さんッ...か、堪忍ッ...姫香、あの人に叱られちゃうッ...
あふああうッ...」
  「おおうッ...おおおおうッ...いいッ、いいぞッ、姫香ッ!さ、最高だッ、最高の
オマンコだッ...さあ、いくぞッ!」
  「ふあッ!?あああんッ...あ、あなたッ、ごめんなさいッ...ひ、姫香ッ、姫香、
汰狼さんに無理やり犯されてッ...ああッ、許してッ、あなたッ...!」
  姫香の切なげな言葉が、二人の官能を一層煽り、汰狼の征服本能を強烈に揺さぶ
っていく。
  「おおうッ...姫香ッ...ふ、二人で、剛蔵に...見せ付けてやろうぜッ...くおうッ...
くうッ!いくッ!いくぞッ...さあ、子宮に迎え入れてくれ姫香ッ...姫香ッ、姫香ッ
...ああッ姫香あぁッ!!」
  愛する女の名前を連呼しながら、汰狼の欲望が爆発する。夥しく放出される精液。
無数の精子が膣を、子宮を、卵巣までをも満たしていく。姫香の卵子を探し求めて
激しく蠢いていく。
  「ひあッ!ああッ...熱いッ!あなたッ、許してッ!姫香ッ...姫香もいっちゃうッ
...い、いくッ...いくうううううううううッ!!」
  姫香の両腕が汰狼の背中に回され、爪が肉に食い込む。両脚はがっちりと汰狼の
足をフックし、その腰は汰狼の欲望を全て吸い尽くそうとするかのようにひくひく
と痙攣して、最後の一滴までをも搾り取ろうとする。

 泣きに泣いて、慟哭からようやく醒める愛華。部屋はすっかり暗くなり、暴風雨
が家中を揺すぶっている。
  「い、いけない...私ったら...」
  慌てて立ち上がって部屋を出る。外の激しい物音に対し、家の中はしんと静まり
返り、在宅しているはずの獅郎の気配すら感じられない。
  「おかしいな...お姉さま、まだ来ないのかしら?こんな嵐になっちゃって来られ
ないのかな?」
  念のため居間を覗いて見ると、獅郎が静かに書物を読んでいた。
  「あ...お父様、いらっしゃったの?」
  「こんな嵐の中、外出などせんよ。そういえばお前、気配が感じられなかったぞ。
姫香の家に行っているのかと思っていた。」
  「そ、そうなのよ。私もお父様の気配が...嵐のせいかしら?...仁菜と梨恵は?」
  愛華はいつも家事を手伝いにきている行儀見習いの娘たちの行方を尋ねる。
  「二人とも、嵐が来る前に家に帰したよ。」
  「そう、良かった......そうだ、お姉さまにこっちに来るように誘ったのだけど、
いいでしょう、お父様?」
  「それは無論構わんが...来られるのかね?」
  「ええ...ちょっとぼんやりしている間に凄い天気になっちゃったみたい。お姉さ
ま一人じゃ無理かも。私、迎えに行ってきます。」
  「おいおい...姫香も家にいるのなら心配ないだろう。わざわざ行かんでも......」
  「でも、約束してたし。それに、この嵐の中一人ぼっちじゃお姉さま可哀想よ。
雷大嫌いだし。」
  「やれやれ...いつまでたってもお転婆が直らんな。嫁の貰い手が見つからないぞ
...」
  「いいのよ。私は結婚しません。義兄さんの...若統領の右腕として、生涯戦士を
務めます。」
  「まあ...確かにお前の才能は並外れておるが...惜しい。男であったなら私を継ぐ
だけの器なのに...」
  「それはいいのよ。義兄さんには勝てないわ...まだ、もうちょっとだけ、ね。」
  可愛く舌を出してウインクする愛華に、獅郎が愛情のこもった視線を注ぐ。父親
としては、まだしばらくは愛華を手元に置きたい気持ちで一杯であった。
  「やれやれ......では気をつけて行っておいで。風呂を沸かして、熱い飲み物でも
用意しておこう。」
  「流石はお父様。すぐに戻りますから。あーあ。私も水の属性だったらよかった
なあ...」
  手早く身支度をした愛華が、姫香の分の雨具を持って吹きすさぶ嵐の中を駆け出
していく。

 汰狼は、背後から姫かを貫いていた。獣の姿勢を取らされて、両膝と両手で身体
を支える姫香が前後に激しく揺さぶられる。
  「うおッ...いいぞおッ...最高のオマンコだぞッ...姫香ッ!」
  豊かに張り詰めた腰を抱え込み、ヒップに指を食い込ませながら、汰狼が呻くよ
うな嘆声を発する。
  「あふッ...はあッ...う、うれしいッ...汰狼さんッ...」
  「ふおッ...ぐひッ...くくくッ...」
  ある思いつきに下卑た笑いを浮かべた汰狼が、不意に腰の動きを止めると、姫香
の果汁に濡れそぼった剛直を引き抜く。
  「ふあッ...?た、汰狼さんッ...なに......ひッ、ひああッ!?」
  不思議そうに振り向いた姫香の顔が、次の瞬間凍りつく。汰狼の男根が、密かに
息づく小さな菊座に押し当てられたのだ。
  「ぎひゃひゃ...こっちももうとっくに経験済なんだろう?姫香ぁ...ぐひゃひゃ
...」
   突きつけられた熱棒の先端がさらに押し付けられ、扉をこじ開けようとする感
覚に戦慄する姫香。
  「ひゃッ!...だ、だめです汰狼さんッ...そ、そこはッ...そんなところッ...ああッ、
いけませんッ!」
  「ぎひゃ?んんー?剛蔵は...まだ入っていないのかぁ、姫香ぁ?...ぎひゃひゃ...」
  「は、はい...だ、だってそんな...入りっこない...ひゃあああッ!?」
  興奮に一層大きさを増した肉柱が、震えながらさらに押し付られる。小さく狭い
その門に、遮二無二入り込もうとする。
  「ぎ、ぎひひひひッ...そうかそうか...くくくくッ...じゃ、じゃあ...ありがたくい
ただくぜぇ。姫香の処女をなあッ...」
  「きゃあッ!だ、だめッ!そ、そこはいけませんッ!そんな大きいのッ、入らな
いッ!...だめッ、だめえッ、姫香壊れちゃうッ!」
  「ぐへへへッ...ご、剛蔵の大切なものを滅茶苦茶にしてやるぜッ!さあ、ぶっ壊
れちまいな姫香ぁッ!」
  ずぶうッ...!灼熱の欲望がめり込んでいく。
  「うあああッ...はああッ...だ、だめッ...い、痛いッ...痛いわッ、汰狼さんッ...ゆ、
許してッ...あああッ!」
  激痛に姫香の背骨が震える。全身から脂汗が流れる。
  「くううッ...ほ、ほうら、しっかりと咥え込んだぜぇ姫香ぁ...やりゃあ、できる
じゃねえか...ぎひひひッ...ざまあみろッ剛蔵ッ...お、おおうッ...き、きっついぜぇ
ッ...げへへへへッ」
  締め付ける姫香の肉圧の強さに、早くも気もそぞろになる汰狼。
  「ぬ、抜いてッ...ああッ、つ、辛いわぁッ...お、お願いッ...早くッ、早く抜いて
くださいッ...た、汰狼さんッ...姫香を許してぇッ」
  姫香の両手がぎゅっとシーツを掴み締める。がくがくと激しく腰を震わせながら
哀願を続ける。
  「げへへへへぇッ...許さんッ、姫香ぁッ......もうちょっと辛抱しなッ...い、今...
征服の烙印を押してやるからなあッ...せりゃせりゃせりゃあぁッ...」
  委細構わず無慈悲に荒々しい抽送を加える汰狼。張り裂けんばかりの姫香の菊門
に、更なる律動を加えていく。
  「あああッ...許してッ、お許しになってッ...汰狼さんッ、汰狼さんッ...」
  耐え切れずに姫香の上半身が寝台に突っ伏す。なおも腰を抱えて強引なピストン
運動を続ける汰狼。
  「うおおうッ...いくぜぇ...いくぜぇ姫香ぁ...しっかり受け止めな...おおッ、で、
出るッ、出るうッ!うむッ!うううむッ!!」
  一声大きく唸ると、汰狼の腰の動きが止まり、灼熱の樹液が姫香の内臓に注がれ
ていく。溶岩のような熱さに悶える姫香。
  「ああッ...あ、熱いッ...お、お腹ッ、熱いぃッ...熱いのおッ...ああうッ...死んじ
ゃうッ、姫香死んじゃうッ...!」
  力を失っていたはずの両腕をぴんと立て、弓なりに激しく仰け反る姫香。反り返
った咽喉が、ぶるぶると震えると、絶叫とともに再び倒れ伏せる。

 絶頂の余韻に心ゆくまで浸った後、漸く大人しくなった分身を引き抜く汰狼。見
下ろした姫香の裸体は、息も絶え絶えに突っ伏している。
  「ぐふっ、ふふふふっ...思い知ったか姫香ぁ。処女を奪ったからには、俺様が新
しい旦那様だぜ...ぐひっ、ぐひひひひっ」
  いつまで寝てやがるっと叫んで強引に抱き起こすと、汰狼は姫香の身体を座った
まま抱きかかえ、背後から再び熱く濡れそぼった秘花の中心を貫く。
  「...!かはッ...くううッ...はああんッ...た、汰狼さんッ...もう、もうッ...堪忍ッ
...!」
  解放を懇願する姫香を背面座位で犯しながら、汰狼が吼える。
  「ぐぎぎっ...新妻なら最後まで甲斐甲斐しく夫に尽くしなッ、姫香ぁッ...ふんッ
...ふううんッ...」
  両腕で抱え込んだ姫香の身体を揺すりたてる汰狼。極限の疲労の果て、ぐったり
と汰狼の身体にもたれかかりながらも、姫香の官能が再び目覚めていく。
  「はあッ...ああんッ...いいッ...いい、ですけどッ...ああんッ...お、お願いッ...す、
少しだけ、少しだけ休ませてくださいッ...ああッ、ねえッ、汰狼さんッ!」
  「ダメだッ、姫香ぁ。ふんッ...ふんッ...今日は俺たちの初夜じゃねえか。ふんふ
んふんッ...新郎にとことん尽くすのが...新婦の務めだぜッ。ぐおおッ...おおおうッ
...初夜に孕むのは新妻の常識だろうがッ!」
  「そ、そんなッ...あふううッ...そ、そんな常識、し、知りませんッ...ああんッ...
あふううッ...お願いッ、汰狼さんッ...」
  「そりゃそりゃあッ...うおッ...他人行儀はなしだぜ、姫香ぁッ...おおうッ...くお
うッ...新妻はッ、夫をなんて呼ぶんだいッ?おおうッ...言ってみろッ、姫香ぁッ!」
  「ああッ...ま、またッ...またいっちゃうッ...だめッ...ああッ...あ...あなたッ...あ
なたッ...姫香、またいっちゃうッ!」
  「ぐひひひッ...そうだ、これからは...うおうッ、剛蔵じゃなく、俺様を『あなた』
と呼ぶんだッ...うはああッ...いいなッ、姫香ッ!」
  「は、はいッ...あ、あなたッ...あああッ...んああああッ...あなたッ、ひ、姫香ッ、
いきますッ...ああッ、あなたぁッ!」
  姫香に「あなた」と呼ばれたことに狂喜した汰狼が、一気に欲望を爆発させる。
  「いいぞッ...さ、最高のオ○ンコだッ...い、いくぞ姫香ッ...姫香の中にッ、出す
ぞッ...出すぞおッ...おッおおおおおおおうッ、姫香あぁッ!」
  ぎくりと汰狼の腰の動きが止まり、三度目とは思えない量の子種がどくどくと音
を立てて姫香の胎内に流れ込む。
  「ああッ...来ちゃうッ、あなたの赤ちゃんの素、来ちゃうッ...あはああッ...だ、
だめなのにぃッ...お願い、来ちゃだめえッ...あはああああッ?い、いくううううう
ううッ...!」
  両胸を汰狼の太い指で揉みまくられながら、激しく上半身を仰け反らせる姫香。
汰狼と頬をすり合わせ、唇を震わせて絶頂に喘ぐ。完全に姫香を我が物とした感動
の余韻の中、背後から汰狼が唇を求める。すかさず形の良い唇を惜しげもなく与え
る姫香。二人の腰が別の生き物のように蠢き、官能の最後の一滴までを絞り尽くし
ていく。

 なんど叩いても応答がないことに不審を抱く愛華。
  「お姉さま...入るわよ?」
  そっと玄関に入り、雨具を脱いで居間に上がる。薄暗い室内は、姫香らしく美し
く整えられていたが、人の気配は感じられなう。
  「変ね...気配がないなんて。どこかに行ったのかしら?でも...さっきもお父様の
気配が感じられなかったし...何か妙だわ」
  姫香を探して周囲を見回す愛華。キッチン、バスルーム、トイレ...そして客間や
璃音の部屋にも姫香の姿はなかった。
  (...とすると...残るのは、ここしか...)
  夫婦の寝室の前に立つ愛華。ここで剛蔵と姫香は...そう思うだけで、かあっと頬
が火照り、扉を開けることがひどく躊躇われた。
  (...やっぱり気配はないし...お友達の家にでも行ったのかしら...)
  中を確認せずに帰ろうとする愛華。轟く雷鳴。その時、寝室の中から雷鳴に共鳴
するような微かな物音が聞こえた。
  (...あ...あれは、守り刀の...?)
  中を覗くのは気がひけた。寝台に夫婦の営みの生々しい痕跡でも残っていたらど
うしよう。いや、寝具がちょっと乱れているだけでも嫉妬で頭が真っ白になるかも
知れない。しばしの逡巡の後、思い切って引き戸に手をかける愛華。

 「ぐへッ...そうよッ...こ、これが夫婦ならではの体位だッ...なあッ、姫香ぁッ...
ぎひッ、ひひひッ...」
  対面座位で互いに抱きしめあう二人。大きく広げ伸ばした汰狼の両足の上に乗せ
上げられた姫香の両脚は、汰狼の腰に絡み付いている。正面から貫かれた姫香は、
時折背を仰け反らせながら、汰狼の愛撫と律動に応えている。
  「ふあッ...ああッ...す、素敵よッ、あなたッ...」
   自分から汰狼の唇を求めていく姫香。互いの舌を激しく吸い合い、唾液が交換
される。長く濃厚なキスの後、ようやく離された二人の唇を、銀色の粘液がつない
でいる。
  「おおうッ...姫香ッ...ま、まだこんなに締まるのかッ...やっぱり最高の女よッ...
うううむッ...むむうッ...」
  容易く噴射に導かれそうな姫香の締め付けに耐え、汰狼は姫香の乳房に顔を伏せ、
可憐な乳首に吸い付く。
  「くひッ...大事な赤ん坊に含ませるところだからなぁ...父として具合を見ておか
なきゃな...ぎひひひッ...」
  乳首に愛咬を受け、姫香が首を仰け反らせる。
  「ああッ...感じるッ...姫香、乳首弱いのッ...はああッ...」
  「ぐふふふッ...赤ん坊に乳をやりながら感じたりしたら、勘弁しないぞぉ、姫香
ぁ...どれ、こっちも...」
  もう一方の乳首も吸い尽くす汰狼。喘ぎが一層高くなる。
  「ああんッ...そ、そんな...こ、言葉で虐めないでッ...ふああッ...」
  一際激しい口付けを乳首に加えられ、姫香が仰け反る。ぽんっと音を立てて汰狼
の唇が離れた後には、赤い痣のような鮮明なキスマークが残されている。
  「ぐひッ...そ、そうだ...身体中にキスマークを刻んでやるぞ、姫香ぁ...きっきひ
ひひッ...俺様のものとなった証拠になッ...ぎゃひひひッ」
  自分の下卑た思いつきに激しく興奮する汰狼は、さっそく姫香の優美な首筋に吸
い付く。
  「えッ?...い、いやッ...あなたッ、だ、だめッ!...恥ずかしくて...そ、外を歩け
なくなりますッ...あああッ、そ、そんなに強く吸っちゃいやッ!」
  「くっくくく...ちゅッ、くちゅッ...いいかッ、明日からはタンクトップと超ミニ
で外出するんだッ...むちゅッ...いいなッ、姫香ッ...旦那様の命令だぞッ...ちゅむ
ッ」
  顔、うなじ、肩、胸、腕...姫香の上半身のいたる部分に汰狼の唇が躍り、忌まわ
しい狼藉の痕跡を残していく。
  「ああ、やッ!...あうッ...そ、そんなにッ...ああッ...だめえッ...あなたッ...ゆ、
許してッ...ああ、恥ずかしいッ...」
  上半身をキスマークに覆われた姫香があまりの恥辱に悶える。里人達に凄まじい
狂態の果ての名残を晒す恥辱。だが、その羞恥の炎が更なる快感が連れてくる。汰
狼は結合したまま、触手を伸ばして下半身にまで魔の烙印を施していく。太腿が、
ふくらはぎが、内股が次々と犠牲になっていく。
  「ああッ...あなたッ...いやッ...ひ、姫香ッ...もう外を歩けないッ...はああんッ!」
  たっぷりと施したマーキングに満足した汰狼の抽送運動が一層激しくなり、大き
く仰け反る姫香の背中。だが汰狼の太い腕ががっちりと腰を固定し、さらに密着す
るよう強く押し付けられる。
  「くっくくくく...姫香ぁ...お前は...一生俺の女だッ...いいなッ!」
  「は...はいッ...ひ、姫香は...あなたのものですッ...あはああッ...は、激しいッ...
凄いッ...いいッ...あなたッ、いいいッ」
  「剛蔵とは別れろッ...今日から抱くのは俺様だけだッ...わかったか、姫香ッ...!」
  「あああッ...わ、別れますッ...あの人とはッ...もうッ...はあうッ...ふわあッ...」
  「ぐっひひひ...いい子だ...さあ...また一緒に行こうッ、姫香ッ...二人だけの桃源
郷にッ...そりゃッ...うりゃッ...おおおうッ」
  「あああんッ...またッ...またいっちゃうッ...も、もうだめッ...こ、これ以上いっ
たら...く、狂っちゃうッ...」
  首を左右に必死に揺さぶり、絶頂の到来を拒もうとする姫香。汰狼はそんな姫香
の狂態をさも嬉しそうに眺めながら、さらに腰を激しく動かしていく。
  「ぐふふふううッ...狂っちまえ姫香ッ...壊れちまえ姫香ッ...おおう、姫香ッ...い、
いくぞッ...しっかり孕むんだぞッ...おお、いいッ、いくぞッ、姫香あぁッ!」
  「あああッ、あなたッ...あなたッ...あなたぁッ...た、助けてあなたッ...ああッい
くッ...いっちゃうッ...いッ......はああああああああああッ......!!」
  二人が同時に絶頂を極める。力いっぱい抱きしめ合う姫香と汰狼。どくんどくん
っ......なおも凄まじい勢いで姫香の胎内深くに注がれていく白い欲望の体液。
  「...ああああああッ!!」
  大音響とともに近くの木立に雷が落ちる。その凄まじい光と轟音の中、最後に一
声悲鳴のような喘ぎ声を発した姫香が、がっくりと首を落とし、完全に意識を失う。
  「くおおうッ...ふうううッ...さ、最高だったぜ姫香ぁ。......んん?どうしたぁ...
姫香ぁ...」
  姫香の身体を揺さぶる汰狼。だが姫香の顔はがっくりと汰狼の肩に伏せられたま
まだ。
  「くっくくく......無理もねえ...前に三発、後ろに一発...たっぷりと放ってやった
もんな...絶対、俺様の子を宿したぜ......くくッ、ぐひひひひッ...!」
  汰狼が姫香を抱きしめたまま、人間の姿に戻っていく。その時、正面の引き戸が
すっと開かれた。

 「は、入るわよ、お姉さま...」
  ノックしても何の応えもないことにしばし躊躇しながら、愛華がそっと引き戸を
開く。そこには。
  「!!...ご、ごめっ...!」
  寝台の上に姫香の背中があった。男に抱きしめられた白い裸身に乱れた黒髪がか
かる。剛蔵と姫香の夫婦の営み......慌てふためいて引き戸を閉めようとするその瞬
間、璃音を肩に乗せて森に消える剛蔵の背中の映像が脳裏に甦る。
  (......そ、そんなわけないわ。義兄さんはアイダの里へ......)
  かっと目を見開いて寝台を見つめる愛華。姫香を抱きしめている男と目が合う。
  「たっ......汰狼っ!?」
  「ぐひッ...愛華じゃねえか...ぎひひひッ...な、何だ、おめえも可愛がって欲しい
のか?...ぎひゃひゃひゃひゃ...」
  汰狼が哄笑する。
  「き、貴様っ...お姉さまに...お姉さまに何をしたああっ...!!」
  愛華の闘気が炎のように全身を包む。ほとばしる殺気に瞠目する汰狼。
  「ぐひっ...お、俺様は今日はもう腹いっぱいだ...見逃してやるから帰んな...きひ
っ...」
  動揺を押し隠してうそぶく汰狼。
  「ふ、ふざけるなあっ!!」
  愛華が飛びかかろうとしたまさにその瞬間、汰狼が抱きしめていた姫香を勢いよ
く投げつける。愛華が慌てて抱き止める隙をついて、窓を突き破って外に逃れる。
  「待てっ!」
  すぐさま後を追おうとした愛華だったが、抱きかかえている姫香に意識がないこ
とに気付き、青ざめる。
  「ね、姉さまっ!姉さまっ!目を開けてっ!」
  急いで脈と呼吸を確かめる。ひどく弱弱しくはあったが、どちらも確認できてほ
っと安堵する愛華。姫香のぐったりと力の抜けた身体を寝台の上にそっと横たえ、
大きな外傷がないことを確認すると、押入れから毛布を出して、裸身を覆う。
  「すぐに戻ってくるから......待ってて、お姉さま!!」
  言い置いて、汰狼が突き破った窓の鎧戸を閉めると、寝室を走り出る。戸口に出
た愛華の身体が一瞬輝く。今まで着ていた服が消え、戦闘用の装束に変わる。袖な
しの短衣からすらりとした足を惜しげもなく晒し、ビスチェの胴当てを纏い、太腿
の中ほどまでは極細の鎖帷子で編まれた網タイツとなっている。踵が高い赤くハイ
ヒールで大地を蹴って、愛華が走り出す。

 「ぐひひっ...愛華のやつ...四年前とは大違いだ...いい女になってきたじゃねえか
...じゅるっ...」
  巨体に似合わぬ速さで駆ける汰狼。愛華の裸身を想像して思わず口から漏れた涎
を啜りこむ。
  「だが...やたらに強くなりやがったな...疲れた今の俺様では相手はちときついか
...三十六計...」
  広場に出て、中央に突き刺しておいた奇怪な形状の黒い杖を引き抜き、ばきばき
とへし折ると、凄まじいい握力で握り締めて粉末にまで砕く。
  「証拠を残すなって、先生の厳命だからな...これでよし。あとは...」
  背後に迫る殺気を察知して、汰狼が再び疾駆する。里は両側から巨大な山塊に挟
み込まれているが、その一方の山塊にある、大きな鍾乳洞に向かって走る。
  愛華が広場に出る。急に戻ってきた里の人々の気配。中央に黒い粉末状の物質を
発見して立ち止まる。
  「やつめ...何か仕掛けをしていのか?くっ...もう原型を留めていない......」
  叩きつける雨に混じり、粉末はみるみる黒い液体となって地面に吸い込まれてい
く。しばし立ち止まって汰狼の気配を探る愛華。方向を見定めて再び疾走に入る。
  「あらかじめ計画していたのか...義兄さんが外出することも...」
  汰狼の狡猾な策略に唇を噛み締める愛華。
  「義兄さんに...あの人に何て謝ったら......」
  出発前の会話が甦る。
  (「しばらく姫香に寂しい思いをさせちまう。愛華、よろしく頼むよ。」)
  (「ええ。義兄さんに言われるまでもないわ。姉さまは私が守るから。安心して。」)
  (「はっはは...頼りにしてるぜ、愛華。」)
  「守れなかった......あの人との約束なのに......せめて、せめて奴の首を討って詫
びようっ...!!」
  決意の炎が瞳に宿る。

 鍾乳洞の前、ついに愛華は視界に汰狼を捉える。
  「あいつ......成人の洞窟を目指しているの?」
  その鍾乳洞は、長い間スメラで成人の儀式に用いられてきた洞窟だった。スメラ
の子供たちは、十八歳の誕生日に必ず一人で洞窟の一番奥に赴き、そこにある祭壇
に名前を書いた木札を置き、直前に入った者の木札を持ち帰ることで、一人前の大
人と認められるのである。洞窟自体は数時間程度で往復できる程度の規模で、特に
危険な生物などもいなかったが、伝承によると、これまでに奇怪な生物が出現した
り、洞窟に入ったまま戻らなかった子供もいるということだった。しかし、愛華は
箔付けのための伝説に過ぎないと思っていたし、数年前にはこっそりと探検に入っ
て、何も起きないのに拍子抜けして帰ってきたこともあった。
  「この先は行き止まりなのに......どうして?」
  だが、汰狼は迷わず洞窟に走り入っていく。咄嗟に足止めの術を用いようかと大
地に手をつく愛華だったが、汰狼も土の属性であったことに思い当たる。
  「くっ、やつには効かないか...同じ属性なんて虫唾が走るわ...体術で勝負ねっ」
  数分の遅れで、愛華も飛び込んで行く。
  汰狼は必死に走っていた。真っ暗な洞窟などはもはや苦にならないほど闇に染ま
った身体ではあったが、背後に迫る愛華のスピードは驚異的であった。
  「くそっ...このまま連れて行くわけにはいかねえぞ...何とか...何とかしねえと
...」
  必死に頭を巡らせて姦計を講じる汰狼。やがて。
  「ぐひっ...そうだ、忘れてたぜ...ぐふふふっ...」
  会心の笑みを浮かべた汰狼は、なおも必死に最奥部目指して走り続ける。

 鍾乳洞の最深部。広間のような空間に、発光苔に祭壇がぼんやり浮かび上がる。
祭壇を背に、汰狼が振り返る。大きく肩で息をし、全裸の巨体を汗が伝っている。
突如、汰狼の頬をかすめて祭壇の壁にブーメラン状の手裏剣が突き刺さる。一筋の
血が頬から顎を伝う。
  「そこまでだ、汰狼っ!」
  ポニーテールに仕込んでいた鋭いくないを手に愛華が身構える。
  「ぐぐぐっ...しつこい女だぜ...そんなに俺様に抱かれたいのかぁ?」
  「ふ、ふざけるなっ!もう袋のネズミだぞ汰狼。尋常に勝負しろっ!」
  「ぎひっ...袋のネズミだあ?おめえの目は節穴かよ...ぎゃはははっ」
  「な、なんだと......!?」
  愛華は目を疑った。祭壇の背部にあったはずの岩の壁はどこにも見当たらず、ぽ
っかりと大きく開いた暗い穴が果てしなく続いている。
  「こ、これは......」
  「ぎひひっ...伝承は本当だったって訳だ。ここが滅多に開かない地獄への入り口
よ。だが、おめえを連れて行く訳にはいかねえな......喰らえっ!」
  戦闘体勢に入った汰狼が左腕を凄まじい勢いで愛華に振り下ろす。身をかわしざ
まに愛華のくないが繰り出され、深々と切りつける。
  「ぐおおっ...き、貴様っ、丸腰の相手に武器を使うかっ!」
  「丸腰なのは貴様がうかつなだけのこと。かける憐憫などないっ!」
  愛華が側面の壁を蹴って三角蹴りを見舞う。巨大な胸板にヒット。汰狼の巨体だ
よろめく。
  「あばらが何本か折れたな。次はどこがいい?」
  「ぐええええっ...ちょ、調子に乗るなよ、小娘がっ!」
  胸を押さえて蹲っていた汰狼が豪快な蹴りを放つ。軸足を変えつつ、驚くべき速
度で三発、四発。後方に下がってかわす愛華。五発目のハイキックを屈んで避ける
と、軸足となっていた左足の膝に両脚を揃えた低空の蹴りを叩き込む。
  「ぐぎゃあああっ!」
  膝があらぬ方向に曲がり、地響きを立てて倒れる汰狼。愛華がすかさず高々と跳
躍し、くないを胸元に構える。
  「罪の報いは死あるのみっ!とどめだっ!」
  その時、汰狼が邪悪な笑みを浮かべると、無傷の右腕から空中の愛華目掛けて何
かを投げつけた。漆黒の珠玉が愛華の顔面を襲う。
  「無駄だっ!」
  わずかにくないを動かして易々と弾く愛華。珠玉は脇に反れ......突如軌道を変え
ると愛華のわき腹に激突した。
  「!!......きゃああっ!」
  岩壁に叩きつけられそうになる愛華。とっさに身体を回転させて、両脚で壁を蹴
り、華麗に地上に舞い降りる。
  「小技を...だが、もう終りだっ!」
  汰狼が半身を起こす。
  「ぐひひっ...それはどうかな?自分の身に起きていることが判って言ってるの
か?...ぎひひっ」
  「な、なに......!こ、これは...?」
  わき腹にぶつかった漆黒の珠玉がなおそこにくっついていた。内部に生じた瞳孔
のような模様が愛華を見つめる。と、みるみる奇妙な突起が形成され、そこから触
手を伸びていく。
  「くっ...奇怪な技をっ......は、離せっ!」
  触手は愛華の手を縛り上げて抵抗を封じると、珠玉は愛華の胸元にまで登り、見
事な曲線を描き始めた双丘の中央に座し、光を放ち始める。
  「な......なんだこれはっ......!くっ...ううっ」
  「ぐふふふ......俺様の分身さ......入り口が閉まっちまうから、俺様はもう行かな
きゃならん......代わりにたっぷりと相手して貰うがいいぜ......ぐぎゃぎゃぎゃ...
...」
  よろめきながら立ち上がった汰狼が、ふらふらと闇の奥に姿を消していく。
  「ま、待てっ......うぁ?!あああっ......」
  必死に汰狼を追おうとする愛華が悲鳴を放つ。黒い輝きを一層強くした漆黒の珠
玉は、内部の瞳孔を猫のように細めると、突起を四つに増やし、さらに三本の触手
を追加して本格的な活動を開始する。
  「く...ううっ......な、なにを......ああっ...」
  腕を絡め取った触手の締め上げに、愛華のくないが地面に落ちる。甲高い金属音
と同時に崩れ落ちる愛華の身体。他の触手は、蛇のようにするすると動くと、連携
して愛華の衣服をはだけさせていく。
  「うあっ...こ、これはっ...や、やめろっ...うううっ...」
  ビスチェが捲り上げられ、見事な隆起をみせる乳房がこぼれ出す。二本の触手が
先端部を変形させると、人間の腕のような形状となり、すかさず愛華の両胸を揉み
しだきはじめる。
  「!はあっ...だめっ...いやっ...あああっ...」
  両腕を高々と絡め取られ、汰狼の腕に似た二本の触手に思うがままに乳房を蹂躙
される辛さに、愛華が悲鳴を上げる。触手の指先は、愛華の双丘の頂点にある薄桃
色の蕾を見つけだすと、同時に人差し指と薬指で挟んでこりこりと揉み、捻り、こ
ね回し、中指がその先端をそっと撫で回す。
  「あうっ...や、やめてっ...やあっ...」
  みるみる硬く尖っていく乳嘴。愛華の脊髄にこれまで体験したことのない奇妙な
感覚が押し寄せる。その感覚が、脳髄にまで達すると、愛華は無意識に背を仰け反
らして呻く。その声には苦痛以外の甘い響きがあった。
  その隙に、残る触手が短いスカートの中に入り込み、純白の下着を剥ぎ取りにか
かる。胸の刺激に耐えかねて眉根を寄せていた愛華の瞳が驚愕に見開かれる。
  「あっ...だ、だめっ...離してっ...いや、そこはいやっ...ああ、やあっ...」
  必死に身悶えする愛華のはかない抵抗を嘲笑うように、下腹部を覆っていた可憐
な下着がか細い音をたてて引き裂かれる。外気に晒された愛華の秘苑に押し当てら
れる触手。愛華の花薗の全ての秘密を暴くべく、優しく丹念に、そして執拗に蠢く。
  「やあっ...いやっ...だめだめっ...あああうっ...そこはだめっ、だめなのっ...やめ
てお願いっ...はあああっ...」
  両胸を責められ続けながら、それ以上に敏感な最も恥ずかしい部分までも陵辱さ
れる切なさ。押し寄せてくる初めての感覚のあまりの深さと甘さに狼狽して、激し
く首を振る愛華の両頬は耳まで真っ赤に染まっている。愛華の哀願が通じたのか、
そっと花園を離れる触手。せわしない呼吸をしながら、目にいっぱいの涙をためた
愛華の眼前に、スカートから出てきた触手が姿を現す。突如、変形を開始する触手。
その形状は......。
  「い、いやああぁぁっ!!」
  張り裂けるほどに見開いた愛華の瞳。その前にあるものは、明らかに男の欲望の
猛りだった。松茸のように大きくえらを張り、ぴくぴくといやらしく脈動するそれ
は、愛華に散々その猥褻な姿を見せ付けた後、再び愛華のスカートの中に潜り込ん
でいく。その残酷な意図に気付く愛華。
  「きゃああっ...だめっ...いやっ...それだけは許してっ、お願いっ...ああ、やあっ、
やあああっ...!」
  膝を付けて、ぴったりと脚を閉じる。愛華の抵抗を封じるかのように、両胸を揉
む触手の動きが一段と激しくなる。その快感に一瞬緩んだ膝を割り、易々と愛華の
下半身に潜り込んだ触手は、秘苑とその周辺をゆっくりと楽しむように小突き回る。
やがて触手は愛華の花芯に桃色の真珠を発見すると、熱く脈動する肉柱をこすりつ
けはじめる。
  「!やあっ...そんなっ...だめっ...そこはっ...はあああっ...いやっ...やめてぇ
っ!!」
  長い時間をかけた執拗な責めに、愛華の秘苑は静かに潤いを示し始める。その事
実に驚愕する愛華。
  「だめっ...そ、そんな...どうしてっ...いやなのにっ...ああ、だめなのにっ...ふあ
ああ...ああうっ」
  両胸と股間を襲うとどまるところを知らない触手の責めに、愛華が泣き声を上げ
る。だが、その声には喘ぎが混ざり、媚びるような色彩が次第に濃厚になっていく。
嫌悪感から激しく揺さぶっていた身体も、いつしか加えられる快感によって、悩ま
しくくねり始めている。泉が十分に潤ったことを確認した触手は、まだ誰にも知ら
れていない花芯の奥を征服し始める。ぴたりと突きつけられる灼熱の先端。
  「はあっ...だめっ...そ、そこだけは...許して。お願いっ...助けてっ、義兄さんっ
...義兄さあんっ...!」
  愛華の悲鳴が洞窟内に木霊する。愛華の表情をじっと見つめる珠玉の瞳が嗤うよ
うに震える。腕を絡め取った触手の先端が、愛華の眼前にまで伸ばされ、変形して
汰狼の顔になる。にやりと凶悪な笑みを浮かべる汰狼。一瞬動きを止める三本の触
手。
  「ご、剛蔵さんっ...助けてっ...剛蔵さんっ...ごう...ふあッ...はあああああッ...あ
あああああああッ!!」
  ついに、硬く太い触手が愛華の胎内に侵入する。その苦痛に悶え、叫ぶ愛華。身
体を大きく弓反りに反らせ、ぶるぶると震える。闇をみつめる愛華の瞳から大粒の
涙がこぼれ落ちる。処女喪失に張り裂けそうな愛華の心をさらに蹂躙するように、
三本の触手が活動を再開する。
  「はあッ...はうッ...うああッ...ああんッ...」
  もはや愛華の唇からは、喘ぎ声しか出なかった。胸元の二本の触手は、極限まで
硬く大きくなった乳嘴を責め抜いていたかと思うと、乳暈を隠微に撫で回す。かと
思えば、乳房全体を包み込むように揺すり上げたりして、繊細かつ巧妙に愛華の性
感を引き出している。股間深くに侵入した触手は、ぐるりと回転したてみせたり、
若鮎のような元気な身じろぎをしてみせたりしながら、清らかな愛華の胎内のさら
に奥深くへと潜り込んでいく。それが愛華に与える感覚は、もはや苦痛だけではな
かった。
  「うあッ...んんッ...んあッ...くうッ...はうッ...ああッ...ああんッ...」
  その喘ぎ声が次第に甘く切ないものに変わってきていることに愛華自身が気付
く。全身が熱く火照る。細かな汗の粒が噴き出し、全身をしっとりと濡らしていく。
  (......ど、どうして...どうして感じるのッ......初めてで感じるなんて......わ、わ
たしは...淫乱なんかじゃないッ...違うのッ、違うのにッ!)
  心をあっさりと裏切って触手の責めに反応を示してしまう愛華の身体。愛華は女
という性を呪わしく思う。汰狼の顔に化けた触手が愛華の唇を奪う。差し込まれた
太い舌が、愛華の舌と絡まりあう。
  「うむッ?...むうううッ...くうッ...!」
  一度ならず二度までも卑劣漢に唇を奪われ、屈辱の涙を流す愛華。やがて、子宮
の入り口にまで達した触手が、こつッ、こつッと扉をノックしながら、大きな抽送
運動を開始する。
  「はあッ?...あああんッ...す、すごいッ...ふあああッ...あんんッ...だ、だめッ...
そんなに激しくしちゃッ...はああああッ...!」
  うわ言のように喘ぎ続ける愛華。その全身は汗にまみれ、闇の中にあっても桃色
に輝いてみえる。膣内の触手の動きが早くなる。さらに一段と膨れ上がっていく。
  「ひゃあッ...ああんッ...そんなッ...ああんッ...あふッ...ま、まさかッ...あああん
ッ!」
  (まさか...まさか、射精するのっ...!?そ、そんなッ、だめッ、それだけはダメ
ッ!)
  触手の示す微妙な変化に、愛華の本能が身の危険を察知する。
  「はああッ...だ、だめッ...それだけはッ...あふううッ...それだけは許してッ...や
あッ...やあああッ...はああんッ!」
  度重なるノックに応え、ついに愛華の子宮が降下を開始する。入り口がゆっくり
と開いていく。クライマックスを迎えようとする触手。抜け落ちそうなほどに浅瀬
まで引き抜かれると、そこから一気に奥深くまで貫き、射精を堪えてぶるぶる震え
る鈴口を子宮口にぴたりと押し当てる。そして。
  ドクッ!...ドクンッ!...ドクン!
  熱く濃密な樹液が聖なる愛華の子宮内に夥しく噴出される。女の最も大切な器官
を穢された衝撃に、激しく身体を痙攣させる愛華も、同時に初めての絶頂に導かれ
ていく。 
「はああッ...ご、剛蔵さんッ...剛蔵さんッ...ごめんなさいッ...あ、愛華を許してッ
...ああああああッ!!」
  大きく身体を仰け反らせる愛華の瞳から一筋の涙が流れる。樹液から愛華の胎内
に流れ込んでくる凄まじい負の感情の嵐。憎悪。羨望。孤独。屈辱。翻弄されるま
まに愛華の理性は剥ぎ取られ、その奥底に封じ込められていた黒い感情が目を覚ま
す。嫉妬という名の狂気。愛華の瞳は焦点を失い、瞳孔が大きく開いていく。

 「......ユウゴウカンリョウ......」
  官能に大きく喘ぎ、震えていた愛華の可憐な唇から機械的な音声が漏れる。突如、
四本の触手は形を失うと、愛華の身体に流れ落ちてゆく。身体に溶けるように消え
る触手は薄い皮膜となって愛華の身体全体を隈なく覆う。一瞬、愛華の身体の動き
が止まる。やがて静かに起き上がった女は、栗色の髪に白い肌の愛華ではなく、漆
黒の髪に闇の肌を持った別の存在であった。
  「ぐるるるるるっ......」
  野獣が唸り声が咽喉から漏れる。全身を駆け巡る憎悪。嫉妬。そして破壊と殺戮
の衝動。
  「ぐああああっ...ごおおおおっ...!!」
  洞窟の出口に向けたその女が疾駆していく。全てを破壊し、蹂躙し尽くすために。

 寝台に寝かされていた姫香の目がゆっくりと開く。焦点の合わない瞳がぼんやり
と天井を見つめる。頬に浮かんだ薄ら笑いには、知性の片鱗も見られない。
  突如、轟音とともに、裏庭に雷が落ちる。直撃を受けて燃え上がる大木。衝撃に
家屋全体が激しく揺れ、その拍子に神棚の守り刀が落ちる。姫香の枕元にぽとりと
落ちた小刀。落雷の閃光にも大音響にも無反応だった姫香が、その微かな振動に顔
を動かし、ゆっくりと手を伸ばす。白痴の微笑みを浮かべたまま刀に触れる姫香。
一瞬刀は青白く光り、姫香の全身がびくりと弾ける。姫香の瞳に理性の光が戻って
いく。半身を起こした姫香。毛布がずり落ち、汰狼に蹂躙され尽くしてもなお美し
い裸体が現れる。両手でしっかりと守り刀を握る姫香の身体が、ぼんやりと輝きだ
す。

 スメラの里は殺戮場となっていた。洞窟から突如飛び出た見たこともない黒い女
は、里の家をことごとく破壊し、女子供も容赦なく殺害していく。不意を衝かれた
とはいえ、超絶的な戦闘能力を誇るはずの鬼哭一族が、なすすべもなく次々と討ち
取られていく。
  「統領!大変です!て、敵襲っ!......成人の洞窟から現れた怪物が暴れまわって
います!」
  里人の知らせに獅郎が飛び出す。たちまち参集する近衛隊の戦士達。悲鳴と怒号
が広場から木霊する。
  「デビルサイダーの襲撃か?!大物の悪魔が混じっているのか?」
  「そ、それが...敵は一体、それも女のようなのですが...既に里人の半数以上が殺
害されております。」
  獅郎が眉をひそめる。
  「なんだと......敵一体にスメラがこの様かっ!」
  手にした刀を抜き放つ。青い光が目を射る。
  「スメラの誇りにかけてもわしが討つ......者共、続けっ!!」
  「応っ!」
  広場に向かう獅郎に武装した男達が続く。

 触手が次々と戦士達の身体を貫いていく。黒い女は、火術、風術、水術をことご
とく弾き、土術を中和してしまう。銃や矢や手裏剣は女の使う土術の盾で無効化さ
れてしまう。
  「な、何だと...我々の技を...我々以上に使いこなすとは......一体何者だ?」
  獅郎が唸る。近衛の戦士も既に半数が討たれていた。
  「剛蔵がおれば......し、しかし......」
  獅郎の胸に疑念が湧く。デビルサイダー達は瘴気をよく使うものの、空風火水地
の五輪の術を使ったという話は聞いたことがない。
  「まさか...あれも鬼哭一族なのか?しかし、あれほどの戦闘力を持つ者など...」
  闇を纏った女が獅郎を見つめる。にいっと不敵に嗤う。
  「ぬうっ!スメラの統領、水竜の獅郎参るっ!」
  獅郎が刀を振りかざし、一閃するや、疾走に移る。
  「烈爪刃牙蒼龍覇!」
  剣尖から迸る水が竜の形となって一気に女に襲い掛かる。一歩も動かずに平然と
受ける女。だが凄まじい水圧に一瞬動きが止まる。その隙に剣の間合いに入る獅郎。
  「せりゃあっ!皇神魔流奥義、海裂剣っ!」
  唐竹割りに女を頭から両断する剛剣。しかし。
  「な、なんとっ!」
  頭の直上に突き出した両手を白刃取りする女。妖艶な笑みがこぼれるその瞬間。
  「ごはあああっ!」
  動きの止まった獅郎に、四方から飛来した触手が突き刺さる。
  「ぐはっ...い、今だ...四天王よ...我もろともに、こ、この女を葬り去れっ!」
  片手で刀を持ち、片手で触手の先端をまとめて掴んだ獅郎が、女の動きを止めて
命ずる。非情な指示。だが、日ごろ厳しく訓練された近衛隊四天王は、冷然と四方
に散る。
  「了解っ!合体奥義、鬼哭四獣陣用意っ!青竜招来!」
  「白虎招来!」
  「朱雀招来!」
  「玄武招来!」
  四人が声を揃える。
  「四聖獣浄化鎮斉波!!」
  四匹の怪物が四方から同時に女に襲い掛かった。一瞬、女の背後に巨漢の姿が揺
らめき立つと、玄武が消滅する。残る三匹は女に激突するが、多少揺らめいただけ
で大したダメージは与えられない。
  「い、今のは...汰狼?...た、汰狼なのか...?」
  力尽きてどうと倒れる獅郎。自由になった触手が、四天王を殲滅していく。勝利
の歓喜に、天を見上げて咆哮する女。もはや、敵はいなかった。
 
  闇の女が最後に残った一軒の屋敷の前に立つ。若統領の屋敷。剛蔵と姫香のスイ
ートホーム。触手がうなりを上げて破壊を始めようとした瞬間、扉が開いて姫香が
現れる。闇の女に一瞬の動揺が走る。
  「......ヒ...ヒメカ...」
全裸のままの姫香は、淡い光をまとって佇立する。右手には、鞘から抜かれた守り
刀が握られている。
  「ヒメカ...イトシイ...ニクイ...ヒトリジメシタイモノ...アタシノジャマヲスルモ
ノ...ゴウゾウガイナケレバ...ネエサマガイナケレバ...オレハ...アタシハ...」
  相反する二つの衝動がぶつかり合い、頭を抱えて苦しむ女。
  「愛華ちゃん...可哀想に...今...助けてあげる...」
  ゆっくりと歩みを進める姫香。無防備にまっすぐ女に向かっていく。
  「クルナ...コイ...キエロ...イッショニ...グアアアアアッ」 
  触手が一斉に振り上げられると、姫香に殺到する。姫香の右手が動き、小刀が触
手に当たる。
  「!!...グオッ...ゴオオオッ...ガアッ...!」
  触手を伝って流れる電撃が、女の全身を襲う。風火水地の全てを退けてきた女の
闇の肌が、初めて大きなダメージを受ける。力なく落下する触手。姫香は再び歩き
出し、女の目の前に立つ。姫香の両眼は涙に濡れていた。
  「愛華ちゃん......」
  左手をそっと女に伸ばす姫香。胸元に黒々と輝く珠玉に触れようとする。
  「ガアアアッ!!」
  姫香の左手が珠玉に触れた瞬間、女の右腕がカウンターのように奔り、手刀が姫
香の胸に突き刺さる。
  「あ......」
  その致命的な貫手の衝撃に一瞬顔を仰け反らせた姫香だったが、そのままぐっと
珠玉を握り締める。女の左手がさらに姫香の胸に迫った瞬間、小刀を握った姫香の
右手がそれを妨げる。
  「掴むのよ、愛華!!」
  姫香から初めて呼び捨てにされた名前。反射的に女は姫香の右手から差し出され
た刀の刃を掴む。
  「グアアアアアアッ...ガアアアアアアアッ!!」
  迸る電撃が女の全身を包む。女が刀を引き剥がそうと、姫香に突き刺した右手を
抜いて、小刀を掴む。倍する電撃が女を襲う。その瞬間に、姫香は両手で珠玉を掴
むと、女の胸元から引き剥がす。
  「あなたの妄執...狂気...憎悪...屈辱...そして嫉妬...すべて...すべて私が引き受け
ます。さあ、一緒に参りましょう。......あなた......璃音......ごめんなさい......私は
......あなたたちと......ずっと......ずっと一緒に......暮らしたかった......」
  漆黒の珠玉を胸に抱き、がっくりと両膝を落とす姫香。雷撃を纏わりつかせた闇
の女も、刀を両手で握り締めたままがっくりと膝をつく。女の身体から闇が消えて
いくと、雷も消滅する。漆黒の珠玉は、姫香の胸に抱かれて、激しく明滅する。や
がて珠玉から巨漢の影が揺らめき立ち、姫香の身体を一瞬覆って抱きしめると、静
かに消滅していった。珠玉の色が、漆黒から透明に変わっていく。
 
  一ヵ月後、アイダ訪問を終えてスメラに戻った剛蔵と璃音は、破壊され尽くした
里の惨状と、腐敗した死体の山に驚愕した。愛する妻を捜し求めて、唯一原型を留
めた自分の屋敷前に来た剛蔵を出迎えたものは、互いに向かい合って跪き、謝罪し
あうかのようにがっくりと頭を垂れた愛華と姫香の姿であった。愛華の両手には守
り刀が握られ、姫香の胸には柔らかな桃色の光を放つ珠玉が抱かれていた。
  一ヶ月もの間その姿勢を続けていた二人には、衰弱の様子はみられなかったが、
一つだけ違っていたのは、愛華が深い昏睡状態であったのに対し、姫香の方は眠る
ように息絶えていたことであった。

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-陛下におかれては、私兵集団の一つとして鬼哭一族を迎え入れる所存のようだ。
私にその司令を仰せ付けられた。危険な面もあるが、その反面、きゃつらが幕下に
いれば、確かにあまたの政敵達を出し抜くことができよう。今日の情事後の話題は
それ一色だった。あの黒い館を訪れたのは何度目だろうか。ゾヅーカという執事と
もすっかり顔見知りになってしまった。だが、鬼哭一族はこの屋敷に決して近づけ
るなとの厳命は、一体なぜなのだろう......-
(魔将軍フォラス著「備忘録」より抜粋)

-麗しのリリス皇后陛下
  以下の機密文書を公文書廃棄所より入手しました。断片ではありますが、お役に
立てば幸いであります。
「(判読不能)陛下宛 
  まずは再調整結果報告であります。対象に関し、全ての記憶を消去し、模造記憶
を付与しました。この結果、戦闘力は大幅ダウンしました。知能、性向などはほぼ
保持しており、儀礼、忠誠心などは新たに追加して若干強化しております。これを
もって、対象は執事としての職務に十分耐えるものと判断いたいします。「ゾヅー
カ」の名、まことに結構に存じます。
  「封印球」については、スメラ壊滅後、その消息が不明となりましたこと、誠に
遺憾であります。引き続き可能な限り追跡調査いたします。
  ご依頼のデビル・ドラッグについてですが、人格を破壊してしまう副作用の抑制
にはなお成功しておりません。いましばらくお時間をいただきたくお願いいたしま
す。成功の暁には、ぜひ陛下の御名をつけさせていただきたいと考えております。
  なお、かねて援助をお願いしておりましたホムンクルス計画ですが、実用の目処
が立ってまいりました。ぜひともの支援を重ねて懇願いたします。
  親愛と忠誠を込めて(判読不能)」-
(アスタロト大公爵所有「リリス皇后下賜機密文書綴」より抜粋)

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霧氷の章(哀華二十六歳)

 ......私は時折思い悩むことがある。どうして私は生き続けているのだろうかと。
答えは明解なのに、その問いは常に私に付きまとう。きっと問いかけているのは、
私の良心そのものなのだろう。
  昏睡から醒めた時、既に姉さまは埋葬されていた。他に生存者はなかった。聞く
までもない。あの殺戮が続けられた間中、私の意識は明瞭だったのだから。私はあ
の人に、私の知る全ての出来事を告白した。そして頼んだ。汰狼の妄執に囚われて
いたとはいえ、私の中にもそれを拒絶できないだけの理由があったのだ。私は殺戮
の共犯者だ。あなたに裁いて欲しい。あなたの手で殺して欲しいと。あの人は最後
まで私の話を目を閉じて聞いていた。そして長い沈黙の後、こう言った。どうして
こうなっちまったのか、詳しいことは判らないが、姫香は愛華が生き続けることを
願ったんだ。姫香の気持ちを無駄にすることはできないと。そしてこうも言った。
可哀想に璃音は母親を亡くしちまった。まだ六歳だっていうのに。愛華が助けてや
っちゃあくれないか。

......そうして私は生きる理由ができた。私の残りの人生は、全て璃音とあの人に捧
げる。いつも二人の側にいて、二人に尽くし、二人の盾になる。私は名前を変えた。
愛など、今の私には重すぎる。哀しみこそ、今の私にもっともふさわしい友。姉さ
まの形見となった守り刀。璃音に渡そうとしたら、あの人はこう言った。それは愛
華が持っていてくれ。それで璃音を守ってやってくれ。だから、私は璃音が成人す
る日を待っている。璃音が十八歳になる日、私は璃音に姉さまの守り刀を返すつも
りだ。そしてその場で言おう。あなたの母を殺したのは私だと。操られていたから
ではない。あの時、私には確実に殺意があったのだ。

......姉さまへの嫉妬。汰狼の妄念と融合した時に、私の心の奥底から噴き出した黒
い感情。それはあの夏の日、私があの人を愛していることをはっきりと思い知った
時から存在していた。いや違う。本当は、もっともっとずっと以前から私の心の闇
の中でひっそりと生まれ育っていたのだ。姉さまの美貌、才知、人柄、気品......そ
ういったものに触れるたびに、ゆっくりと、少しずつ。だが、それが殺意にまで高
まってしまったのは、やはりあの人の存在のせいだろう。あの人のことを考えると
胸が熱くなった。あの人が姉さまと楽しげしていると、胸が苦しくなった。あの人
が姉さまと睦み合っている、そう思う夜は胸が痛くなった。あの人と一緒になりた
い、あの人を奪いたい......姉の夫に横恋慕するとは、なんと罪深い妹であろうか。
姉さまは、幼い頃から変わらずに私を慈しんでくれていたというのに。そんな不出
来な人でなしの妹故に、天罰が下されたのだろうか。ああ、ですが神よ、罰である
ならばどうして私にだけ与えて下さらなかったのですか。私が汰狼に穢されて、刺
し違えて共に死ねば良かったのです。

......璃音には、私を憎んで欲しい。そして殺して欲しい。私はその時、璃音に憎ま
れるために思い切り悪態をつくつもり。あの人は私のものよ。あんたの母親を殺し
たのは、あの人を奪うためよ。あんな女大嫌いだった。あんたも嫌で仕方がないの。
もう我慢できないわ。私はあの人と二人だけで生きていくの。さあ、とっとと殺し
てあげるから来なさい。璃音が心底私を憎んでくれれば、私を殺して清々してくれ
れば、少しは私の贖罪になるだろうか。それに、あの人と二人で暮らしたいという
のは、あながち嘘ではないのだ。こんなことになってさえ、私は今でもあの人を欲
しいと思ってしまうのだ。救われない魂に、安らぎはない......

......あの人は姉さまが抱いていた珠玉を私に渡した。姫香の形見だと。汰狼が私に
投げつけたとき、それは確かに漆黒の珠玉だった。今、それは薄い桃色に優しく輝
いている。まるで姉さまの心そのもののように。危険な気配はないから身につけて
みたらどうだとあの人は言う。でも、私にはできない。私は恐ろしい。死ぬことな
ど全く怖くない私が、あの珠玉だけは恐ろしい。漆黒の珠玉が汰狼の妄執に染まっ
ていたように、きっと今の珠玉は死ぬ寸前の姉さまの気持ちに染まっているのだ。
あれを身につけたとき、どのような感情が流れ込んでくるのか、それを知るのが怖
くて仕方がない。私への失望、怒り、理不尽な死への抗議......聖女のようだった、
私にとっては聖女そのものだった姉さまのそうした負の感情に触れてしまうのが
怖い。もし一切負の感情がないとしても......あまりにも清らかな姉と、あまりにも
穢れた妹......懸絶する姉妹の差を改めて思い知らされるのが怖い。

......もう一つ私に怖いものがある。あの人の気持ち。あの人は私をどう思っている
のだろう。ただの妻の妹、娘の叔母だろうか。それとも、あの人にも私に少しは興
味や欲望があるのだろうか。知りたい。だけど怖い。どのみち、私はあの人と幸せ
になることなど許されない身なのだ。仮にあの人から愛を打ち明けられたとしても
......ああ、そんな空想をかつてどれほどまでに夢見ていたことか......もはや私がそ
れを受け入れることはできない。姉さまが見ている。私の心の中の姉さま......それ
は私の良心そのもの......に見つめらているから。私にはもう幸せなどない。幸せに
なってはいけない。忍の仲間達は、私がとっくにあの人の情婦になっていると思っ
ていることだろう。どう思われても構わないけど、あの日以来、私はあの人と指一
本触れ合っていない。私の中の姉さまがそれを許さない。あの人はそんな私をどう
思っているのだろう。お高くとまった女だと、嫌っているだろうか。それとも無関
心なのだろうか。知りたい。でも知りたくない。もしあの人の気持ちをはっきりと
知ってしまったら、私はもう正気ではいられない気がする。

......あの夏の日。あの人が汰狼を殺していれば、こんなことにはならなかっただろ
う。或いはあの嵐の日、あの人が出発を延ばしていたなら、未然に防げていたかも
知れない。そもそもあの儀式の日にあの人が出場しなかったなら......あの人がスメ
ラの里に来なかったなら......。いいえ、繰り言はよそう。未来を、運命を正確に察
知できるものなどいやしない。人は、その時その時に最善と思われる手段を尽くす
しかないのだ。どうしてあの人を責められようか。全ての罪は、私の心の中にこそ
あったものを。私があの人を愛さなければよかったのだ......そう責められたなら、
私に一体どのような釈明ができるだろうか。

......私たちに新たな指令が下った。流璃子を追跡し、捕縛すること。宗家嫡流の娘
らしい。そういえば私と姉さまの母も宗家からスメラの里に嫁いできたのだという。
私を産んですぐ亡くなったので、全然覚えていないけど、写真を見る限り美しい人
だった。そうか、私も璃音も宗家の血筋を引いているということになるのね。鬼哭
一族内で争うなんて気が進まない。けど、あの人の命令ならば、何事でも全力を尽
くして実行しよう。あの人が殺せと言うなら殺し、死ねと言うなら死のう。私の生
きる証は、すべてあの人にあるのだから......。

(了)

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